ロイ 第5章②:ガレージにて
ガレージには工具が軽くぶつかる音が響いていた。
ロイは愛車|STORMBRINGERのボンネットを開け、4リッターフラット6エンジンの調整に没頭していた。
青と黒のストライプが施された車体が、ガレージの照明を受けて艶やかに輝いている。
「よし、これでいいな」
一息つき、手を軽く拭いながら工具を片付ける。
彼自身が鍛え上げた愛車は、今や彼自身の誇りだ。
500馬力を超えるエンジンと、カーボンファイバーで補強されたボディは、どんな追跡任務にも対応できる性能を備えている。
ガレージの外から軽い足音が聞こえてきた。
ロイは振り返り、扉が開く音を聞く。
そこにいたのはトリアだった。
「ロイ、ここにいたんだね」
トリアは少し息を切らしながらロイに声をかけた。
その手にいくつかの袋を持っている。
よく見ると、中には食べ物や飲み物が入っていた。
「お前、わざわざ差し入れか?」
ロイは笑いながら手を差し出す。
「悪いな、こんなに気を使ってくれるなんて」
「いつも頑張ってるから」
トリアは明るい笑みを浮かべ、ロイに袋を手渡した。
ロイは袋を受け取り、軽く中を確認してから笑顔を見せた。
「助かるよ。お前が来ると、どんな場所も明るくなるな」
トリアはその言葉に少し照れたような表情を浮かべたが、すぐに真面目な顔に戻った。
「でも、ロイ……今日はちょっと心配で来たの」
「心配?」
ロイは怪訝な顔をする。
トリアは少し声を落として続けた。
「Destrion計画のこと、それにあなたのことも。あまり無理してないかなって」
ロイは一瞬黙り込んだ。
30年前のあの大惨事が、また繰り返されようとしている。
シャドウベインによって人工的にABYSSを再現するその計画は、既に実行段階に入っているとみていい。
ユージーンとシルヴェスターが情報収集に奔走しているが、今はまだ彼らの成果を待つしかない。
「俺が無理してるって?そんな風に見えるか?」
彼は作り笑いを浮かべた。
疲れを悟られまいとする彼の仕草に、トリアの心配は深まる。
「ううん、でもなんとなく感じるの。いつもより張り詰めてるっていうか」
ロイはその真剣な眼差しを見て、少しだけ肩の力を抜いた。
「まあ、気にしすぎだろ」
彼は軽く首を振ったが、その表情にはプレッシャーが滲んでいた。
自らがリーダーとなって世界を救うという使命は、事実ロイを消耗させている。
それでも、何としてもDestrion計画は阻止しなければならない。
「でも、ありがとう。気にしてくれてるのはわかるよ」
その時、ガレージの空気が急に変わった。
温かかった空間が、突然木枯らしに吹き込まれたかのように冷えていく。
二人の吐く息が、白い霧となって宙に漂った。
「え、何?」
トリアが驚いてロイの背後を指さす。
黒い霧が渦巻き、ゆっくりとその中から一人の女の姿が浮かび上がった。
漆黒のローブに身を包み、感情を持たない瞳で二人を見つめる。
冷たい眼差しが、静寂を切り裂いた。
その瞳には、人の感情とは無縁の冷たさが宿っている。
その存在だけで、周囲の空気が凍りつくかのようだった。
ノクテリア・エステルだった。




