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英雄にされた俺と、隣国の妖精姫の事情  作者: 穂高奈央


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56. 【番外編】執事のセドリックとメイドのコニーの事情 5/25

 コニーは、当時の暗部のトップと、当時の暗部の内勤の女性との間に生まれた。

 暗部所属の人間は基本、軍の人間にすらその名を明かさない。軍内部の反逆者を探るために、動くこともあるからだ。

 だが、名は伏せられていても、裏で情報はまわる。


 コニーの父ブレットは、慎重だった。

 自分を消したい人間は、おそらく多い。恋人マーサは暗部の人間だが内勤だ。薬や爆薬に関する知識は深いが、戦闘能力はない。自分のために命の危険にさらされてしまう可能性は大いにある。

 そう考えて、マーサとの交際は暗部内にすら秘匿し、あくまでも表向きの「雇用主と通いのメイド」の関係に見せかけていた。


 だが、マーサが体調を悪そうにすることが増え、いわゆる夜の営みを拒むようになった辺りから、マーサの腹部が膨らみ始める前に、ブレットはマーサの妊娠に気付いた。

 ブレットは迷いなくプロポーズしたが、マーサは頑として首を縦に振らなかった。


 子を危険にさらしたくないとの思いからかと、ブレットはあっさり暗部のトップの座を退いた。

 つもりだったが、上層部に全力で止められた。

 同じ頃、ブレットの部下で、暗部のエース的存在だったテスが、自分の海外出張中に恋人がすでに子を産んでいたと知り、やはりあっさり辞めたという前例があったからだ。


 このままだと暗部がまわらない。そう上層部に泣きつかれ、ブレットはトップだった責任もあり、しばらくの間だけ、という条件付きでとどまった。

 コニーは早産で生まれた。つまり、ブレットがまだ、暗部に所属している時に。

 コニーは「コニー・プランケット」として戸籍登録され、「コニー・クワン」にはならなかった。


 子持ちの女性が初婚として戸籍の苗字変更をするのは、庶民でも目立つ。

 その夫となる男性も、やはり目立つ。

 ブレットは、役人に目立つわけにはいかなかった。下手に深掘りされて、元暗部だとわかれば、思わぬ敵を作ることにもなりかねない。

 役人も、暗部の調査対象になることは多い。どこで誰が恨みを持っているかも、わからない。


 ブレットは、マーサとの婚姻をあきらめた。

 そのかわり、コニーを育てるマーサへの協力は惜しまなかったし、物心ついてすぐに、自分が父親だとコニーにカミングアウトした。

 コニーは、幼い時分から聡い子供だった。

 ブレットが父と呼んでくれと頼んでも、「ぶれっとさま」呼びが「とうさま」に変わることはなかった。


 コニーは、身体能力と対人スキルの高い子供だった。母マーサは、適材適所という意味で、自分の後継には向かないと判断した。自分の持つ薬品についての知識はそれなりに伝授したが、調合技術まで教え込むことはしなかった。かわりに、メイドとして身を立てていけるよう、英才教育を施した。


 ブレットは、コニーを溺愛した。

 コニーは幼い頃からあまり表情の変わらない、あまり笑うこともしない子供だったが、ブレットの溺愛フィルター越しには、それすらも可愛らしく見えた。


 こんな小柄で細くて愛らしいコニーが将来メイドになどなったら、あっという間に就職先で手を出されてしまう。そう危惧したブレットは、コニーに「自衛手段」を教え込むことにした。

 だが、ブレットはパワープレイ派だ。身軽で敏捷だが筋力はどうしても劣るコニーに対する教育としては、不向きだった。


「お前のせいで、俺はすぐに暗部を抜けられなかった」と冗談交じりに脅しつつ、元部下であり良き友でもあるテスに、「自衛手段」の教育を依頼した。


***


 コニーは、15歳でメイドデビューした。

 貴族子女であれば貴族同士のつながりで、紹介状による就職が一般的だが、庶民の場合、ギルドに登録して紹介を受けるのが一般的だ。長続きするならそのままでいいし、次にいくなら今いる就業先に紹介状を書いてもらう。

 円満な退職ではない場合は、またギルドから紹介を受ける。


 が、コニーはギルドに登録する前に、ブレットの紹介先に就職することになった。

 ブレットは庶民だが、暗部の元トップだ。

 貴族とのパイプは太い。


 太いことはコニーもこの頃には知っていたが、何もデビューで公爵家(最高位貴族)を持ってこなくとも。

 コニーは断ることもできずに、そこに住み込みで働くことになった。


 公爵家のメイドは優秀だった。

 コニーの出自を聞いたりしないし、年齢が若いから、デビューしたてだからと甘やかすこともしない。

 必要なことを無駄なく教えてくれ、揚げ足を取るようなこともしない。


 最高の職場だと思った。

 が。

 大好きだった先輩カリナが、突然辞めた。


 職場の空気は一変した。

 清しい緊張感を持って、それでも和やかだった職場は、皆が怯えて口をつぐみ、火が消えたように暗くなった。


 カリナは、前日までいつも通りに働いていた。

 何の非もなかったはずのメイドが、誰に何を言い残すこともなく、突然いなくなった。

 理由は、家族の急病だという。


 メイド仲間の誰もそんな理由は信じなかったが、雇用主、しかも貴族も貴族、公爵家にものが言えるメイドがいるはずもない。

 コニーは、秘密裡に、持てるスキルをすべて使って捜査を始めた。

 なりふり構わず、暗部を辞めてなお太いブレットの持つ情報網も、使わせてもらった。


 ブレットは公爵家に下手に関わるのはリスクだと止めたが、今更だ。初就職先に公爵家を紹介したのは、ブレット自身。

 コニーは、真相を突き止めた。


 結論から言うと、公爵家自身は関与していなかった。

 カリナは、公爵家の書斎から間諜が出てくるところを目撃してしまった。

 間諜は、執事見習いとして入った新人で、まだ書斎への出入りは許されていなかった。

 間諜は、メイド長を色仕掛けで籠絡していた。


 カリナは口封じされ、メイド長が公爵家に「家族が急病で看護が必要なため、早急に帰らせた」と説明した。

 カリナの実家には、メイド長が、公爵家の名代だとして書簡と見舞金を送り、「馬車による不幸な事故死だった」と説明していた。

 身元がはっきりしていても、故郷が遠隔地の場合には、王都では衛生上の理由で、早々に火葬がされる。

 死因を調べ直すことはできない。


 コニーはメイド長の目をかいくぐって、公爵と接触した。

 物的証拠と状況証拠を提示し、執事見習いが間諜であり、メイド長とつながっている、と告発した。

 間諜が誰の紹介でやって来たのかは、コニーに言われずとも、公爵は把握している。


 公爵家は陥れられようとしていたのを、コニーによって未然に防ぐことができた。

 コニーは感謝され、褒美は何がいいかと聞かれたので、この件を明るみに出して欲しいと願ったが、それは叶わなかった。


 公爵家を陥れようとしていたのは侯爵家。

 公爵家よりも格としては下だが、貴族としては高位貴族だ。

 派閥やら貴族的なパワーバランスの関係で、表沙汰にはできなかった。

 カリナの実家には改めて公爵家から見舞いがされたが、それはあくまでも「不幸な馬車の事故」に対する見舞金だ。


 コニーは理不尽がまかり通る貴族社会を、冷めた目で見るようになった。

 コニーは退職願を出した。

 その願いはあっさりと通った。他のメイドもばたばた辞めていたその流れで、コニーだけ引き止めるようなことは、公爵家もできなかった。


 もしかしたら、普通の庶民であれば、「知り過ぎた」コニーは辞めた後、やはり事故で死んでいたのかもしれない。

 でも、公爵家はコニーがブレット(元暗部トップ)の身内だと知っている。

 仕掛けられたとしてもおとなしく死んでやるつもりはなかったが、公爵家がコニーに手を出してくるようなことはなかった。


 公爵家から次の紹介状はもらっていたが、コニーは破り捨てた。


本編「22. それぞれの事情」のコニー側の詳細エピソードになります

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 よろしければこちらもご覧ください  → 『女神の祝福が少しななめ上だった結果』
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