57. 【番外編】執事のセドリックとメイドのコニーの事情 6/25
すぐにギルドに登録したら、公爵家の紹介状を使わなかったことを知られてしまうかもしれない。
紹介先の家は、当然公爵家の息がかかった家だ。
そこにコニーを就職させて、監視したい意図もあっただろう。
再就職は、少しほとぼりが冷めてからにしよう、とおとなしく家にいたら、ブレットがまた家にやってきた。
コニーがブレットに会うのは、たいていコニー、いやマーサの家だ。
以前はコニーがブレットの家を訪れることもあったが、今は止められている。
ラルフが、ブレットの家に住むようになってからだ。
歳が近い男女だからなのか、ブレットは、コニーがラルフと接触するのを極端に嫌がっている。
コニーは、ラルフがブレットの家に匿われることになった理由を知っている。
だからどれほどのイケメンなのか、正直興味はあった。だが、ブレットの嫌がりようが普通ではない。それを押してまで、見たいとは思わなかった。
いつもなら、「元気だったか?」と満面の笑みで家に入ってくるブレットだが、今日は最初から、どこかしおらしかった。
嫌な予感しかしない。コニーは茶を出して、テーブル越し、向かいに座ったところで先手を打った。
「ブレットの紹介はもう受けませんよ。ろくなことになりませんから」
「うっ」
ブレットはパンチを打ち込まれたようなうめき声を上げた。
ブレットに非はないことはわかっていたが、コニーは初就職にして、なかなかの心的ダメージを負った。
ほとぼりが冷めてからと言いつつ、今はコニー自身の休息時間のつもりでもあった。
マーサは今日は仕事だ。つまり、ブレットの家で勤務している。もしいれば、どちらかについてとりなしてくれるのだが、その緩衝材は、今いない。
「今回のことは、本当に申し訳なかった」
座ったまま、テーブルに両手をついてがばりと頭を下げるブレットに、コニーは冷ややかな目線を落とした。
「あなたに謝っていただく筋合いはありませんね。あなたがあの件に加担していたのなら、話は別ですが」
「してないしてない!」
ブレットはまたがばりと頭を上げると、今度はぶんぶんと首を横に振った。
そんなことはわかっている。コニーの方から捜査協力を仰いだのだ。そして決定的な証拠も手に入れることができた。
これでブレットが関与していたとなったら、もう誰を信じていいのかわからなくなる。
「スチュワート公爵家からの紹介状は、どうした?」
言ってブレットは、わずかに目を伏せた。
やはり、仕事がらみの話なのか。コニーの声のトーンが一段と低くなる。
「もう、この世に存在しませんが?」
「そうか。それでいい。実は、今回のことを調べる過程で、別件の諸々が出てきてしまってな」
ブレットにしては歯切れが悪い。それに、『諸々』に関わらせたくないならなおさら、わざわざこんなことをコニーに言いにくるはずがない。
「ブレット。今日は何の用で来たんです?」
首を傾げ、目を鋭く細めてブレットの言葉を待つコニーを見て、ブレットは机に突っ伏した。
「娘がかわいすぎてしんどい・・・」
こっちはブレットの娘フィルターがかかり過ぎていてしんどい。
コニーは小さく息をつくと、気を取り直した。
「最初にも言いましたが、もう紹介は受けませんよ?」
この感じを見るに、ブレットはコニーに言いづらいことを言いに来たのだ。だから、何となくはっきり言えずに濁している。
「その、紹介というよりはだな・・・」
ブレットは、とうとう言葉に詰まった。
「貴族は当分ごめんです。ギルドに登録して、裕福な商家にでも再就職しようかと思っておりますので」
何かとんでもないことを言い出されそうで、コニーは先に断りを入れた。
「あ、いや、貴族じゃないんだ」
「え、では」
「王族だ」
「は?」
思っていたより低い声が出た。
それは確かに、紹介ではないだろう。だが通達、もしくは打診という名の、事実上の命令だ。
何が起きている?
コニーはただの庶民だ。王族になど仕えられるわけがない。
「詳細を教えてください」
やるやらないの話では、もはやない。決定事項だ。なら、話を聞くより他はない。
ブレットが特大のため息をついた。
「スチュワート公爵家は王家の遠戚で、表立っては穏健派、つまり後継争いには不参加、の位置をとっていたはずだった。それが、王太子をよしとしない第二王子派寄りになってきていることがわかった。というか、その動きをつぶしたいフォルセイン第二王子殿下ご自身が、それを探っているところに俺たちが別捜査で入り込んだもんから、コニーの存在がばれた。フォルセイン殿下直属の間諜が、スチュワート邸内で情報収集をするコニーを見ていたようだ」
いつの間に。
自身の気配は消していたし、周りに気配がないことにも、細心の注意を払っていたはずだ。
上には上がいる、ということか。
相手が第二王子の間諜だったからそれで済んでいるが、見ていたのがもしスチュワート家の手の者、もしくはスチュワート家を狙っていた家の間諜だったとしたら、コニーはもう消されている。
「そんな拙い小娘を、王家はどうするつもりなんですか」
もちろんコニーの職業はメイドで、暗部寄りの仕事がメインではない。ないのだが、うまくできていなかったことがひどく悔しくて、つい自嘲的な言い方になってしまった。
そんなコニーの心情を読み取ったのか、ブレットは苦笑して首を横に振った。
「逆だ。歳のわりに能力が高いとフォルセイン殿下の間諜がベタ褒めしたらしくて、殿下が非常に興味を示された。コニーのことを調べ尽くして、芋づる式に俺の存在が浮上して、声がかかった」
「私はメイドです。間諜の仕事はやりませんよ?」
暗部には入らないでほしい、裏の仕事には関わらないでほしいと、ブレットもマーサもあれほど言っていたのに。
王族から声がかかるとそれもひっくり返るのか。ちょっといらっとする。
「いや。今回のお声掛かりは、間諜の仕事じゃない。侍女だ」
「侍女」
コニーは単調に繰り返した。
一応マーサから一連の教育は受けているが、それは侍女になるためではなく、メイドとの職域の違いを理解するためだ。通常侍女は、貴族子女がなるもので、その辺の庶民がなるものではない。
「ちなみに、誰のですか」
「フォルセイン殿下の婚約者、ケリー侯爵家の次女ロザリンド・ケリー様だ。ただ、勤務地はケリー邸じゃない。もう王城にお住まいでいらっしゃる」
「ご結婚もまだなのに?」
もうすでに王城に住んでいるなら、侍女の追加でコニーが入るということだろうか。
いや、コニーは庶民の身。
もうでき上がっている、しかも貴族子女の輪に後入りするのは、非常にやりにくい。
そう考えていたら、ブレットは察して小さく笑った。
「言い方が悪かった。正しくは王城ではなく、王城の敷地内にお住まいなんだ。ケリー様は侯爵令嬢ながら、女性の近衛騎士として認められた、優秀な方だ。さすがに男ばかりの騎士舎には入れられないから、王城の離れにある女性の従業員棟の広い部屋に入っている。基本騎士だから侍女の助けはいらないが、王城の王家の居住区画に、部屋を持っているらしい。そこに行く際にも、まあ騎士服で出入りしているらしいが、侍女は必要だろうということで、今回お声がかかった。コニーのことだから、もう察してるとは思うが」
「今侍女をお付けにはなっていないんですね?」
コニーの確認に、ブレットはうなずいた。
「まあ一応、ケリー家の侍女がいるにはいるらしいが常駐ではないし、何しろケリー様が少々破天荒でいらっしゃるから、一般の貴族子女がついてこられないらしくてな」
「女性騎士とはいえ、まがりなりにも侯爵家のご令嬢でしょう」
しかも、第二王子の婚約者。破天荒だからなあ、ははは、では済まないと思うのだが。
「王子妃としての教育はもうお済みらしい。結婚するまでは好きにさせろ、と言われて了承したそうだ」
「誰が?」
「フォルセイン殿下が」
ケリー侯爵令嬢、強そうだ。
まあ、でも思っていたよりは悪くない。どうせ断れないのだ。
そう思って、コニーは次の就職先を決めた。
ロザリンド・ケリーは、漢らしいさっぱりとした、気持ちのいい女性だった。
コニーも高位貴族の侍女としての教育を逆に受けたりもしつつ、気持ちよく働いていたが、途中で、不穏な動きに気が付いた。
ロザリンドは、命を狙われていた。
女性騎士とはいえ、心身は鍛えていても、自身が暗殺される事態は想定していない。
コニーはフォルセインに協力を仰ぎ、動いた。コニーをベタ褒めしたというフォルセインの間諜、ナイン(9番)とも知り合った。
ロザリンドを狙っていたのは、フォルセインを次期王にしたい、いわゆる「フォルセイン派」の貴族の当主だった。
ロザリンドを暗殺し、娘を代わりに嫁がせたかったらしい。
フォルセインと接することになり、フォルセインがまったく王位に興味がないことを、コニーは知っている。ロザリンドを溺愛していることも、知っている。
王太子が廃嫡になって、フォルセインが王太子になることが確定しているならまだしも、まだなってもいないフォルセインを勝手に推して、勝手に婚約者を殺して娘を嫁がせようとか。
コニーはますます貴族が嫌いになった。
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