59. 【番外編】執事のセドリックとメイドのコニーの事情 8/25
マイヤー邸は、メイドが激減したせいで人手不足だ。
コニーは契約業務の傍ら、気になる場所の掃除を行っていた。
許可は得ている。
「空いている時間で清掃を行います。立ち入ってはならない場所がありましたらそこを避けますので、教えていただけますか?」
後で諜報活動をするために、マイヤー伯爵夫人には、最初にそういう聞き方をした。
ただ、それをするまでもなく状況把握ができてしまったため、立入禁止の部屋に忍び込む必要はなくなった。
が、マイヤー伯爵夫人に申し出た手前ももちろんあるが、単にメイドとしてこの薄汚れた感じは何とかしたい。そう思って、掃除をしていた。
別に、1人になって向こうの出方を見ようと考えていたわけではなかったのだが、わかりやすく釣れた。
「あなた、明日からシグルド様のお世話はしなくていいから」
言ってきたのはロレインではなく、辞めることなく残っている、数少ない先輩メイドの1人だった。
初めて邸に来た時。よろしくお願いします的な挨拶はしたが、それだけだ。業務上の会話すら交わしたことがない相手に、いきなりそんなことを言われても。
「あなたは私の上司ではありません。それは誰からの指示なのか伺っても?」
コニーは言いながら、記憶を探っていた。
テスのにおわせ発言があったから、というわけではなく、そもそも新しい勤務先となる家の周辺に関しては、毎回、事前にある程度の情報を集めている。
確か、子爵家の三女。ロレインの家の遠戚。
「あなた、新人のくせに口答えするつもり?」
しかも、コニーの質問には答えてもらえなかった。
「新人ですので、上司以外の指示に、自分の勝手な判断で従うわけにはいかないんですよ。ちなみに、アリッサ・ウィルソンさん」
フルネームで呼ばれて、アリッサはわかりやすく動揺した。
「な、な、何よ?」
「もし私があなたの言うことを聞いた場合、かわりにどなたがシグルド様のお世話を?」
「そんなのロレイン様が・・・あっ」
アリッサは口を滑らせたことに気付いて、口を片手で覆ったが、もう遅い。
チョロい。
周りに人の気配がないことを確認して、コニーは清掃用具を持ったまま、アリッサとの距離を詰めた。
その素早い動きに、アリッサはびくりと体を揺らして動揺した。
「な、何なの」
「聞きたいのは、私の方です。私の他に、『ロレイン様』から指示されていることはありませんか?」
アリッサは顔色を変えた。
「な、ないわよ」
コニーはにっこりと笑って、清掃用具の柄の部分をアリッサの首元に突き付けた。
「本当に?」
アリッサは顔をこわばらせた。
「わ、私はただ、ロレイン様に言われただけで、何も」
「何を言われたんです? 答えていただいたら、奥様にはうまくとりなして差し上げますよ。本当は、こういうことをするのは、よくないことだとわかっているんでしょう?」
暗に「マイヤー伯爵夫人に知らせる」と言われて、アリッサはぶるぶると震え出した。
「お、お願い。言うことを聞かないと辞めさせるって言われて、このことは誰にも内緒だって、お金も無理矢理渡されて。仕方なく」
「ええ、わかっていますよ」
コニーはなだめるように優しく囁いた。
アリッサは微笑むコニーを見て、こくり、と喉を鳴らした後、か細い声でつぶやいた。
「こ、この後、応接室にマイヤー様、その、弟の方だけど、呼び出すように言われてるの」
「何と言って?」
「ロレイン様が『ご家族に大切な話がある』ので、四の刻に応接室にお越しください、って。今日夕食をお邸で摂ることになっているから、他に用事はない。そう言えばマイヤー様は応じてくれるはずだから、って」
ご家族に、と言いつつセドリックだけを呼び出して、ロレインが何をするつもりなのかはお察しだった。
コニー調べでは、セドリックは伯爵家の跡取りとしての教育を受けている。軍人としても有能、ということだったはずだ。しかも、今ブレットの家に住んでいるあのラルフの部下で、テスの「坊ちゃん」。
放っておいても自分で何とかするだろう、とは思う。だがテスいわく、「セドリック坊ちゃんは、ご自分のことになると急にポンコツ」らしい。
今回の依頼は、メイドのつなぎ業務だけで、それ以外は「委ねますよ」の状態だ。つまりコニーは、手を出しても出さなくてもいい。
とはいえ、「セドリック坊ちゃん」は自分で何とかするかもしれないが、シグルドは緩慢な自殺をやめようとしない。
毒物対応のできる医師を紹介してぶち込んだから、中毒の進行は遅らせることができるだろうが、大元を叩かない限り、状況は変わらない。
医師は、何が原因か知っているが、「事件解決」には携わらない。当たり前だ。医師の立場で、旧知でもない貴族に下手に手を出して、利益になることは何もない。
「・・・」
テスに踊らされている感がすごい。
シグルドがそれを望むと望まざるとに関わらず、コニーが放っておけないことを見越して、テスは仕組んだ。自分は「料理人」だからと、一切の手は出さずに。
コニーが動いたとして、コニーには一銭の得にもならない。依頼には含まれていない。でも。
(ああもう)
「アリッサさん、あなたは予定通りマイヤー様にお知らせください。そうすれば、『ロレイン様』に叱られることもないはずです」
「い、いいの?」
アリッサは縋るような目をしてコニーを見つめた。
(いいも何も)
そもそもそんな権限はコニーにはない。
それに、アリッサはもう既に雇用主たるマイヤー家に背いて、ロレインに買収されている。
だから『ロレイン様』に叱られることはないだろうが、メイドの雇用契約違反でどのみち罪に問われることになる。
「人が来ます。では、行ってください」
本当は人の気配などないが、見られたら困るでしょう? とほのめかした。
「あ、ありがとう」
アリッサはぎこちなく言って、セドリックの私室のある方に早足で歩いて行った。
脅して自供させた相手に礼を言われてしまった。
何とも言いがたい気持ちで、コニーはマイヤー伯爵夫人の部屋に向かった。
「ああコニー。働きぶりは聞いているよ。うちに来てくれてありがとう。ヒセラに用事かい? 私のはたぶん長くなるだろうから、先に入って用を済ませてくるといい」
マイヤー伯爵夫人の部屋の扉の前で、マイヤー伯爵といきあった。ヒセラは、マイヤー伯爵夫人の名前だ。
「旦那様のご用事は、お急ぎではないのですか?」
マイヤー伯爵は温厚な人物だ。
妻への用事を自分より先にメイドに優先させる貴族を、コニーは他に知らない。
マイヤー伯爵は笑んで頷いた。
「急ぎ、ではないと思うよ。コニーが紹介してくれた医師のおかげで、シグルドは快方に向かっていると聞いている。今、ちょうどその医師が来ているから、話を一緒に聞いてくれとヒセラに呼ばれたんだ」
つまり、この扉の向こうには、医師もいるということか。
普通の医師なら頼めないが、ブレットの既知でもあるゲーアノートは、公にはできないが暗部御用達の医師だ。
多少の無茶ぶりは効くだろう。
ちょうどいい。証人になってもらおう。
「でしたら、旦那様も一緒にお聞きいただけませんか。そこそこ危急の用件です」
今頃アリッサは、セドリックにロレインの伝言を伝えているはずだ。
その約束の時刻は、刻一刻と迫っている。
説明して対応策を、と考えると、ぎりぎり、というところか。
「ああ、かまわないよ」
「あと旦那様、奥様の他に面会依頼は受けていませんか?」
「いいや? どうしてだい?」
やはり、呼び出されているのはセドリックだけのようだ。
「中でご説明いたします」
コニーはマイヤー伯爵に礼をとった後、ドアをノックした。




