63. 【番外編】執事のセドリックとメイドのコニーの事情 12/25
「何か悩み事かい?」
問われて、コニーはぴくりと体を揺らした。
今、ナインの画商、コニーの借りている展示室ではなく、その隣の店舗の方にいる。
勝手知ったる場所、コニーは、ナインと自分に来客用の茶を淹れて、来客応対スペースを陣取って寛いでいた。
「そんな顔を、していましたか」
眉を下げたコニーに、ナインは軽く笑った。
仕事が一段落ついたのか、ナインもコニーの向かいのソファに腰かけた。
「ここではあまり見ない顔をしていたよ。コニーが考え事をするのは、珍しいから」
言って、ナインはコニーが淹れた茶を一口含んだ。
確かに。コニーは苦笑した。
相手がナインだからとはいえ、話しかけられるまでぼうっとしているようなことは、今までにない。
コニーにとって、ここは憩いの場。
仕事が休みの日、展示室で作品を眺めて、ここでお茶と、自分で持ち込んだ菓子でくつろぐまでがセットだ。
ナインが本職や絵の買い付けで不在の時は、展示室を堪能してそのまま帰るのだが、今日はナインが店舗にいた。
ナインは唯一、コニーの生まれ育った事情も、推し活も知っている人間だ。しかも、仕事相手ではない。
そういう意味では、両親よりも気安い間柄だと言えた。
第三者、他人だからこそ、というのはあるかもしれない。ただ、ナインはフォルセインの直属の配下ではある。
コニーはナインにも、今までプライベートの込み入った話はしたことがなかった。
「結婚を申し込まれたんですが」
コニーが切り出すと、ナインは口からぶっと茶を吹き出した。
「何をしているんですか。これで拭いてください」
コニーがハンカチを差し出すと、ナインは素直に受け取った。
「コニーにそういう相手いたんだっけ?」
ナインはこふ、とまだ余韻の咳をしている。よほど驚いたらしい。
「いえ。初対面で申し込まれました」
ナインは動きを止めて、真顔になった。
「詐欺だよ」
「私を騙すメリットがありません」
「いやコニー。君はもう少し自分の価値を自覚した方がいい」
「価値」
繰り返して、コニーは少し考えた。
「確かに王家の承認状をいただいてはいますが、結局のところ、庶民のメイドですよ? あ、高給取りでお金を持っていると勘違いされている可能性はありますね」
実際に、稼いではいる。貯金ができていないだけで。
ナインは残念な子を見るような目でコニーを見た。
「初対面で結婚を申し込んでくるような奴って、貴族だろう」
「ええ、そうですね。嫡男ではありませんが」
「君は王家に承認状を賜ったメイドで、副業の実績も高位貴族に認められている。コニーが庶民とはいえ、取り込みたい貴族はそれなりにいるんだよ。何家だ?」
ナインはフォルセインの直属の諜報だ。
ある程度の家は頭に入っているし、知らない家なら調べてくれようとするだろう。
コニーは慌てて首を横に振った。大事にはしたくない。
「いえ。もう、一度お断りしているので、名前は伏せます」
ナインは目を丸くした。
「断ったの?」
「はい」
「断れたの?」
それは、貴族の申し出を、庶民が、という意味だ。
「はい。家を介さず、個人的なお申し出だったので」
コニーがうなずくと、ナインは首を傾げた。
「じゃあ何を悩んでるんだ?」
「断ったのを断られました」
「それ結局断れてないよね」
「正確には、断ったがしかしそれを先延ばしにされた、ということです」
「うんだから断れてないよね」
「・・・」
黙り込んだコニーに、ナインは苦笑して小さく息をついた。
「対外的には何をやっても優秀で通ってるコニーが、自分のこととなるととっ散らかって整理ができなくなるんだね」
『セドリック坊ちゃんは、ご自分のことになると急にポンコツ』
脳内で、テスの声が再生される。
テスがセドリック評として言ったのと同じ言葉が、ナインの口から自分にはね返ってきた。
「何て言って断ったの?」
動揺するコニーにかまわず、ナインの問いかけは続く。
「・・・結婚は考えていないから、この話はなかったことにしてほしい、と」
「そしたら?」
「私以外と結婚する気がないから、私が結婚を考えるようになるまで待つ、と」
「待つだけ?」
「定期的に意思確認には来られるそうです」
「ん? たまにデートに誘うよ、ってこと?」
「いえ。お付き合いはしませんと私が言いました。本当に、意思確認だけのために来るんだと思います」
「何それ。で、来たの?」
「いえまだ一度も。というか、その話をしてから一度もお会いしていません」
「向こう的には、もうなかった話になってるんじゃないの?」
「いえ。お会いしてはいませんが、存在感はあります。だから、どうしたものかと」
「ごめん何言ってるか全然わからない」
ナインに困ったような顔で言われて、コニーはですよね、とつぶやいた。
わからないのだ、コニーも。
ナインが言った通り、とっ散らかっている。
「今日は雨で、たぶん客も来ないし、店閉めちゃおうか。話を聞くけどその前に、もう一杯お茶を淹れてくれるかい? やっぱりコニーが淹れたお茶の方が、俺が淹れたのより断然おいしい」
「本職メイドですからね」
コニーは、小さく笑って立ち上がった。
***
「短期すぎる契約の場合は、住み込みにならないことも多くて、通いになるわけですが」
「うん」
「その帰り道や家に着く少し手前で、声をかけられることが何度かあって」
「本当ならここで俺が『女の子なんだから暗くなったら一人で歩いちゃだめだよ』とかって言うところだけどね。コニーにそれを言うのは逆に失礼だな」
笑うナインに、コニーはうなずいた。コニーもそこを言いたいわけではない。
「ええ、そういった心配はまったく不要です。で、その方たちから、家の専属契約をしないか、だとか、働いたことのある先で出会った方に『まずはお付き合いからどうですか』だとか言われるわけですが」
コニーの話が進むにつれ、ナインの顔の笑みが引いていく。
「まあ断りますよね。それで、今までは、お断りしても何度も来られる方がいたり、遠回しに脅迫まがいのやり方をしてくる方がいたりしたんですが」
「コニー」
ナインの硬い声を、コニーは片手で制止した。
「それが、ぴたりとなくなりました」
「ん?」
「偶然かもしれません。お声がかり自体はそれでもたまにあるんですけど、一度お断りした方が再度来られることはなくなりましたし、脅しや嫌がらせもぴたりとやんで、一度は、思いがけずお会いした際に、私を見て怯えたような顔をして走り去った男性もいたりなんかして」
「・・・コニーの見解は?」
「お会いしてはいませんが、存在感があるというのは、そういうことです」
「つまり、そいつが陰で処理してくれているんじゃないかってこと?」
コニーはうなずいた。
セドリックには、本当に会っていない。
しつこく言い寄られたり、脅しのようなことをされなくなったのは、ただの偶然かもしれない。もしかしたらセドリックではない、たとえばフォルセインの働きかけでおさまっている可能性もある。
どういう手段で黙らせているのかはわからないが、コニーを見て怯える程度には、彼らは「わからせ」られているようだ。
コニーに恩を売っている、わけでもないだろう。そもそも、セドリックがやっていることかどうかもわからない。
「で、そいつが意思確認に来たらコニーはどうするの?」
惑うコニーをしばらく眺めていたナインは、なぜか薄笑いになっている。
「何で笑ってるんですか。あなたがやってるんですかとも聞けませんし。はいとは言いませんよ」
「そいつは策士だな」
ナインはくくっと笑った。
「策士?」
怪訝な顔をするコニーに、ナインはうなずいた。
「交際も結婚もしませんと言ってるコニーに、会わずしてここまで意識させるんだ。たいしたもんだよ」
つけまわされる感覚も、気配もないが、生活の端々にその存在を認識するような。
会っていないのに、コニーはふとした時に、セドリックのことを考えている。
セドリックがやっていることなのかどうかも、わからないのに。
自分でもよくわからないが、コニーは何となく確信している。
たぶん、セドリックなのだ。
「コニー。ストーカーまがいのことをされて迷惑している、困っているっていうなら俺が動くのもアリかと思ってたけど、その必要は、なさそうだね」
「え?」
「待つって言ってるんだから、コニーが焦る必要はないよ。そいつは、今までの奴らとは少し違うかもしれない。見極めてやればいい。もし意思確認に来ても、何度でも振ってやればいい。ただ、ここだというタイミングが訪れたとしたら、そこは間違えてはいけないよ。それを逃したら、会うことすらできなくなることだって、あるんだからね」
それは、ナイン自身のことを言っているのだと、コニーは知っていた。




