67. 【番外編】執事のセドリックとメイドのコニーの事情 16/25
今日、ラルフの妻がハリントン邸に輿入れしてきた。
コニーは、玄関ホールの後方、壁際に立って控え、それを眺めていた。
ウィデルの第三王女、エルシェリア・ウィデル。
いや、もう婚姻の手続きは、本人たち不在のまま既に行われたというから、エルシェリア・ハリントンか。
クライン王命による、政略結婚だ。
色無し姫として、ウィデル王家から幽閉同然の冷遇をされていた、という話は聞いている。
しょうもない話だ。しょうもないが、それに付き合わされて、生まれてから今まで抑圧されてきた姫君は、痩せこけ、やつれ果てて、脅えていた。
この政略結婚は、戦後補償の国家間交渉のカードの1つだ。
進まない交渉に、クラインは人質に娘を差し出せと迫り、ウィデル王家は『要らない姫』を差し出した。
つまりこのカードは、結果的にウィデルに対する圧力にはなり得なかった。
だが、エルシェリアのこの脅えよう。
戦を不当に仕掛けて、しかも敗けた国の王女が、戦勝国の『英雄』に嫁がされることの意味を、エルシェリアはおそらく理解している。
何をされても文句は言えない、そう覚悟しての降嫁だっただろう。
それだけではない。
エルシェリアには、何か秘密がある。
慣れない長旅でどろどろに疲れて、エルシェリアは食べることすらできない状態だった。湯浴みを強く希望するので付き添ったら、案の定すぐに寝落ちた。
首にロケットペンダントを吊り下げていて、濡れるといけないと思い、はずしておいた。
ピルケース型の、ロケットペンダント。
何か持病でもあるのか、それとも。
諜報活動のくせで、ついコニーは中身を確認してしまった。
「王女が夜間、邸に女性1人になるのはあまりよろしくない。コニー、新しく侍女を雇うまでの間だけでもいい。住み込みでの勤務への契約変更を依頼することは、可能か?」
だから、セドリックにこう依頼をされた時、セドリックも何かに気付いたのかと思った。
ただ相手が女性だから、コニーに監視を依頼したのか、と、そう考えた。
「よろしくない・・・とは?」
探りを入れると、セドリックは意外だというように、わずかに目を見開いた。
「一緒に来た侍女の1人でも残ると思ってたら、残ったのは騎士だけだった。王女の世話を俺たちがするわけにはいかないし、王女も体調が良くないからと俺たちに対処を願うとは思えない。そういう意味でよろしくないと言ったんだが、他に、何か気になることでも?」
逆に問われて、コニーは失敗した、と思った。
普通に考えればそうだった。
エルシェリアには、侍女が1人もついて来なかった。
降嫁したとはいえ元王女を、男ばかりの豪邸に放置するのは、確かに「よろしくない」。
移動の旅の間ついてきた侍女らは、エルシェリアと騎士を置いて、ハリントン邸に踏み入ることすらなく、ラルフの顔を拝むこともなくウィデルにとんぼ帰りした。
侍女、というよりあの体つきは女性騎士。エルシェリアの護衛というよりは、逃亡しないように付けた監視、と見るべきだろう。そして、男性の護衛騎士だけがここに残った。その状況もまた、不自然ではある。
ロケットペンダントに入っていたドグルのことを報告するのは、他もくるめてもう少し探ってから、と、コニーは判断した。
少なくとも、現時点でセドリックはエルシェリアを敵認定していない。
コニーも、エルシェリアに何か秘することがあるとしても、本人の意思でラルフに害を為そうとしているようには感じられなかった。為せないだろう、というべきか。
ラルフは王命の結婚を、くさることなく受け入れた。妻を「姫」と呼び、警戒させない距離をとって敬語で接している。
初対面での物言いに多少難はあったが、あの容姿であの声、長旅を労わる丁寧な言葉遣い。ひどい待遇を予想していたはずのエルシェリアが、心動かないはずはない。
何かを質に取られて、早急にラルフ殺害を命じられているのなら話は変わってくるが、少し、様子を見てもいい。念のために、今日帰ったら、マーサにロケットペンダントの中身をすり替えるためのプラシーボの製作を依頼しよう。
そう思うくらいには、コニーは主の妻となった少女を気に入っていた。
少し話しただけだが、育った環境のせいか、いい意味で、王族らしくない。
素直で、謙虚。それに。
(あれは、磨けば光る)
今でこそやつれてしまっているが、ちゃんと静養して、心身ともに健康になれば、たぶん化けるはずだ。
『動くルネ(の作品)』がもう1人、増えるかもしれない。職場に目の保養が、心の潤いが、増えるかもしれない。
「いえ、私も姫様に侍女がついて来なかったことについては、気になっておりました。なので、住み込みに関しては問題ありません。ただ今日は、その準備も兼ねていったん帰ります。姫様は極度の疲労状態です。おそらく、朝までお目覚めにならないと思いますので」
コニーは住み込みを了承した。
セドリックはうなずいた。
わずかに笑んだ、ように見えた。
そのすぐ後。
邸内でラルフとすれ違い、住み込みに契約変更をする話をした。セドリックとその話はまだしていないようだったが、元々住み込みでもかまわなかったラルフが、否というわけもなかった。
いろいろあり、帰宅時間が少し遅くなっただけなのに、ラルフは通りがかったセドリックを呼び止めた。
油断していた。
「もう暗いから、コニーを送ってやってほしいんだ」
何てことを言うのか。コニーは動揺を表に出さないよう努力した。
勤務時間外に、2人きりになるではないか。
「いえ、大丈」
夫です、と最後まで言いきる前に、
「いいぞ」
セドリックが食い気味に了承した。
コニーが着替えに使っている、メイド用の休憩室がある。
そこまではセドリックもついてきた、というか、セドリックに追い立てられるようにしてコニーはここまで来たが、さすがに着替えの間、ドアの前で張っているようなことはしていなかった。
帰る時は、玄関ホールの出入り口を使わず、裏の、配達物搬入や従業員が出入りに使う専用口を使っているが、セドリックは当たり前のように、そのドアのところで待っていた。
「お待たせしました」
「いや?」
軽く言って、セドリックはゆっくりと歩き出した。
彼が普段邸内を歩く姿を、コニーは見ている。もっと、早歩きだ。
コニーもセドリックほどではないが、仕事中の動きは速い方だ。
セドリックがコニーの隣を、あえてゆっくり歩いているのだと気付いて、少し面映ゆくなる。
「よかったのか」
歩きながらセドリックに短く問われて、コニーは思わず素で聞き返した。
「え?」
「住み込みの話だ。ラルフがアレだから、新しく侍女を雇うのは、おそらく難しい。そういう心配のなさそうな年配の女性も、王女に対する国民感情を考えると慎重にならざるを得ない。そういう意味では、貴族女性自体が難しいかもしれん。今までは比較的短期の契約だったから住み込みも許容していたかもしれないが、今度の住み込みは長期になる。『新しく侍女を雇うまでの間だけでも』なんて言い方は、卑怯だったかもしれないと」
淡々と、前を向いたまま話すセドリックの横顔を、コニーは見た。
いつも通り、整ってはいるが少しきつそうに見えるその顔は、やはり無表情で、その感情はうかがえない。いや。
少し、うかがえた。憂いて、いる?
「セドリック様」
名を呼ぶと、セドリックの肩がぴくりと跳ねた。
「私は私の意思で住み込みを、業務上必要だと判断して決めました。旦那様とは、メイドであれ侍女であれ、もし新しく人を雇い入れることになったとしても、住み込みは継続するということでお話をさせていただきました。セドリック様も、業務上必要だと思ったから、私にこの話をしたのでしょう? 違うのですか?」
セドリックが立ち止まったから、コニーも歩みを止めた。自然と目が合う。
「・・・・・・いや、違わない」
少し、いやわりと、間があったが。
(いやいや)
ここで勘繰っていたら始まらない。コニーはその『間』について深く考えるのをやめた。
「なら、この話はここまでです」
もし落ち込ませてしまっているのなら、それは筋違いだ。
何か他の話題を、と考えて、なぜか最初に思い浮かんだのはこれだった。
「そういえばセドリック様。戦争が始まる前にお会いした時、最前線に出征することは、もう決まっていたんですか」
前回の意思確認の時、とはさすがに言えなかった。
ただ、つい口に出して聞いてしまうほど、自分が気にしていたという事実に、聞いてしまってから動揺している。
意思確認されるたびに「まだ」だと言うくせに、大事なことを言ってもらえなかったと気に病むのは、あまりにも自分勝手な話だ。何様だ。自分に呆れてしまう。
セドリックは首を軽く横に振った。
「上層部ではもう決まっていたんだろうが、あの時点ではまだ俺は聞かされていなかった。聞いていたら、意思確認はしなかった」
2人はまた歩き始めた。セドリックは少しだけ前を歩いている。コニーに道を尋ねることなく、コニーの家へと迷いなく歩みを進める。
「なぜ、と聞いても?」
「無傷で帰れる保証も生きて帰れる保証もないのに、意思確認をして将来を縛ろうとするほど愚かじゃないつもりだ。コニー」
歩みを止めないまま、名を呼ばれた。
「は、はい?」
「生死の危険は、今の所なくなった。意思確認はしようと思えばいくらでもできるが、惰性でやろうとは思わない。断られる前提でもやってない。今意思確認をしないのは、やっても意味がないからだ。だが、同じ屋根の下に住むことになったわけだし、俺は長期戦も苦にならない。これからも、よろしく」
「!」
見透かされている。確かに今、コニーは自身の結婚を考えるような状況にはない。色んな意味で、エルシェリアに意識が向いている。
同じ屋根の下。まあそうだが、何かが違う。
いや、違わないのか? もしかして、住み込み提案は、こっちが本命か?
包囲網が狭められたような、頭の中がぐるぐる回るような感覚。
どこまでが天然で、どこまでが意図するものなのかもわからない。
「本当は家の前まで送りたいところだが、俺は『まだ』だからな。人の目が気になるだろう。この辺りで。じゃ、また明日」
コニーの精神状態に気が付いているのかいないのか、涼しい顔で、セドリックは角の手前で立ち止まった。
角を曲がってまっすぐ行った先に、コニーの家がある。
コニーが自衛できると知っていながら、そんな危険はないと知りながら、セドリックはコニーが家に入るまで見送った。
ちょいちょいこういう紳士的な態度をとるのは、やめてほしい。揺さぶられている感が半端ない。
また明日。
大丈夫だろうか、明日から。
心配したが、セドリックは勤務時間中仕事以外でコニーに話しかけてくることはなかったし、勤務時間外も、意思確認に来ることはほとんどなかった。
本編「4. 小さな疑惑」の、コニー視点となります。




