ロイ 第6章①:夜のドライブ
王家の最後の姫であった母アレッサンドラの過去とその死、そして自分がシャドウベインの首領の息子であるという現実。
実の父親がシャドウベインの首領ジャンカルロであるという事実は、ロイの心をひどく打ちのめした。
父親のことなど今まで考えたこともなかったが、今その重さが一気にのしかかる。
ロイはしばらく沈黙し、拳を握りしめながら思いを巡らせていた。
しかし、彼は悩みを抱え込むような性格ではない。
心の中で煮えたぎる感情をそのままに、彼はすっと立ち上がった。
頭を掻きむしり、露わになった感情を隠しもせずロイは叫ぶ。
「あー! 面倒くせぇ!!」
唐突な叫び声は静かなガレージに響き渡り、工具が一瞬揺れる音を立てた。
普段冷静なロイが感情を爆発させるのは珍しい。
だがこの時だけは、彼の心に余裕がなかった。
ロイは愛車|STORMBRINGERのドアを開けた。
漆黒のボディに施された青と銀のラインが、ガレージの照明を鈍く反射する。
カスタマイズされたポルシェ911 GT3 Rは、まるで主の感情を察するかのように、その場で静かに佇んでいた。
運転席のシートは彼にとって、感情と思考を整理できる唯一の場所だった。
カーボンファイバーのダッシュボードに手を触れると、いつもの安心感が戻ってくる。
「お前も乗るか?」
ロイはガレージに佇むトリアに、無造作に声をかけた。
トリアは少し戸惑いながらも、ロイの気持ちを汲み取り、小さく頷いて助手席に乗り込んだ。
イグニッションを回すと、4.0リッターフラット6エンジンが目覚めた。
500馬力を超えるパワーユニットは、まるで野生の獣のように低く唸る。
二人を乗せたSTORMBRINGERは、しなやかな動きでガレージを抜け出した。
夜のベイサイドハイウェイに滑り込むと、エンジン音が心地よい轟きへと変わる。
カスタムチューンされたサスペンションが路面の細かな振動を吸い込み、まるで空を飛んでいるかのような感覚をもたらした。
夜風が心地よく、ネオンの光が遠くに流れる。
ロイは無言でカーボンファイバー製のステアリングを握り、車を疾走させた。
時折、視線を遠くにやる。
「俺の親父って、どんな奴なんだろうな」
ロイがぽつりと呟く。
その声は風に流されるように、どこか儚げだった。
トリアは助手席で、その言葉を黙って聞いていた。
ロイはハンドルを握り締めたまま、前だけを見ていた。
父親という存在が突如現れたが、実感は全くない。
母親も早くに去り、それからの日々はただ生きることに懸命で、父親の存在を考える余裕はなかった。
アレッサンドラが一人で自分を産み育ててくれたことを思い返しても、ロイにとってはまだ遠い話のように感じられた。
「俺には、親父がどんな奴かなんてわかんねぇ……」
ロイは誰に言うともなく呟いた。
声には当惑が滲んでいた。
トリアはロイの言葉を聞き、しばらく考え、そして口を開いた。
「ロイのお父さんだから、きっとロイに似てるんだと思う」
トリアの声は柔らかい。
彼女はハンドルを握るロイの横顔を見つめながら続けた。
「だから、お母さんもお父さんを愛してロイが産まれたんだよ」
ロイは視線をちらりと助手席に向け、トリアの言葉を聞いたが、すぐにまた前を見た。
しかしその言葉は確かに彼の心に響いた。
自分は母アレッサンドラと父ジャンカルロの愛の結晶であると、改めて認識させられた。
「ロイをこの世に送り出してくれたお父さんとお母さん、きっと素敵な人たちだったよ」
トリアはさらに言い添えた。
ロイは、ふっと息を吐き出した。
父親のことは知らない。
それでも、少なくとも母親は自分を愛してくれた、それだけは変わらない事実だ。
そして父親がどんな人間だったのかは、自分の目で確かめるしかない。
それは、会ったことのない父親と向き合う覚悟だった。




