71. 【番外編】執事のセドリックとメイドのコニーの事情 20/25
「お前は、ナインを知っているか?」
フォルセインにそう聞かれ、セドリックは「いや」、と短く答えた。本当に知らなかった。
「ナインは、俺がコニーの存在を知ることになったきっかけを作った男だ。孤児で、俺直属の諜報だった」
「だった」
セドリックが繰り返すと、フォルセインはうなずいた。
「そうだ。無断で抜けたあいつを、コニーと俺で殉職したことにした」
「つまりコニーとそのナインは、面識があったということか」
セドリックの確認に、フォルセインは「話が早くて助かるよ」、と言ってうなずいた。
「コニーは優秀だが、庶民だ。初就職先の公爵家でちょっとした捕り物をして、貴族たちの間でひそかに名が通った。そのことを俺に最初に報告してきたのがナインだ。その流れで、ナインにはコニーの素性も調べさせた。ブレットのことがあるにせよ、そのことを知るのはごく一部、抑止力にはならない。貴族たちがコニーを囲おうとするのは目に見えていたから、ローザの侍女にと、俺がコニーを王城に召し上げた。その時に、ナインの希望でコニーを紹介した」
「ナインの希望で?」
少し低くなったセドリックの声音に、フォルセインは笑って首を横に振った。
「お前が勘繰るようなことは、あいつらの間には一切なかった。ナインは孤児院で生き別れになった想い人をずっと捜していたし、そのことをコニーも知っていたらしい。ナインはコニーに、そのことで恩があるのだと言っていた。だから会わせてくれと頼まれた。2人は兄妹みたいな関係だった。コニーは、ナインが表向きに営んでいた画商によく通っていたようだな」
画商。コニーが通っていたのは、絵画の購入のため・・・だけではなかったということか。
戸籍上父がおらず、一人っ子のはずのコニーに、兄やら姉やら父やらが、多過ぎないか。
「そのナインが、失踪した。俺はナインに返していない恩があった。だから対価として、『殉職』してもらうことにした。事情を探りに王城まできたコニーを巻き込んでな」
「いつ頃の話だ?」
「戦争が起こる、少し前」
ああ、と、セドリックは納得した。
だから、コニーはあの頃王城で働いていたのか。ナインを『殉職』させる、工作をするために。
「それで、ルネとはどうつながる?」
ルネが作品を発表しなくなり、もともと少なかった情報が遮断されたのも、確かその頃だ。関係なくはないだろう、とセドリックは予想する。
「失踪する前、ナインが独自に調べていた案件があることがわかった。アッカー侯爵家が、取り潰しになったのは知っているか」
「ああ、名前を耳の端にとらえた程度だが」
何をやったのかまでは知らない、と言外に伝える。
貴族は国全体で見ると一握りとはいえ、その家の数は、それなりに多い。だからそこで起きる様々な事象をすべてを把握できるわけもないが、侯爵家は高位貴族。家自体が存続していれば内密に片付けられたものを、名を消されるほどの何かをやらかした、ということくらいは耳に入る。
「アッカー侯爵家は、孤児の人身売買を行っていた。その内、才能を見出された者は、売られずに閉じ込められて、強制労働、正しく言うと創作活動を強いられていた」
「それがルネ、か・・・」
急に点が線になった。それなら、『ルネ』に関して情報制限されていたこともうなずける。
「憶測に過ぎない。ただ事実として、ナインの失踪とともに、そこで働かされていたらしい女性が一人、いなくなっている。逃げた、いや逃がされた、と推測している。コニーがルネが好きだというのは今初めて聞いたが、それがナインと出会う前からなのか、ナインに何かを聞いたからなのかはわからないな。本当にルネの作品を純粋に気に入っているかどうかも、本人に聞いてみないとわからない」
「コニーはアッカー侯爵家の件には関わっていないのか?」
セドリックの問いに、フォルセインは即答した。
「当たり前だ。高位貴族がやらかした件に、雇用してもいないコニーを関わらせるわけがないだろう。これ以上裏の名声が上がったら、俺でもかばいきれない。コニーに手伝ってもらったのは、あくまでもナインの『殉職』に関してだけだ」
とすると。セドリックは脳内を高速回転して、いくつものパターンを考えた。
コニーはルネがナインの想い人だと、知らない可能性もある。
それにしても、愛されコニーでよかった、と思う。
コニーに降りかかる火の粉はすべて振り払いたいが、身分上、伯爵家次男でしかないセドリックには、手を出すこと自体が難しいこともある。
必要に迫られれば、まあ、何とかするが。
「ナインはわざと、自分がアッカー侯爵家を調べていたという痕跡を残して失踪した。自分は想い人を連れ出して逃げるから、あとはよろしく、ということだろう。昔から人使いの荒い奴だった」
フォルセインは小さく息をついた。
王族使いが荒い直属の諜報、というのもあまり聞かないが、フォルセインはナインのお望み通り、アッカー侯爵家を潰した。
人身売買は重罪だ。見て見ぬふりができるフォルセインではない。
「アッカー侯爵家で創作活動を強いられていたのは、ナインが逃がした女性とあと2人。彼らは同じ邸内にはいたが、生活を共にはしていない。アッカーがさせなかった。監視も常に付けられていた。だから、言葉を交わすことはおろか、顔も互いに知らない。1人いなくなったのは何となくわかっても、それが誰かなんて、彼らにはわからない」
「じゃあ、逃げたのがルネだと推測する根拠は?」
「部屋に残されていた、描きかけの絵だ。サインはなかったが、画風からして、おそらくルネだろう、というのが専門家の見解だ」
追われたくないなら、逃げる前に塗りつぶすなり、破り捨てるなり、持ち出すなり、「そこにルネがいた」根拠となるものを消すのが普通だ。
わざと残していったのか、それとも、その暇すらなかったのか。
「セインがルネを追っているのはなぜだ?」
フォルセインもルネを探っていたからこそ、セドリックはその網に引っかかってここに呼ばれた。
「人身売買または強制労働に遭っていた被害者の保護、というのが表向きで、あいつらに、内密に渡したいものがあるからだ。状況的に、ナインは怪我を負っている可能性が高い」
後者、か。セドリックは内心でため息をついた。アッカー邸から逃げ出す際に、ルネがいた痕跡を消せるほどの時間も、なかったということだ。
軍や諜報で言う「怪我」は、擦り傷切り傷程度のものではない。行動に制限を受けるほどのものだ。
もしかしたら、後遺症を伴うほどの重傷である可能性もある。
「で、俺に何をさせたい?」
先ほど「付き合え」、とフォルセインは言った。
おそらく、セドリックがこれからしようと思っていることと同じベクトル上に、それはある。
なら、『関わりついで』だ。付き合ってやってもいい。
フォルセインは、嬉しいような、困ったような、複雑な笑みでセドリックを見た。
「・・・ダメ元で聞くが、やっぱり俺の直属になる気は」
「ないな」
即答したセドリックに、フォルセインはがくりと頭を垂れた。
「ぜーんぶ、ラルフが持ってっちゃうんだよなあ」
つぶやきは、ため息と共に溶けていった。




