手加減は必要そうか?
修介に向かって肩をすくめて笑った後、信一先生はこちらを、生徒を見回し、ほんの少し考慮するそぶりを見せてから尋ねた。
「御堂 修介の自己紹介はこれで終わりにしようと思うが、異論はないかね?」
その言葉に空気が弛緩した――あたかもこれであの化け物と戦わずにすんだとでもいいたげに。
異論は出ない――故に好都合、そう考えた。
手を挙げる。
「俺は彼と自己紹介をしたいんですが」
「……ほう?」
「神くんっ」
岬を手で制す、下手をすると命がけになることは十二分に承知している。
「オイオイ神野今の見てたのか?
いかにも簡単ですって感じに防がれたけどよォ――ありゃとんでもない技巧だぜ?」
「分かってる、少なくとも俺にはあんなことは出来ない」
もとより、俺に使える魔術はただ一種類。
「……分かってる、ねえ。
なあおい神野、テメエは強いのか?」
「分からない、だから戦いたいんだ」
「……ハハッ、分からないってなんだ。
やっぱテメエおもしれえぞ神野。
信一先生、自己紹介をさせてもらって構いませんかね?」
信一先生は唇の端を吊り上げたまま答えた。
「構わんよ」
「ちょっと修介!アンタ分かってんでしょうね!?」
アア?と後ろを振り向いた修介は由井の姿を見つけ、言う。
「わーってるわーてるってのォ、コロさねえようにちゃんと手加減はするっての」
侮られている、そのことに不快感はなかった。
それを訂正させればいいのだから。
さて、と修介はいい。
振り返りなおして、校庭の真ん中を指差した。
「とりあえずここじゃせめえ、あそこまでいこうぜ?」
確かにその通りだと思い、頷いた。
――――――――――
向かい合って対立する、彼我の距離は20メートル。
「さてはて……まあ、なんだ?
由井にああいった手前、死なない程度には手加減してやるよ」
その言葉を黙殺し、告げる。
「……戦う前に一つだけ、俺は基本的に普通の魔術は使えない。
戦闘に耐えうるレベルで扱えるのは肉体に関する魔術だけだ」
言うと、怪訝そうに修介。
「アア? 戦う前から自分の手札をさらす馬鹿がどこにいる?」
「だからいったろ?自分が強いのかが分からないって。
不意打ちで倒せてもなんの意味もないんだよ」
「ハッ、いうじゃねえかオイ?
じゃあ……いくぜ?」
修介の周りの魔力が吸い寄せられていく。
つまり、戦闘開始、だっ。
「――氷よ、在れ」
詠唱、生み出されたのは5メートルほどの氷のツララが三つ。
常人ならそれを生み出すのにどれだけの時間がかかるか、想像し、おおよそ30秒だろうと見切りをつける。
だが目の前の修介は一瞬でそれを展開した――間違いなく天才だ。
それにこれは、否これだけのものでありながらこれはまだ小手調べだ。
「――穿て」
高速で放たれるつらら、瞬く間にそれは俺に到達するだろう。
――これを相手の想像を上回り凌駕しなければならない。
何故ならば、
「――肉体強化を開始する」
詠唱――イメージなんてものは必要ない、俺はこれだけを鍛えてきたのだから。
変わる、世界が。
遅く、遅く、目に見えるすべてのものが遅くなっていく、だが俺の体感速度は変わらない。
スローモーションで流れる世界、その中でもつららは速い。
距離が10メートルになり、8、6、4、2。
構える――左拳を前に、右手を腰脇に。
「砕っ!」
左拳を打ち出す――速度はつららを凌駕し、
凄まじいまでの破砕音。
砕いた、撃ちだされたつららのうち一つ。
手には痺れにまでいたる反動が返ってきている、だが、
「――しっ!」
止まれない――否止まらない。
左拳を高速で引き戻し、一撃、破砕、二撃、破砕。
撃ちだされたつららは三つ、そのことごとくを破砕した。
手には衝撃による痺れ、そして皮膚の裂け目から流れるは血。
それらを戦闘続行に支障はないと判断し、こちらを見据える修介を見据え返し、問う。
「手加減は必要か?」
何故ならば、何故ならば、だ。
神野 森人が守るべきは霧島 岬。
天才と枠組みにも収まりきらない彼女を守ろうというのだ。
本気の天才程度――真っ向から勝てずにどうする?
ハッと笑い、修介は答える。
「……テメエ何がわからねえだ、十二分に強いじゃねえかよ。
ああ、手加減?
当然全力でいくにきまってんだろうが!?」
ここから先は本気でいくと言い、修介は続ける。
「1年1組32番 御堂 修介」
「1年1組12番 神野 森人」
――いくぞ、という声が重なった。
半月で1万PV……正直予想以上です。