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英雄にされた俺と、隣国の妖精姫の事情  作者: 穂高奈央


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61. 【番外編】執事のセドリックとメイドのコニーの事情 10/25

 何がどうしてこうなった。

 月明かりの下、コニーは真顔のまま、ぐるぐると混乱する頭を何とかしようと努力していた。



 ついさっきまで、普通の会話をしていた、はずだった。

 旧訓練場にいたテスに、今回お家騒動に巻き込まれたことへの苦情を入れた。全然意に介した様子もないテスに、「ストレス発散にどうですか」などとふてぶてしいことを言われつつ、テスの暇つぶしに付き合って手合わせをしていたら、セドリックが来た。


 普通に会話をしていたはずだった。

 貴族の子息とは思えないほど愛想も笑顔もなく、ただただ実直なセドリックに、ああ貴族というより軍の人間なんだな、という印象を持ったくらい。


 ただ素性を知られたことで、その分、少し気安くなってしまっていたのは、あったかもしれない。

 ついコニーは、しまっていた心の声をもらしてしまった。

「マイヤー様には、恨まれているかもしれません」


 シグルドは、周りに自死と悟らせない終わりを望んでいた。衰弱死するまで放っておくことが、本当はシグルドにとっての親切だったのかもしれなかった。

 いくら命を大切に、とはいっても、それは結局のところ綺麗事で、生かされたシグルドは、この先伯爵家当主として生きていかなければならない。


 自己満足に近い良心で、勝手に助けるだけ助けて、コニーは短期契約を終え、マイヤー家を離れる。

 その後のシグルドについて、コニーが後追いすることなど、もちろんない。

 責任も取れないくせにどうして生かしたと、責められても、恨まれても、文句は言えない。

 その思いが、これでよかったのかという思いが、ずっと心を占めて離れなかった。その思いが、つい漏れた。


「知って・・・いたのか」

 セドリックはそうつぶやいた。

 それはつまり、セドリックも、シグルドが毒とわかりながらロレインの差し出す『薬』を飲んでいたことを知っている、ということだ。


 だとして、知ったのは、事が明るみに出た後(つい最近)のはずだ。知っていたら、のこのこロレインの呼び出しには応じなかっただろう。

 ここに来る前に、シグルドと面会をしていたと、テスから聞いている。本人(シグルド)から、聞いたのかもしれない。


「それでも俺は、感謝している」

 それでも、と、セドリックは言った。

 たとえシグルドが、コニーを恨んでいるとしても、それでも。

 と、いうことだろうか。


 セドリックは、「兄は、君を恨んでなんかいないよ」、とは言わなかった。

 そう考えた自分に、コニーは自分で自分に驚いた。

 もしかして、セドリックにそれ(許し)を言ってほしかったのだろうか。本人(シグルド)ですらないのに?


 そんなものに、意味はない。慰めにもならない。そんなことをシグルドに直接聞けるわけもないし、そもそも、セドリックに押し付けるべき話題ではなかった。


 どうした自分。おかしくなって、自嘲気味にくすりと笑う。

 今日は、よく働いた(色んなことがあった)

 自分で思うより、心が疲れているらしい。


 シグルドを、見殺しにできなかった。

 後悔はしていない。

 誰のためでもない、自分の意思で、やった。

(だから)

 許しも、感謝もいらない。


「後を継がずに済んだからですか?」

 話を逸らした。

 セドリックにとって、シグルドは死んでもらっては困る、大事な跡継ぎのはずだった。だからわざと、それを話題に上げた。

 セドリックの意識を、逸らすために。

 感謝は受け取らない。それはコニーが受け取るべき感謝ではない。


「もちろんそれもあるが」

「正直ですね」

 思わずつっこんでしまった。こんな踏み入ったことを言われても、セドリックは怒らなかった。


「もし死んでたら、今日兄と話すことはなかった。意外と、話せた」

 整った顔立ちではあるが、柔和なシグルドとは違って、セドリックは鋭い印象が強い。にこりともしないその真顔で、子供みたいな拙い物言いをする。


 なぜその顔で、それを言う。

 今日は感情が乱れている。笑いの沸点が低い。ギャップにやられて、じわりと笑いの波が来た。

 でも、相手は初対面の、しかも雇用主(貴族)の子息。

 コニーはこらえた。


「セドリック坊ちゃん、自分のこととなると何で急に語彙が死んじゃうんですかね。子供じゃないんですから」

 テスが、まるでコニーの心の声を代弁するかのようなことを言う。こらえたはずの波が、また押し寄せてきた。

(せっかくこらえたのに)

「坊ちゃん言うな」


「ぷっ」

 すねたような口調に、つい吹いてしまった。

「申し訳ありません。失礼を」

 コニーは慌てて謝った。


 雇用主の家族に吹くなんて。こんな失態を、今まで犯したことがない。

 コニーは内心激しく動揺していたが、笑いの波は、弱っていた心に容赦なく侵食してきて、制御不能になっている。うまく収めきることができない。


 過去イチ焦っていたところに、爆弾は投下された。

「・・・コニー、恋人はいるのか?」

「え?」

 あまりに突拍子もないセドリックの問いに、またコニーは不敬な返しをしてしまった。


「いるのか?」

 繰り返された。だからなぜ真顔。何だかもう、感情の持っていき方がわからない。

「い、いませんが」


 従業員のプライバシー侵害ですよ、と受け流せればよかった。でもできなかった。余裕がなく、つい素で答えてしまった。

「そうか、じゃあ」

 セドリックは急にコニーに距離を詰めた。速い。さすがテスのお気に入り。いやそうではなく。

 至近距離、コニーは背の高いセドリックを見上げた。こちらを見つめるまっすぐな瞳は、射抜くようだ。


「結婚を申し込む」

「はい?」

「結婚を申し込む」

「いや聞こえてますけど」


「返事は?」

「無理に決まってるでしょう!」

 不敬だ何だと言っていられない。思わずコニーは即答した。

 初対面な上に、セドリックは貴族子息。あとシグルド(ちょっと気まずい)の弟。さらにはあのマイヤー伯爵(穏和な曲者)の息子だ。


 貴族同士の場合は政略で、親が決めた初対面の相手と結婚するというパターンも珍しくはないが、そもそも親が決めていないし、コニーは庶民。

 何がどうしてこうなった。どこから展開でこうなったのかが、コニーには見当もつかない。

 コニーは真顔のまま、ぐるぐると混乱する頭を何とかしようと努力していた。


 冗談を言いそうなタイプでもないし、そもそも真顔。

 ずっとセドリックは真顔だ。感情が読めない。

 正直なところ、今までにも結婚の申し込みも、声をかけられたことも、何度かある。


 でもそれは、初対面の相手ではない。

 何か思惑があるのか。

 いやでも、それならなぜこのタイミング。

 想定できない事態に、コニーは助けを求めてテスに目を遣った。


 テスは、びっくり、とわかりやすく顔に書いてあった。そこに危機感はない。

 コニーを助けようという気も、おそらくない。ただびっくりしているだけだ。

 どうなってるんですか、あなたの「坊ちゃん」。


 コニーが鋭く目を細めると、目が合ったテスは、ああそうですよね、とつぶやいて、

「とりあえず今日のところは撤収しましょう、セドリック坊ちゃん」

 言いながら、セドリックの腕を軽く引っ張っただけ、のように見えたが、有無を言わせず回収して、邸に帰っていった。


 遠ざかっていく2つの影を見送りながら、助かった、とその時は思った。

 何の解決にもなっていないのだが、散らかりまくったコニーの頭では、そこまでいきつかなかった。

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