70. 【番外編】執事のセドリックとメイドのコニーの事情 19/25
「ルネを探っているようだな。マイヤー伯爵の指示か?」
会って早々、セドリックはフォルセインにそう切り出された。
王城の、フォルセインの私室。今日はロザリンドはいない。
茶を出してすぐ、侍女は控えずに部屋からさがった。護衛はもとより、この区画には配置されていない。
信頼されているのか、他には聞かせられない話をするつもりなのか、2人きりだ。
「いや、父は関係ないな。家が持ってる伝手を無断借用しているから、俺がそれを使って動いていることは把握しているかもしれないが」
フォルセインは、マイヤー家の家業を知っているらしい。だから、セドリックが画家を調べていることについて、『マイヤー家が次の投資先を探しているのか』と聞いた。
だが、セドリックが調べた限りでは、ルネにそこまでの知名度はない。育てれば伸びるのかもしれないが、何しろ情報が現状一切遮断されている。投資をもちかけようにも、とっかかる先もない。
不可解だった。
「逆に聞きたい。何で俺はわざわざ呼び出されてこんなことを聞かれている? 俺は個人的興味でルネの作品を探しているだけだ。まさかセインの口から『ルネ』という単語が出てくるとは思いもしなかった」
セドリックが尋ねると、フォルセインはふん、と鼻白んだ。
「俺にそんなふてぶてしい返しをするのはお前くらいだよ。個人的興味だと? 息をするように嘘を言うな。絵なんて髪の一筋ほどの興味もないくせに」
失礼なことを言う。だが事実だ。絵なんてくそほどの興味もない。どうして知っているのか。
セドリックは少しだけ迷った。正直に言った方が、情報を引き出せるのではないか。
フォルセインは、なぜかルネの何かにからんでいる。だから、セドリックは動きをつかまれて、ここに呼ばれた。
だが言ってしまうと、それはコニーの嗜好を他人にばらすことになる。
「もしかして、コニーか」
何でわかった。セドリックは無反応を貫いたつもりだったが、かえってそれが不自然に見えたらしい。
フォルセインは半目になった。
「セドリック。お前がコニーを追い回していることは知っている。まさか仕事先にまで押しかけるとは思わなかったが」
コニーはフォルセインと、何よりロザリンドのお気に入りだ。そのコニーに、セドリックが王城で接触したことから、2人にはばれてしまっている。決して「追い回して」は、いないのだが。
ラルフに同行して、ラルフと第二王女との婚姻の回避策の相談に来た時に、セドリックがハリントン邸に就職したのを知って、フォルセインは、ラルフがいる手前、黙ってくれてはいたが意地悪く笑っていた。
「別にコニーを追いかけるためだけにラルフに就いたわけじゃないが」
「そこは『ラルフのために就いたのであってコニーは関係ない』と言ってほしかった」
はぁー、とフォルセインはため息をつく。
「コニーは天然人たらしだが、まさか『狂犬』までたらすとはな・・・」
「いや、『狂犬』と呼ばれ出す前に俺はコニーに」
「問題はそこじゃない」
ぴしゃりと言われ、セドリックは口をつぐんだ。
狂犬、とは、戦時中セドリックに付けられたあだ名だ。
ただ、何も無差別に行ったわけではない。
ラルフの指示どおり、仲間を、市民を助けるために、必要だと判断した時に動いただけなのだが、無表情に淡々と躊躇なくいく姿が、なぜか嬉々として向かっていくように見えたらしく、不本意なあだ名が付けられた。
可能な限り無力化で、敵とはいえ、命を絶つようなことはしなかった。だから、『死神』の名は免れた。
それを幸運と言っていいのかどうかは、判断に迷うところだ。
「俺に、いやローザにとってもコニーは妹のような存在だ。その『妹』が、狂犬にからまれていることを俺は心配している」
「からんでいるつもりはないし、判断するのはコニーだ」
あと狂犬でもない。
適切な距離はとっている、はずだ。たぶん。
セドリックにとって、コニーの住み込みは業務上必要不可欠ではあったが同時に、諸刃の剣だった。うざがられない適切な距離を保ちつつ、常に近くに在る。その線引きは難しい。
ただ、願うのは単純なこと。笑顔を、あの笑顔を、その傍らで見ていたい。ただそれだけ。
はぁ、とまたフォルセインはため息をついた。
「まあ、俺が口を出す話でもないのも事実だ。話が逸れた。戻すぞ。何でお前がルネを調べている? コニーが気付いたのか?」
コニーが気付く? 何を?
セドリックは片眉を上げて、首をわずかに傾げた。
フォルセインの言う『ルネ』、とは何だ。ただの画家ではないのか。隠語か何かか?
セドリックは直感的に、これはちゃんと情報共有した方がよさそうだ、と判断した。
「俺はただ、コニーに贈るためのルネの作品の所在を調べていただけだ。あまりにも市場に出回っていないから、伝手を使ってルネそのものの情報も探った。情報は、不自然に遮断されていた。今のところ、それがすべてだ。俺の手の内は見せた。これ以上は、はたいても出ない。対価を支払ってもらおうか、セイン」
本来、王族が「話せ」、というなら嫡子でもないただの伯爵子息は無条件で話さなければならない。だが、相手はフォルセイン。等価交換の男だ。セドリックはあえて、お前も情報を出せ、と強気に出た。
ただそれは間違っていなかったようで、フォルセインはおもしろい、という顔になった。
「こっちの手を出すにはまだ足りないな。何でコニーに贈るのがルネなんだ。何を知っている?」
「コニーはルネの作品のほとんどを個人的に所有するルネコレクターだ。よほどルネが好きなんだろうと推測したが、違うのか」
リーク元のエルシェリアの名前を出すわけにもいかないし、本当にルネが好きかをコニーに直接確認したわけでもない。
だから、言い方を考慮した。
「コニーの嗜好まで調べ上げてるのか」
フォルセインは若干引き気味だったが、ふむ、と少し考えるように視線をさまよわせた。
「・・・でも、そうか。そういうことなら、俺はお前に関わらなくてよかった事案に関わらせたことになるな。なるが、関わりついでだ、ちょうどいい。付き合え」
セドリックはふる、と首を横に振った。
「情報提供が先だ。そこからは、聞いてから考える」
フォルセインは困ったように笑った。
「お前のそういうとこ、嫌いじゃないんだよなあ」
じゃあまずはこっちの手も見せよう、と言って、フォルセインは冷めた茶を一口、口に含んだ。




