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英雄にされた俺と、隣国の妖精姫の事情  作者: 穂高奈央


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7.  ささやかな要望

 コニーは、とりあえず当面暮らせる着替えを持って出勤していた。

 もう今日から住み込みで働いてくれるらしい。

 あとの荷物もそうは多くないらしく、休みの日にでも運び込む、とのことだった。


 そもそも引越しというほどのことじゃない。実家は近所にあるし、家具や基本的な生活道具はうちにある。

 仕事中は汚れを気にしなくていいように、お仕着せを支給している。

 今日からでも生活に不自由はない、との判断だろう。正直ありがたい。


 ただ、コニーは侍女兼メイドでもあるから、四六時中姫についているわけにもいかない。コニーの希望を聞いて、追加で侍女かメイドを雇わないといけない。


 難しいな。

 英雄ネタは、今熱い。大々的に公表はされていないが、『英雄』と『ウィデルの王女』が王命で婚姻を結んだことは、王都を中心に、それなりに国民に知られている。


 募集をかけて、興味本位に来られても困るし、姫に対して悪感情を持った人間に来られても困る。

 姫の今の状態を考えても、守秘義務契約は併せて結ぶ必要はあるだろう。

 一般募集はしたくないが、そもそも俺には伝手がない。どうしようか。


 つらつらとそんなことを考えながら廊下を歩いて角を曲がったら、お仕着せを着た女性が2人、あと脚立に上った男が1人、掃除をしているのが見えた。

 いやいやいや。


 姫がお仕着せを着て掃除してる・・・

「姫?」

 俺の声に、3人が同時にこっちを向いた。姫はコニーと同じように、長い髪を簡単に1つにまとめて結っている。


「コニー説明」

 俺はとりあえずコニーを見た。姫から聞くより、その方が早そうだ。

 その口調に責める響きがないのをコニーが察して、しゃべり出そうとした時。


「ちっ、違うんですハリントン様。コニーにお願いして私がやらせてもらっているのです。コニーは悪くありません」

 姫が持っていたぞうきんをバケツに掛けて、こっちに駆け寄ってきた。

 元気そうだな。


「もとよりコニーが姫に掃除をやらせたとは思っていませんよ。姫、体調は大丈夫なんですか?」

 俺が尋ねたら、姫は微笑むまではいかないが、瞳を和らげた。

「はい。たくさん眠ってたくさん食べたので、もう大丈夫です。馬車酔いでの疲れは取れました」


 いや。この瘦せこけた状態で「通常モードです」と穏やかに言われてもな。

「私が『掃除をしてくるのでお側を離れます』とお伝えしたら、『特にやることもないので手伝います』とおっしゃって」

 コニーが説明を加えた。


 コニーはプロ意識が高い。

 (主人)に軽口をたたくのは、俺がそう願ったからだ。セドリックに口調を改めさせないのと同じ理由で、家で堅苦しくされると俺の気が休まらない。


 だから姫に手伝いますと言われたから手伝わせる、なんてことは、コニーは通常ならしない。

 それが必要だと判断した、とみていいはずだ。

 することがない、っていうのは案外つらいからな。


「下賜されたこの家はまだ住み始めたばかりで、整えきれておらず申し訳ありません。近いうち人を増やすことを考えていますが、もうしばらくご不便をおかけすることになります。だからといって姫に掃除や雑事をさせるつもりもありません。姫は祖国での暮らしと同じように過ごしていただいてかまいません。ウィデルでは普段何を? 道具や本が必要であれば、取り寄せますが」


 セインは「ろくな教育も受けさせてもらえず」とは言っていたが、姫はマナーや礼儀、ちょっとした所作を問題なく身につけている。それなりの教育は受けているはずだ。

 ただ「ちゃんとした」教育にまでは至っていないだろう。それに、姫の趣味も好みもわからない。

 勝手に刺繍セットや恋愛小説を買い付けて渡すよりは、本人に聞いた方が早い。そう思って尋ねた。


 姫は穏やかな顔でふるふる、と小さく首を横に振った。

「ウィデルでも毎日午前中は離宮の掃除をしておりましたので、まったく問題ありません」

 問題しかない。


「お前もか、カーター」

 俺は、手は止めているが、脚立に乗って拭き掃除をしていたらしい姫の騎士に呼びかけた。騎士服は今着ていない。

 朝食の時の服装のままで、腕まくりをしているのが、妙に慣れている。

「はい。高所は危険ですので、私が」

 安定の無表情で淡々と言うが、そういうことでもない。


 1回ちゃんと聞いた方がいいな。ウィデルの離宮でどういう生活してたのか。

「コニーの仕事量が膨大なことになってるから正直助かりますが、無理はしないでください。あと、昼過ぎには少し手が空きます。姫とカーター、話をお聞きしたいので、時間をとっていただけますか」


「・・・はい」

 少し姫の瞳が揺れた。嫌だというより、困惑した感じだろうか。

「承知いたしました」

 カーターは脚立からおりてきて、軽く頭を下げた。


***


 昼を過ぎて、応接室に2人に来てもらった。

 茶は、外からの来客だったらコニーに出してもらうが、テスが、自分で焼いたつまめる程度の菓子とともに、ワゴンを引いてきて淹れてくれた。

 情報共有のために、セドリックにも同席してもらうことにした。


 俺は基本ちゃんとした昼食はとらないが、姫は昼食も完食したらしい。姫用にはやっぱり消化のいい食事と果物が用意したが、朝と同じくらいの量を、問題なく摂っていた、とテスから報告をもらっている。

 ただ、今目の前に座る姫の表情は硬い。座ってくれと言ったが固辞して姫のななめ後ろで立って控えるカーターは、通常モードの無表情だ。


「昼食を摂った直後ですが、せっかくですから、温かいうちに」

 少しリラックスしてほしくてそう言うと、姫は小さくうなずいて、茶を一口飲んだ。

 やっぱり、所作はきれいだ。さすがにものを手掴みで食べるほど放置はされていないだろうとは思っていたが、端々で教育を受けているだろうことが感じられる。セインから聞いていなければ、「ろくな教育を受けさせてもらっていない」とは思わないだろう。


「おいしい・・」

 姫から、思わずのように漏れた言葉に、俺は口角を上げた。テスは料理も美味いが、茶を淹れるのも上手い。

「姫からテスに伝えてやってください。きっと喜びます」

「はい」

 姫は少しだけ口元を緩めた。


「まだ昨日の今日ですが、現時点で、不便はありませんか」

 俺が尋ねると、姫はちょっと強めにぶんぶんと首を振った。

「ありません! とてもよくしていただいています」

 カーターに目を向けると、無表情かつ無言だが、小さくうなずいた。


「今後、ここで暮らしていただくことになります。ため込まずに、何かあったらその都度言っていただけるとありがたい」

 庶民の俺が、幽閉同然だったとはいえ王族である姫の、考えることの想像がつくわけもない。

 もし俺の暗殺を命じられているとして、そのことまで正直に言うはずはたぶんないが、あらゆる可能性を考えたら、これは最初に言っておいた方がいい。

 姫が、実行してくれるかどうかは別として。


「あの、でしたら」

 お。さっそく姫がそう切り出した。

 これはいい傾向だ。わがまま放題希望を言われても困るが、遠慮して何も言わないよりずっといい。


「はい」

 俺はうなずいた。姫は俺をまっすぐに見た。

 朝話した時から、姫は俺の目を見て話すようになった。何か、思うところがあったんだろうか。

「私とニ・・・カーターで頑張って、コニーのお手伝いをします。なので、新しく人を雇って増やすのを、少し待っていただきたいのです」


 ニ?

 言い直した時、姫の瞳が揺れた。

 ああ。ニルス、と言いそうになって言い換えたのか。そういえばその説もあったな。

 姫とカーター恋人説。


「あ、もしかして私にもその、つ、妻としての業務が準備されていたりするのでしょうか。でしたらその業務も滞りなく・・・」

「いえ」

 俺が黙っていたせいか、付け足した姫に、俺は遮るように否定した。


「ご存じかもしれませんが、俺は王家に英雄として担ぎ上げられた、ただの庶民です。もらった爵位も子爵位で、この家はその時に下賜されたもの。領地も持っていない。こんなにわか貴族に嫁ぐことになって姫には本当に申し訳ないですが、そのおかげというかなんというか、日常的にこなさなければならない仕事というのが、現状俺にも姫にもありません。俺が今時間を取られているのは、下賜されたあれこれの手続きが膨大なためです。今後、あえて言うなら社交の必要は出てくるでしょうが、今は俺も姫も、表に出るべきじゃない。姫が遠慮ではなく、新しく人を雇うのを待ってほしいというのであれば、それはまったく問題ありません」


 姫は、わずかに目を伏せた。

「遠慮では、ありません。私は、その、人が、怖いのです。この家の皆様は、私にとても優しく接してくださいます。感謝するのはもちろんのこと、一方で、とても驚いているのです」

 それは、ウィデルで妖精姫だと『見えない者』にされた傷なのか、奇襲をかけておきながら『英雄』に退けられた敗戦国の人質として、ここに連れてこられたという恐れなのか。

 俺としては人質なんて認識はないが、一応シナリオ的にはそういうことになっている。


 昨日ここに到着したばかりの姫は、わかりやすく震えていた。

 人が怖い、っていうのはたぶん嘘じゃない。

 ここは「俺を暗殺するのに人目を増やしたくない」からだと、邪推はするべきじゃないだろう。

 可能性として、捨てはしないが。


「姫」

 俺の呼びかけに、姫は伏せていた顔を上げた。

「人は、当分増やしません。この家は、あなたの住まいだ。好きに過ごしていただいてかまいません。好きなことをしていいし、掃除をしてもいい」

 体を丸めて眠る必要もない。とは、見てたことがばれるから、言わないでおいた。


 姫は何か痛みに耐えるような顔を一瞬して、目を閉じた。

 涙がつたい落ちる。

「ありがとうございます」

 感謝の言葉は、棒読みでもなかったが、嬉しそうには聞こえなかった。

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 よろしければこちらもご覧ください  → 『女神の祝福が少しななめ上だった結果』
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