66. 【番外編】執事のセドリックとメイドのコニーの事情 15/25
「ラルフ・ハリントンだ。対応力がとにかく高いってブレットから聞いてる。それを見込んでまず、俺、にわか貴族だから、邸内では普通に接してもらえると気が張らなくてありがたいな。よろしく」
訪ねたハリントン邸、ラルフの一言目がそれだった。
面接は、行われなかった。
行ったらもう、雇用契約書を記入する初日の流れになっていた。もう明日から、何なら今日から働く勢いだった。
(確かに)
コニーはラルフを初めて見た時、驚きやら感動やらで言葉を失った。感情が渦巻きすぎて、一周まわって無表情になった。
これは、破壊力抜群の顔面だ。ブレットが最初コニーと会わせようとしなかったのも、うなずける。
もはや芸術品で、観賞用だ。好みがどうとかいう次元ではない。
ルネにぜひ題材にしてもらいたい。あの王家がばらまいた姿絵は、まだ描ききれていない。
顔は異次元だったが、中身はさすがブレット仕込み、良識ある青年だった。
セドリックの、元上司でもある。
そういえば、セドリックは今どうしているだろう。
こんな時についそんなことを思う、自分で自分に驚いてしまう。
「雇用契約書なんだが、とりあえずよくあるテンプレートを準備した。訂正事項があったら言ってほしい」
ラルフはローテーブルの上、コニーに向きを合わせて書面を差し出した。
邸内の応接室。ソファに向かい合って座っている。
家具や調度はそろえられているが、ずっと使っていなかった家なのだろう、むわん、とこもる感じがして、少し埃っぽい。ラルフに引き渡される前に掃除がされたような形跡はあるものの、行き届いてはいない。
このランクの邸に、メイド一人か。
きれいになるまでの道のりの長さを思うと、少し気が遠くなる。
差し出された雇用契約書を見ると、短期契約ではなく、本当に一般的な自動更新の、長期契約の雇用条件が記されていた。
ブレットは、ラルフに何も伝えていないらしい。
さらに読み進めると、一般的なひな型だけに、勤務時間は夕方で終わっている。
「つまり通い、ということですね?」
一応確認した。
最初に確認すべきところは確認しておかないと、後で「え?」ということになりかねない。
ラルフは少し困ったように、笑ってうなずいた。
「部屋は余りまくってるが、まだ住人が、俺一人だから。俺はマーサにいつもよくしてもらっていた。その娘さんを住み込みにして、あらぬ噂をたてられて、未婚の女性に言われなき傷でもつけようものなら、申し訳が立たない」
ブレットは、コニーが自分の娘であることを明かしていないらしい。ラルフのコニーに対する認識は、あくまでも『マーサの娘』だ。
「その割に、賃金がおかしなことになっていますが」
コニーは金額の欄に目を留めた。
「やっぱり低いか?」
「いえ逆です」
すべてが「一般的」なその雇用契約書の、月額給与額だけが異彩を放ってばか高い。
あとやっぱり、って何だ。
コニーは王家の承認状持ちのメイドだが、調査依頼抜きだと、賃金は普通より高いとはいえ、ここまで高くはない。
ブレットに、少し上積みするよう言い含められているのだろうか。
それとも、諜報の仕事もお願いするかも、ということだろうか。
その「やっぱり」か? いやそもそもコニーが「そういう」仕事も請けていると知っているのか?
ブレットとの関係も、セドリックとの関係も知らされていないのに?
「今雇用契約書にサインをもらえたとして、この広い邸に、やっと一人目の従業員なんだよ。ブレットの紹介で、マーサの娘さん。俺としては信用に足りると思ってる。できればサインをもらいたい。不安や不満な点があったら、遠慮なく言ってほしい」
憂いを帯びて、無駄に色気を放ちながらコニーの目を見て話すラルフに、ぐるぐるといろんな可能性を考え始めていたコニーは、逆にすん、と冷静になった。
ブレットは、ラルフに良識だけでなく、この垂れ流しの色気の調整方法についても教え込むべきだった。天然でこれを常時やられたら、そりゃ軍の同僚たちもおかしくなるだろう。
副隊長だったセドリックは、無傷で済んでいるのだろうか。ふと心配になる。
(いやいや)
こんな時に何を考えているのか。コニーは雑念を払うために、一瞬だけ両目を閉じた。
「不安や不満ではないですが、ちょっと給与が高すぎると感じます。その心は」
最初に言われた通り、貴族対応はせずに尋ねる。それは正解だったようで、ラルフは口角を上げてうん、とうなずいた。
「現状、オールワークと言えば聞こえはいいが、俺も当分手があかなくて手伝えないし、技術のいることから体力のいることまで、雑用全部一人で任せてしまうことになるかもしれない。もちろん無理なことは無理と言ってもらっていいし、何かが間に合っていなかったとしてそれを責めるつもりもないが、この後人手を増やせる目途が立っていない。当面は、この状況が続くと思う。それについての、慰謝料みたいなもんだな。足止め料というか。今俺国にぶち上げられてこういう状態だし、下手に知らない人間を雇い入れて、プライベートな空間を侵食されるのも、日常を外にさらされるのも、できれば避けたい」
一応、イケメンの自覚はともかく、『英雄』の自覚はあるようだ。
高圧的でもないし、貴族的でもない。
互いの仕事があるし、この広い邸でそう会うこともないだろうが、会った時にくらうこの天然無自覚の色気は、無差別攻撃みたいなものだ。自分に向けられたものではないことを自覚して、今みたいに受け流せば問題ない。
ルネの絵画が立体的に動いていると思えば、職場に心の潤いができるというものだ。
使いどころはなくなっているが、給与もいい。めちゃくちゃいい。ルネが活動再開するのを楽しみに、貯めておけばいい。
手伝わせるつもりは毛頭ないが、それを当たり前のように口にする雇い主は、そうはいない。
悪くない、かもしれない。いや、むしろいい?
「そういうことであれば、遠慮なくいただくものはいただきます。それに見合う働きであるよう、尽力いたします」
コニーは自動更新の長期雇用契約書にサインをした。
***
コニーが通いで働き始めて、まださほど経っていない頃。
「今日から執事として、うちで住み込みで働くことになったセドリック・マイヤーだ」
コニーは執務室に呼ばれて、ラルフにセドリックを紹介された。セドリックは、コニーと既知であることを、ラルフに知らせていないらしい。
動揺が表情に出ないよう、全力で努力をしているコニーに、
「・・・よろしく」
セドリックは無表情のまま、ぽつりと言った。
それはそうだろう。はじめまして、ではない。
「セドリック、彼女はコニー・プランケット。メイドって言葉ではくくれないくらい有能で、もはや俺より家のことを知ってる。コミュニケーションをとって、情報共有してほしい」
「わかった」
セドリックは小さくうなずいた。
いやわからない。コニーは混乱した。
「コニー・プランケットです。・・・よろしくお願いいたします」
声に動揺を出さなかった自分をほめてあげたい。
ぎこちない動きにならないように、全身に力を入れて、優雅に礼をとった。
「コニー、セドリックは俺が軍にいたときの片腕だったんだ」
微妙な空気にはなっていないはずだが、ラルフが言葉少ない2人を気遣ってか、そう付け加えた。
ええ、知ってます。とはさすがに言えない。
「無口で無表情で無愛想だが、仕事はできる男だ」
ええ、そのようですね。・・・。そのようですが、本人の目の前でちょっとディスり過ぎじゃないですか。
だが慣れているのか、セドリックは怒り出す気配もない。
そのセドリックと目が合って、コニーは不自然に見えない程度に視線をそらした。
どうなることかと思っていたが、セドリックは確かに仕事ができる男だった。
勤務時間中に仕事以外の話をすることはないし、コニーを付け回したりも、もちろんしない。
勤務時間外も、コニーが夕方で早上がりするからなのか、ラルフの諸手続きの補佐が忙しいからなのか、意思確認どころか、会うことすらない。
だが、仕事中は会話をする。
意思確認に来ていた時よりずっと、業務連絡とはいえ、それなりに言葉を交わしている。
言葉は簡潔で、無駄がなく、効率的。
仕事中のセドリックに、「ポンコツ」の文字は見当たらなかった。




