68. 【番外編】執事のセドリックとメイドのコニーの事情 17/25
テスやセドリックが発注した食材や備品は、決まった日、決まった時間に、定期便として邸に配送される。
配送をしているのは、ラルフの元部下たちだ。
ラルフとセドリックが軍を去って少しして、彼らは隊ごとごっそり辞めて運送会社をたちあげた。
テスはこの会社の最初の太客だ。各所で購入したものを、定期便で邸に運んでもらう契約をしている。
本来なら執事であるセドリックが契約を交わすが、セドリックは、テスから「食料など重いものもあるので、購入品の配送を運送会社に一括委託しようと思うのですが」と言われ、「後で契約書をくれ、決済する」とだけ言った。
セドリックのテスへの信頼がすごい。
その運送会社の信用調査を一切せず、セドリックは執事の権限を以って契約書にサインした。
今、セドリックとラルフは爵位や家、土地を賜った諸手続きと、毎日送られてくる見知らぬ人々からの書簡に追われ、多忙な生活を強いられている。
セドリックは、契約したことなどもうさほど頭に残っておらず、ラルフに至っては、おそらく知らされてもいない。
だからセドリックもラルフも、自分のいた隊の人間が邸に荷物を配送していることを、知らない。
隊の、いや運送会社の面々とコニーは、互いのことを知っているが、その話を納品確認の際にすることはない。どちらかが話題を振れば普通に話すのだろうが、どちらも運送会社のスタッフと顧客の家のメイド、というスタンスを貫いている。
定期便の、決まった『日』がずれることはないが、決まった『時間』は、交通事情や他の配送先とのやりとりなどでずれ込んでしまうこともよくある。
だからコニーは、彼らを待たない。
来たら対応、という形をとっている。
その日は、天候不良もあってか、いつもの遅れ以上に遅れていた。
まあ今日中には来るだろう。そう思いながら他の日常業務をこなしていたのだが。
配達物搬入の専用口に近い場所を通り過ぎる際、会話らしい音の断片を耳が拾った。
聞き慣れた男たちの声と、この声は。
(姫様)
コニーは早足で専用口に向かった。
「ごめんなさい、納品書の突き合わせはできますが、私がサインをしていいものかどうか」
「そうだな、『新人が勝手な真似をして』、と君がコニーさんに怒られるのは、俺たちも困るよ」
服が動きやすい簡素なワンピースだからか、エルシェリアがメイドの新人扱いされている。
ここではコニーはお仕着せを着て勤務していることを、彼らは認識していない。
エルシェリアはふふ、と笑う。
「コニーはそんなことで怒りはしないと思いますが、呼んできますね。少しお待ちくださ・・・」
エルシェリアが、コニーのいるのと反対側の邸内に入って行こうとしたので、コニーは声をかけた。
「コニーはここにいますよ、奥様」
「!」
呼ばれ慣れない名称に、エルシェリアはぴたりと歩みを止めて固まった。
外部の人間がいるところで姫様呼びするわけにはいかない。彼らはすぐに、ここにいるのが誰なのか察するだろうが、嫁いでなお「姫様」呼びされていることに対して、変な勘繰りを入れられても困る。
「奥様? ああ申し訳ありません。ご無礼を」
今日配達に来たのは2人だったが、どちらもラルフよりブレットに歳の近い2人。ラルフの妻=ウィデルの姫だと当然知っているだろう。だが、あくまでも謝罪は、ハリントン子爵夫人に対する不敬への謝罪だった。2人がそろって頭を下げる。
「頭を上げてください。こんな格好で、名乗りもしなかった私に非があります」
エルシェリアは貴族、夫人として落ち着いた口調でそう言った。
内心動揺していることはコニーにはわかったが、それを表に出さないだけの度量が、エルシェリアにはある。か弱いばかりではない。ここぞの時に、強いタイプだ。
配達員の2人はゆっくりと頭を上げた。
下手にこの状況を言及されるのも面倒くさい。コニーは違う話題を振った。
「ちなみに、基本奥様のする仕事ではないだけで、納品確認さえいただければ、サインはしていただけますよ。むしろ私よりもずっと、その権限はあります」
何しろ「奥様」ですからね、と心の中で続ける。
「仕事の持ち場を荒らすことにはあたらない?」
エルシェリアは少し上目遣いにコニーを見る。
(ああかわいい)
嫁いできて、もうすぐ3か月。やはり磨けば光る逸材だった。頑張ったかいがあった。
ラルフと並べてルネに描いてもらいたい。
と、そんなことを考えているとはおくびにも出さずに、コニーは笑った。
「あたりませんよ。何なら今から納品確認とサインまでをやるので、私が手が離せない時などはお願いする時が来るかもしれません」
「本当? 見て覚えます」
嬉しそうにうなずくエルシェリアに、2人の男が動揺する。
「え、コニーさん」
子爵夫人、いや元王女に何やらせてんの、という視線を受けたが、コニーは受け流した。
「コニーにお願いして、この邸の管理も含めて実践を以て教えてもらっているんです。私、知らないことも多くて。なので、頼りないかもしれませんが、よろしくお願いいたします」
エルシェリアは、貴族ではない柔らかい笑みでフォローした。コニーが嫁いできた元王女を虐げている、と彼らに誤解されることを危惧したのだろう。
邸の掃除まで『実践』していることは、さすがに知られるわけにはいかないが。
「そ・・・う、ですか。ではコニーさん、納品確認をお願いいたします」
運送会社の配達員たちは、表情を和らげてうなずいた。
エルシェリアは、王家から教育の手配はされなかったが、侍女からそれなりの教育を受けたのだという。
マナーも礼も、身につけている。読み書きはもちろん、計算もできる。
問題が、なさすぎる。
運送会社から来た配達物を、納品確認してサインをするなどという「日常の当たり前」を、幽閉されていた姫君が、知っているだろうか。
そもそも、その「教育は侍女から受けた」という話も、本当なのか。
それが本当だとして、何の教育も受けさせなかったウィデル王家が、人質として『マナーも読み書きも知らない姫』をクラインに差し出すだろうか。
クラインの不興を買うかもしれないと考えて、身代わりを立てたとは、考えられないか。
目の前にいる『エルシェリア』に悪意は感じないが、何かを隠していることは確かだ。
ドグルの問題もある。エルシェリアは来てすぐ、かなり早い段階でロケットペンダントを身に着けるのをやめた。鍵付きの引き出しに封印しているのは、使うつもりがこの後あるからなのか、捨てる場所を見つけられないからなのか。最悪使われたとして、中身は薬効のない偽薬なのだが。コニー自身がすり替えた。
エルシェリアが嫁いできてすぐ、セドリックにドグルのプラシーボ作成を依頼された時は驚いた。すでにマーサに依頼していると伝えると、今度は逆にセドリックに驚かれた。セドリックはラルフから依頼されたという。つまり、ラルフもエルシェリアがドグルを持っていることを知っている。知っていて、プラシーボにすり替えて、様子見をしようとしている。
現時点でエルシェリアに言及すると国際問題になる、というのはまずあるだろう。だが、ラルフはおそらく、エルシェリア個人を気にかけている。
それが虐げられてきた色無し姫に対する同情なのか、恋愛感情なのかは、本人もまだ判断しかねているようだが。
エルシェリアが本物であれ偽物であれ、ここには望んできたわけではない。
でも純粋に、2人は惹かれ合っているように、コニーには見える。
取り巻く環境や状況の変化で、おかしなことにならなければいいが、と思う。
「これで全部です。と、ああ、あとコニーさん」
納品確認を終え、コニーがサインをすると、配達員の1人が、木の板で挟むように梱包された小さな四角い物体を、壁のわきに置いていた大きな布かばんから取り出した。
「これは、コニーさん個人宛てに」
(え)
コニーは表に出さずに動揺していた。それは。
「どうして、ここに」
小さくつぶやきながらも、コニーはその荷物を受け取った。
これは、ルネの絵画だ。ずっと出回っていなかった絵画が、誰かが手放したのか、1枚市場に流出した。新作ではないことは確かだ。
小さなサイズだったから、値段もそれほど高くはない。放っておけばすぐに誰かが買ってしまう。取り扱っていたのは知らない画商だったが、コニーは反射的にとびついた。衝動的な買い物だった。
コニーは仕方なく受け取りのサインをした。
「ありがとうございます。またよろしくお願いいたします」
というエルシェリアの言葉と笑顔に見送られて、伝票をしまった配達員2人は帰っていった。
「コニー? コニーはここに住み込みで働いてくれているのだから、個人宛てのものがここに届いても不思議ではないし、誰に咎められることもないわ」
コニーが微妙な感じになっていることに気付いて、エルシェリアが声をかけてきた。
気を遣わせてしまった。コニーは苦笑した。
「あ、いえ。申し訳ありません。・・・実は、これは私の好きな画家の絵画で、生活必需品ではなく、完全に趣味のものです。だから受取先は別の住所に指定していたのですが、なじみではない画商から購入したので、申込人の連絡先を、間違えて配送先住所に設定してしまっていたようです。今後、このようなことがないようにしますので」
「趣味のものでもここに送って問題はないと思うわ。あ、でももし知られたくなかった、っていうことであれば、私は見なかったことにします」
「いえ、そういうわけでは」
両親には派手な推し活をとがめられるのを嫌って内緒にしているが、別に隠さなければならない恥ずかしい趣味だと思っているわけではない。
「そう、なの。・・・だったら、あの、コニー」
エルシェリアが言い淀む。
「はい?」
「個人の趣味のものだから、これは指示ではなくてお願いなんだけれど」
「はい」
コニーは首をかしげた。今までにもエルシェリアから、指示も命令も、されたことはない。
「私、本の挿絵とかならあるのだけれど、本物の絵画って、見たことがなくて。差支えなければでいいの、その」
顔を真っ赤にしながら言葉を紡ぐエルシェリアに、コニーは破顔した。
「どうぞ。梱包を解きますので、よろしければご覧ください」
ぱああと顔を輝かせたエルシェリアは、ルネの絵を見て、さらに顔を紅潮させた。
「・・・素敵」
「お気に召しましたか?」
「ええとても!」
「私はルネの、この画家の名前ですが、作品が好きで、数点所有しています。別の場所に保管してあるのですが、また街に買い物に出られる機会などあれば、立ち寄ってご覧になりますか?」
「行きたいです! ぜひお願いします」
「ただ、ルネは最近作品を発表していません。市場にもなかなか出なくなっていて、これはそんな中で、たまたま売りに出されていた1枚でした」
「とてもラッキーだったのね。それに出会えた私もラッキーだわ」
エルシェリアがふふ、と嬉しそうに笑う。
誰に対してもどこか遠慮がちで、我慢しがちで、表情も乏しかったエルシェリアは、だいぶ感情を外に出すようになってきた。
本物であれ偽物であれ、ウィデルが差し出したのならば、ここでは彼女が『エルシェリア』なのだ。
だからどうか、堂々としていてほしいと願う。逆に偽物だとしても、罪悪感に苛まれて「私、実は偽物です」などと、ラルフに言わないでいただきたい。
美しく優しいあの主は、そのことで、心を傾けようとしている相手を処罰しなければならなくなることに、きっと心を痛めるだろうから。
本編「27. 違和感の正体」で語られる「ラルフのめっちゃかわいい奥さん=姫さん」エピソードの、コニー視点になります




