入学式前夜
「――しっ、はっ!」
公園の街灯が淡く照らす中、教えを反復する。
左拳を突き出し、すばやく引き寄せる。
打点は一撃ごとにずらし、敵の意識を分散させる。
早く、速く、疾くだ!
左、左左、左左左左、7撃打ち込んだところで呼吸を吸い、
一瞬の間――その間に敵に逃れられたと想定し、踏み込む。
「神くん」
聞きなれた抑揚の少ない声でイメージが霧散した。
「ふう、はあ」
ドッドッと心臓が音を立て、手足が若干重い感覚がする。
「んーどうした?」
振り返るとやはり岬がいた。
青色のGパンに黒い無地のTシャツ――なんともまあ男らしい格好で。
Tシャツの上からでも存在を主張する胸部と腰まで届く黒のポニーテールが女性を主張しているから、男らしいというよりは凛々しいがただしいのかもしれないけども。
「食事、おばさんが呼んでるわよ?」
春の少しだけひんやりとした夜風が汗をかいた肌に心地いい。
公園の中にまばらに生えた木が生み出すザッ、ザッという葉がこすれあう音も心地いい。
「……あれ、もうそんな時間か?」
――嘘だ、本当はもう7時なのだと知っていた。
「……もう少しだけ、時間が必要?」
嘘を見抜かれた上に気遣われた。
「うん、悪いけど、もうちょっとだけいいか?」
慣れ親しんだ公園を見回す。
ピンク色のゾウの滑り台。
アスレチック。
シーソー。
砂場。
そして今俺がいる街灯の少し先、何もない空間。
「…………」
そこに先生が昔いた。
教えを請うた/鍛えられた/拳でかたりあった/笑った/泣いた/語りを聞いた/悩みを打ち明けた/考えあった/答えをだした
断片的な過去を思い出していく。
「――ありがとうございましたっ!」
頭を下げる、思い出しすぎて不覚にも泣きそうになっていた。
「神くん、恥ずかしいわね」
「うるせえ、よ」
ほらいくわよといって彼女は俺を引っ張っていく。
――ああくそ、情けない。
気遣われてるじゃないか。
彼女が毒を吐くのは、嬉しい時、悲しい時、気遣うとき、対応に困ったとき、あとはあれだ……単に身内をいじりたいときだけども、この場合がどれかなんて考えなくても分かる。
――先生、分かりきってたことですがどうも俺はまだまだ未熟なようです。