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英雄にされた俺と、隣国の妖精姫の事情  作者: 穂高奈央


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65. 【番外編】執事のセドリックとメイドのコニーの事情 14/25

 コニーがそのことを知ったのは、家を訪れたブレットと話している時だった。


 ブレットはいつも通り、勝手知ったるダイニングテーブルの定位置にどかんと座ると、我慢していたものを吐き出すように言い放った。

ラルフ(下っ端)の隊が最前線に送られた。くそ! あいつ(年上の他隊長)ら、自分たちはぬくぬくと後ろの方で構えやがって」


 コニーは茶を淹れていた手を一瞬止めた。

 ラルフの隊、の副隊長はセドリックだ。

 急に始まった戦争だ。前回の『意思確認』の時、このことを知っていたのかどうかはわからないが、セドリックにまったく変わった様子はなかった。

 いや、知っていたとして、わざわざコニーに言うこともない、か。

 

 そこまで考えて、少しもやりとしていることに、コニーは自分で自分に驚いた。

 意思確認のたびに断っているくせに。どこから目線でそんなことを考えているのか。

「フォルセイン殿下も総指揮として戦地に向かったらしい。近衛騎士として、ケリー侯爵令嬢(ロザリンド)も。みな、無事で戻るといいが」

 続いたブレットの言葉に、コニーは思考を引き戻した。


 フォルセインの兄である王太子とフォルセインは、表向きは関係良好とされているが、さほど仲がいいわけではない。ブレットがそこまで知っているかどうかわからないから口には出さないが、コニーはロザリンド付きで、しかも諜報としてフォルセインの直接指示のもと動いたことがあるからこそ、その内情を知っている。


 相手の方(ウィデル)から一方的に仕掛けられた戦争だ。こちら(クライン)が大義を掲げて起こした戦争ではない。

 状況的に、王家の人間がわざわざ出向かなければならないのかとは思うが、これで軍が先頭に立って事態を収束させてしまったら、軍に求心が偏り、国民感情的にパワーバランスが崩れてしまう、と王家は危惧したのかもしれない。


 最悪命を落としてもかまわない王族、として、フォルセインが仕向けられた可能性は高い。

 消去法だ。国王陛下、王太子は最優先に命を守らなければならないし、第一王女は降嫁済み、第二王女(アマリーチェ)は使い物になるわけもない。


 みんな、無事で。

 ブレットの言葉が心にのしかかる。

 セドリックにも、もう会うことがなくなる、かもしれない。

 帰って、こないかもしれない。

 コニーは初めて「そういう意味で」、セドリックを意識した。


***


 急に始まった戦争は、急に終わりを告げた。

 『英雄』が爆誕し、本人不在のまま王家が囲い込んで、軍としてではなく、個人(ラルフ)がまつり上げられた。姿絵がばらまかれ、あっという間に国民に周知された。


 ラルフ(下っ端の隊長)の提案を通したフォルセインの功績を全面に出した方が王家としての面目は立つのだろうが、それではフォルセインが「王家で一番」になってしまう。国王、王太子的にそれは面白くないのだろうな、とコニーは推測している。


 無駄な足掻きだ。

 フォルセインに対する国民的人気はすでに群を抜いている。

 どのみち本人には王位に爪の先ほどの興味もないのに、王太子はフォルセインが生きている限り、警戒をし続けるのだろう。


(どこも、優秀な弟は苦労する)

 そこまで考えて、コニーははたと思考を止めた。

 今、誰のことを考えた。


 終戦後、一度もセドリックに会っていない。だから、だろうか。

 戦死者リストにも、負傷者リストにも、載っていなかった。無事な、はずだ。

 でももし『意思確認』にまた来たとして、どんな顔をして、何を言えばいいのかわからない。

『ご無事で何より』?

 最前線に赴くと、本人からは聞いていないのに?


『まだです』

 何事もなかったかのように、いつも通りにそう答える?

 無事生還しましたね、じゃあ結婚しましょう、とはならない。もし『意思確認』されたとして、このタイミングでうなずくのは、コニーの中で違う気がしていた。


 だから、今はまだ来なくていいと思いながら、いつ来るのかと思う自分もいる。

(厄介だ)

 セドリックが、ではない。自分の、このもてあます感じが、だ。


「コニー。話は変わるが、今の仕事が契約満了した段階で、紹介したい仕事があるんだ」

 ブレットが、少し改まった様子で切り出した。

 家事が一段落したのか、マーサが来てコニーの隣に座った。

 今日は、マーサが休息日で家にいる。

 コニーが働き始めてから、3人が揃うのは珍しい。


「前の仕事が3日前に終わって、今ちょうど空白期間ですよ。次のオファーは、まだ請けていません」

 ありがたいことに、戦争だろうが何だろうが、仕事の依頼が途絶えるということはなかった。

 だが最近、それをがつがつ請けることを、しなくなっている。


 セドリックがどうこう、ということではない。

 ルネ(推し)が。

 ルネが作品を、発表しなくなった。

 そもそもそう頻繁に発表していたわけではなかったが、戦争が起こる少し前くらいから、ぱたりとそれは途絶えてしまった。


 ルネは年齢、性別も定かではないが、国籍も定かではない。クラインやウィデルの人間かどうかも不明だから、戦争が原因で作品を創作できなくなった、という可能性もなくはないだろうが、すべては包み隠されていて、専門外のコニーは伝手もなく、調べるすべもない。


 すでに発表されている作品はコニーが買い取っているか、もしくは別の人間が購入しており、市場には出回っている作品の情報は聞かない。

 本の挿絵などもあるが、置き場所の関係もあり、さすがに複数冊同じものを購入したりはしないし、本の挿絵も、新しいものは最近は出ていないようだった。


 つまり。

 頑張って稼がなくてもよくなってしまったのだ。

 ルネの新作を見るのが楽しみで、それを支えに働いてきた。それなのに、その支えは、やる気は、今少し失われている。


「そうか。空白期間か。ならちょうどよかった。ものは相談なんだが」

「相談されるような面倒な案件はお断りです」

 コニーはブレットの言葉をぴしゃりと遮った。


 ただでさえモチベーションが落ちている所に、ややこしいのを持って来ないでほしい。

 わかりやすくしゅんとするブレットに、マーサが小さく笑う。

「コニー。話だけでも聞いてあげたら? その上で請けるのも、断るのもあなたの自由にすればいいんだから」

「・・・わかりました」

 コニーはしぶしぶ頷いた。


 コニーがマーサに弱いことを、ブレットは知っている。マーサが休みの日(家にいる時)にわざわざ来たのは、このためではないのか。

 聞いたが最後、頷くしかないやつではないのか。

 ブレットには、王家の案件(断れないやつ)を持ってきた前科がある。


 すん、と表情をなくしたコニーに、ブレットは苦笑した。

「そんなに警戒しないでくれ。マーサの言う通り、断ってもいいやつだ。ただ、俺個人としては、できたら請けてほしいと思ってる」

 何か、大きな借りでも作った相手だろうか。ブレットがこういう言い方をするのは珍しい。


「どこの家ですか?」

 貴族であることはおそらく間違いないから、そう尋ねた。

「・・・ハリントン家、になるかな」

「は?」


 ハリントンと言えば。

 言わずと知れた、今をときめく英雄様の名前がラルフ・ハリントンだ。

 戦争から戻ってきてからも、ブレットの家に住んでいるはずだ。

 コニーは目を細めた。

「私をあなたの家に雇う気ですか?」


 一段と低くなったコニーの声色に、ブレットはぶんぶんと首を横に振った。

「いや違う! ラルフは戦功で爵位を戻された。それに伴って、王都に王家の持ち物だった(やしき)を下賜されたんだ」

「爵位を戻された?」


「そうだ。ラルフはもともと子爵家の子息だったんだが、あいつの幼い時分に親が没落して爵位を没収されている。物心ついた時には市井にいて、すぐ孤児になったから、あいつに貴族だったという自覚はないが、血筋的には今回のことで爵位を賜った、じゃなく戻された、が正しい。だから子爵位だ」


「その下賜された(ハリントン)邸で働かないか、ということですか?」

「そうだ」

「今まで頑なに会わせたくないと言って、私をクワン邸(ブレットの家)出入禁止にしておいて? 今さら?」

「うぐっ」

 王城で2度働いているが、そこでも会ったことはない。コニーは、ラルフと面識がない。


「さっきも言った通り、ラルフは血筋的には元貴族だが、育ちは完全に庶民だから、伝手を持っていない。王家は『英雄(ラルフ)』を囲って、体のいい復興のシンボルにしたいんだ。庭付きの広い邸を、本人が願ってもないのに「住め」と言って差し出した。今のあいつ(時の人)がメイドを一般公募なんてした日には、大変なことになる」


「『英雄』ですもんね」

 ああなるほど、とうなずいたコニーに、ブレットは渋い顔になった。

「いや、どちらかというと財力を備えたイケメンだから、だな」

 王家がばらまいているラルフ(英雄)の姿絵は、コニーも見たことがある。ルネとは画風は違うが、確かに美しく描かれていた。正直こんなのが実在するのか、というレベルだ。


「私に会わせたくなかったのは、もういいんですか?」

 ブレットはますます渋い顔になった。

「よくはないが、コニーもいろんな所で働いて、一般的な判断基準はもうできただろう。最初にあれを見せたら、コニーの恋愛対象の選択枠が極端に狭まる気がして怖かったんだ。今ならきっと、適正な判断ができると思う」


「私は顔だけで判断しませんし、そもそも雇用主を恋愛対象にはしませんよ」

 呆れたように言うコニーに、ブレットは「ははっ」と笑った。

「あいつが義理でも息子になってくれるんなら、それもいいと今なら思うけどな。っていうのはともかくとして、つまり、請けてくれるんだな?」

 ブレットは、コニーがさらっとラルフのことを「雇用主」と言ったことを、聞き逃してはいなかった。


「あちらの意向もあるでしょうし、面接をしてから決めましょう」

「ああ、わかった」

 ブレットは満足そうにうなずいた。


 ラルフは軍を辞めていて、コニーもすでに前の仕事を終えていたこともあり、その日程は、すぐに組まれた。 

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 よろしければこちらもご覧ください  → 『女神の祝福が少しななめ上だった結果』
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