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英雄にされた俺と、隣国の妖精姫の事情  作者: 穂高奈央


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75/76

75. 【番外編】執事のセドリックとメイドのコニーの事情 24/25

 コニーの朝は早い。

 エルシェリアが朝の支度を自分1人で済ませてしまうのと、着るのがドレスではなく簡易なワンピースであるため、コニーの手伝いは必要ないのだが、朝起きて、敷地内、邸内を巡回して異変や不備故障がないかを確認するのが日課になっている。


 ここ(ハリントン邸)では、鍛錬をしていない。

 隠しているわけではないが、知らせる必要もない。体がなまってしまうのを防ぐために、体幹を鍛える運動を兼ねて、見回りをしている。


「コニー」

 邸に戻ってすぐ、呼び止められてコニーは振り向いた。

「おはようございます、セドリック様」


 セドリックが、いつも通りの様子で立っていた。セドリックも、朝は早い。

 こうして邸内ですれ違うこともあるが、早朝でも寝起きの状態で歩いているのは見たことがない。いつもちゃんとしている。

「おはよう。まだ、勤務時間外か?」

 言われて、コニーは表情を改めた。この聞き方はつまり、「今仕事以外の話をしていいか?」、ということだ。


「はい」

 コニーがうなずくと、セドリックはわずかに表情を和ませた。

「応接室に」

 それだけ言って、セドリックは歩き出す。

 コニーもその後ろをついていった。


 意思確認、だろうか。

 だがいつも、意思確認は短く、その場で行われる。

 わざわざ場所を移動したりはしないのだが、今日は、人が通りそうな邸の入口だったからだろうか。

 コニーの心拍数が少し上がる。


 エルシェリアが、セドリックに耳打ちしているのを見た時。

 エルシェリアがセドリックに対して恋愛感情がないことがわかっていて、セドリックもそれは同様なのだと知っていて、それでも。


 ラルフほどではなかったが、動揺した。

 動揺した自分に、動揺した。セドリックが関わると、こういうことばかりだということに、コニーはもう気付いている。

 認めたくはなかったが、そろそろ認めるしかない。

 セドリックを、「そういう」相手として、意識している。


 仕事の話をする時、互いが考える最善が同じであることが多く、少ない言葉で通じる会話が心地良い。

 勤務時間中、セドリックはにこりともせずに会話をする。余計な世間話なども、もちろんすることがない。なのに、ただの業務連絡なのに、1日会話がなかった日はどことなく物足りなくなっている自分に、どうかしている、と思う。


 完全に手の内だ。転がされている。

 こんな時に意思確認されたらどうなる。

(何て言う?)

 コニーの頭がぐるぐる回り出す。


 セドリックは、コニーが応接室に入ると、ドアを閉めきらずに少し開いたところで止めた。

 公共の場でもないし、ましてや自分は貴族令嬢でもなく庶民。流れる動作で淑女対応をされると、何となく落ち着かない。


 コニーをソファに促すと、セドリックは向かいに座ることなく、立ったままで話し始めた。

「マイヤー家が、投資事業をしているのは知っているか?」

「は、はい」


 何。何の話だ。

 唐突すぎる話題に、コニーは困惑した。

 勤務先になる家についてはすべて、事前調査をしてから就業している。だから、以前勤務していたマイヤー家の事業についても、もちろん知っている。

 知っているがなぜ、今、この話を?


 コニーは立ったままのセドリックを見上げた。セドリックはこちらを見ておらず、視線はセドリック側のソファの後ろにあった。

「マイヤー家で、新進気鋭の画家を新たに活動支援することになって、昨日、その契約交渉に行って来た」


 昨日は休息日。

 確かにセドリックは外出していたようだった。

 休息日は、テスも休みだ。

 食事はテスが作り置いてくれているのをそれぞれが温めて食べたり、自分たちで作ったりもするのだが、前日の朝食時点で、セドリックはテスに、明日の食事(作り置き)は不要、と伝えていた。


 セドリックはマイヤー家(実家)と距離を置いているのだと思っていたが、家業を手伝う程度には、関係が修復されているらしい。

「よく、お家のお手伝いを?」

 コニーの問いに、

「・・・いや。たまに、だが」

 セドリックは言葉を濁した。

 それが照れ隠しなのか、本当にたまにしか手伝っていない気まずさなのか。その判断は、コニーにはできない。


「その画家が描いた絵を気に入って、昨日その場で購入した」

 セドリックは言って、視線を向けていたソファの後ろから、丁寧に布で梱包された絵画を両手でそっと持ち上げた。

「コニーに」


 セドリックは絵を持ったまま、コニーの向かいのソファに静かに座って、コニーに差し出した。

「え? ・・・え?」

 コニーは混乱して受け取ることもできない。

 今までにないパターンだ。どうしたらいい。ていうか何で。

 何で???


「受け取っては、もらえないか?」

 問う、その無表情に見える顔と声が、少し憂いを帯びていることに、コニーはもう気付けるようになってしまっている。

「い、いえ。あの、驚いてしまって。ありがとうございます」


 コニーはぎこちなく、差し出されたままの絵画を受け取った。

 大きさはそれほどでもないが、重量はそこそこだ。これはもう、額に入っている絵画だ。


 たとえセドリックがしょんぼりしても、これがアクセサリーや宝石の類なら、コニーは受け取らなかった。セドリックが「気に入った」絵を自分に、と思ってくれたそのことに、心を動かされた。

 絵は、コニーにとって特別だから。


「拝見しても?」

「もちろん」

 セドリックのうなずきを受けて、コニーは緩く括られた紐を解いて、梱包の布を開いていった。


「!」

 コニーは、絵を見た瞬間に息を呑んだ。

 ルネだ。画風がもう、ルネだった。

 あと、この絵の女性。


 それは、横顔だった。

 コニーに限りなく雰囲気の似た、コニーではない女性が、庶民が着る簡易なワンピースを着て、お茶を淹れながら、誰かと話しているのだろう、微笑んでいる。

 こちらに目が合っていないからなおさら、それは自然で、日常によくある風景を切り取っているように見えた。


「これ・・・・は」

 喉に何かが詰まったように、思うように声が出ない。

 驚きと、ルネの作品にまた出会えた嬉しさと、微笑む絵の女性に対する困惑と。


「この絵を描いたのは、レナ・エペーという新進の女性画家だ」

 セドリックが淡々と言う。

「レナ・エペー?」

 ルネではないのか。

 見ると、確かに絵に記されたサインは、ルネのものではなかった。


 でも、これは。この画風は。

 見間違えるはずはない。絶対にルネだ。

 ルネが、名を変えて、描いた?


「まだ作品数はないが、うちと契約を結んだから、今後は創作活動に打ち込むことができるだろう。女性ということもあって、活動に障害もあったようだ」

 ルネは、女性だった。コニーはいろいろと腑に落ちた。


(だから)

 ルネは、いろいろと情報を伏せていた。女性が芸術家として身を立てるのは、難しいから。

 でもこれからは、レナ・エペーとして、マイヤー家の支援を得て、堂々と創作活動に専念できる。名を変えることになった経緯はわからないが、絶対にこれはルネだ。

 つまり。

 コニーの推し活が、再始動できるということだ。


 その嬉しさに、また美しい絵を手にできた喜びに、つい顔が綻んでしまう。

「気に入ってもらえたようでよかった」

 やわらかい声音に、絵に見入っていたコニーはふと顔を上げた。


 セドリックは、今までに見たこともない嬉しそうな表情で、コニーを見ていた。

「その笑顔が、見たかった」

 満足そうに微笑む。

 

 こんな表情も、するのか。

 否応なしに、心が揺さぶられる。

 コニーが言葉を失っていると、セドリックは、コニーが突然の絵画のプレゼントに困惑している、と受け取ったらしい。


「絵の女性がコニーに似ていて衝動的に買ったんだが、これを俺が持っているのは、ちょっと怖いかと思って、だな、その、プレゼントに・・・」

 『自分のことになると急にぽんこつ』セドリックが、急に言い訳じみたことを言い出した。


(嘘つき)

 コニーは声に出さずに心の内でつぶやいた。

 セドリックは、コニーのために、いろいろ頑張って動いてくれたのだ。さすがにもうわかる。

 たまにしか手伝わないマイヤー家の活動支援先が、たまたま活動を休止していたコニーの推し(ルネ)なんてことは、まああり得ない。


 セドリックがどうしてコニーのルネ推しを知っているのかはわからないが、ナインだってコニーの身元調査をする過程でルネにたどり着いた。ナインにできて、セドリックにできないことはないだろう。

 仕事では(仕事ではないが)、セドリックは優秀なのだ。


 決してコニーではないのだが、絶妙にコニーに雰囲気が似ている、絵の女性。

 セドリックが衝動的に買ってしまったというのは、おそらく本当なのだろう。

(これ以上)

 一体自分は、何を試すというのか。ただただまっすぐに、向けられるこの想いに対して。


「ありがとうございます、セドリック様。この絵、大切にします」

 コニーが笑むと、セドリックは瞳を和ませた。

「喜んでもらえたなら何よりだ」


 言って、セドリックは話は終わったとばかりに立ち上がった。

(え)

 意思確認は。


 呆然とするコニーを置いて、セドリックはドアの方へと歩いていく。

 何の、放置プレイだ。

 ここまでしておいて。ここでこそ、するべきではないのか、意思確認。

 コニーを落とす気、なのではないのか。


(ぽんこつ)

 コニーは込み上げる笑いを抑え込んだ。

「セドリック様」

 少しだけ漏れ出してしまった笑いで揺れた呼びかけに、セドリックは足を止めて振り返った。

「うん?」


「しないんですか、意思確認」

 セドリックは目を丸くした。こんなセドリックは、初めて見る。今日は見たことのない表情ばかり、見せてくる。


「・・・意思確認だ」

「はい、お受けします」

 ぽつりとつぶやくように言ったその意思確認に、コニーは即答を返した。

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