55. 【番外編】執事のセドリックとメイドのコニーの事情 4/25
今はもう使われていない訓練場は、マイヤー家の敷地内ではあるが端の方、邸から少し離れた、植樹して目隠しされた場所にある。景観の問題と、剣戟の音が邸内まで響いてくるのは落ち着かないからだ。
セドリックは夜目が効く。テスが暗部の人間だったことをマイヤー家の人間に知られないように、訓練場には灯りを持たずに向かう。訓練場自体は邸の窓からは見えないが、向かう道で家族や従業員に明かりが動くのを見られたら、不審者扱いになってしまう。
「?」
訓練場に近付いたところで、先客がいることに気が付いた。侵入者ではない。敵意は感じない。
テスが、自分ではない誰かと手合わせをしている。
ふわり
月明かりに照らされて、舞うように、けれど鋭い一撃をテスに繰り出すその影は、細く小さい。
髪をまとめているらしい頭も、小さい。
女性だ。
テスは、その一撃を受け流すだけでなく、容赦なく自らも攻撃に転じる。
だがそれも、女性の影はわかっているとでもいうように軽い動きで身をかわすと、次の攻撃を繰り出している。
強い。そして速い。
あのテスと、互角にやり合っている。
セドリックはしばし見入った。
動きが参考になるから、だけではない。
美しくて、見とれた。
しゅっ
風を切る音とともに、額めがけて暗器が飛んできて、セドリックはとっさに避けた。テスだ。
「危ないな」
セドリックは地面に刺さった暗器を回収した。
手合わせをしていた2人は、動きを止めてこちらを見ていた。
「遅れるとは聞いてましたが、遅いですよ、セドリック坊ちゃん」
「坊ちゃんはやめろと言っているだろう。・・・すまない。予想外に会話が成立したんだ」
「それは・・・ようございました」
テスは、セドリックが遅れた理由を知っている。
「こちらは?」
セドリックは、月を背に、逆光になって顔の見えない女性に目を向けた。
「コニー・プランケットさんです」
テスが言うと、女性は美しい礼をとった。
「コニー・プランケットです。テスさんに人手不足だとうかがい、新しいメイドを補充できるまでという期限付きで、マイヤー様のお邸にお仕えしています」
高い、どちらかというとかわいらしい声音だったが、口調は落ち着いていて、聞き取りやすい。
セドリックは、この名前を知っていた。
父から聞いたばかりだ。
父が、晩酌のつまみの給仕をするテスに、「ばたばたとメイドが辞めてしまって、人手不足で困っている」とこぼしたところ、「短期限定ではあるが、優秀なメイドを紹介できるから、新しいメイドを雇うまでの繋ぎでお雇いになるのはいかがですか」と持ちかけてくれたらしい。
どれほど優秀かはわからないが、今すでに手が回っていないのが現状で、長年勤めてくれているテスの紹介なら信用もできると、父は面接もなしに即採用した。それが、コニー・プランケット。
初日、コニーは「紹介状も顔合わせもない状態で雇っていただくことになりましたので」と、持ってきた王家の承認状を父に提示したという。承認状は、王家に仕えたことがあり、なおかつ評価を受けたという証で、そう何人もが持っているものではない。
生まれなどよりもずっと、強い身分証明になる。
その「コニー」は、一人で数人分の働きをこなし、シグルドの症状を見て専門医を紹介し、ロレインに買収されたメイドを特定し、自供させ、セドリックがロレインに「ご家族に話がある」という名目で呼び出されていることを、両親に報告に来たという。
今回の、一連の問題を解決した立役者だ。
シグルドが言っていた、「優秀なメイド」。
父も、「さすが王家承認のスーパーメイドだ」としきりに感心し、コニーにも、コニーを紹介してくれたテスにも謝礼をしなければな、と笑っていたが。
聞いたその話だと、「一人で数人分の働きをこなし」の部分しか、メイド的要素がない。
それは、スーパーなメイドで括っていいものか。思いはしたが、父との会話には慣れていないので、口には出さなかった。
「プランケット嬢」
「マイヤー様、私はこの邸で働く庶民です。苗字は長いので、よろしければコニーとお呼びください」
月明かりは逆光。闇に慣れた目でも、顔はまだよく見えない。
口調は事務的で、固かった。おそらく、にこりともしていないだろう。そう、うかがえた。
いわゆる媚びを売るために名呼びを願うのとは違う。庶民のメイドなのだから令嬢扱いしなくてもいい、と言っただけだった。
「コニー、兄を助けてくれたこと、感謝する。俺は、同じ邸にいて何も気付いていなかった」
セドリックはコニーの影に頭を下げた。
正確には、気付こうとしなかった、だ。違和感はあったのに、シグルドが結婚して爵位を継ぎさえすれば、スペアの鎖から解放される、それまでうまくやり過ごしさえすればいい、そう考えて、都合の悪いものは見ないようにしていた。コニーがいなければ、シグルドは亡くなっていただろう。
コニーからわずかに息を呑む気配がした。
「顔を上げてください。マイヤー様の、あ、お兄様の方ですが」
セドリックは顔を上げた。
「マイヤー家にいる以上、マイヤーは多い。俺のことは、セドリックと」
名呼びを許したことに、この時は特に他意はなかった。
あくまでも便宜上のためだ。
自分グッジョブ、とセドリックが自画自賛するのは、これより少し後のこととなる。
「ありがとうございます。マイヤー様の中毒症状に気付いたのは、本当に偶然でした。そういう毒があるということを、耳にしたことがありましたので」
普通メイドをやっていて、耳にする話題ではない。
王家に仕えたこともあるというが、それは、メイドの仕事のためだけではなく、裏の仕事にも関与していたのかもしれない。
ここでテスと手合わせしている。その時点で、コニーは特に『メイド以外の業務』に関して隠す気もないようだった。派手に動くことになってしまい、隠す必要がなくなった、というべきか。
「ドグルです」
コニーが告げたその毒の名前は、何となくセドリックも聞き覚えがあった。
確か、暗部が使う何種類もの毒薬の一つに、そんな名前があった気がするが、言われてみないと出てこないくらいの、あいまいな記憶だ。
「確か、紫の粒が特徴的な」
自分がそれにかからないために、セドリックは軍でそういう教育を受けた。
「さすが、よくご存じです。遅効性で、少量で死に至りますが、その特性を活かして、ごくごくわずかな量を毎日投与することで、相手にばれずに、病死のように見せかけることができます。国で規制がかかっている指定薬品です。それをなぜミラー伯爵令嬢がお持ちだったのかは、これから調査することになると思いますが」
ミラー伯爵令嬢、はつまりロレインのことだ。調査をするのは、暗部だろう。
「コニーは、暗部の人間なのか?」
疑問形ではあったが、事実上の確認のつもりだった。
テスと対等に手合わせするメイドは、そうはいない。こんなに毒に詳しいメイドも、そうはいない。
だが。
「いいえ? 暗部に所属したことはありません」
コニーは即答で否定した。その口調に、嘘はまったく感じられない。
では逆に何だ、この状況は。
「コニーさんは、ブレット様のご息女なんですよ」
「!」
テスの静かな補足は、情報量が多すぎた。
ブレット・クワン。暗部の元トップで、かつてのテスの上司。ラルフの現在の居住先でもあり、ブレットはラルフの育ての親と言ってもいい。
コニーは、その娘。
だが、コニーの姓はプランケットだ。
「あくまでも血縁上の、です。戸籍上は他人です。とはいえ、入籍を拒んだのは母の方ですので、関係は悪くありません。行き過ぎた過保護のせいで、過剰な自衛手段を仕込まれてしまいましたが」
「ブレット様に頼まれたら断れませんし。コニーさんも体が動かせると喜んでいたではありませんか」
淡々と言うコニーに、テスが苦笑してぼやいた。
コニーに「過剰な自衛手段」を仕込んだのはテスらしい。
「ただ今回は、お節介だったかもしれません」
コニーはぽつりとつぶやいた。
「お節介?」
セドリックは、意味がわからず聞き返した。
「マイヤー様には、恨まれているかもしれません」
「知って・・・いたのか」
コニーは、シグルドがロレインの暗殺計画に自ら乗っていたことを知っていたようだ。
知っていて、助けた。シグルドにとってはお節介かもしれないと、思いながら。
「それでも俺は、感謝している」
セドリックの言葉に、コニーがくすりと笑う気配がした。
「後を継がずに済んだからですか?」
コニーは、セドリックが家を出たくてしょうがない事情も知っているらしい。
「もちろんそれもあるが」
「正直ですね」
「もし死んでたら、今日兄と話すことはなかった。意外と、話せた」
「セドリック坊ちゃん、ご自分のこととなると何で急に語彙が死んじゃうんですかね。子供じゃないんですから」
テスが呆れたように言葉を挟んだ。
「坊ちゃん言うな」
「ぷっ」
コニーが吹いた。
「申し訳ありません。失礼を」
慌てたように言うが、まだ笑いを収めきれていないようで少し体が揺れている。
体の向きが変わって、コニーの笑顔が月明かりに照らされた。
セドリックは目を見開いた。
女神だ。女神がいる。
雷に打たれたような衝撃。呼吸をするのも忘れるほど、セドリックはコニーに見入った。
いや、魅入られた。
「セドリック坊ちゃん?」
呼びかけるテスの声も、何だか壁を隔てたように遠くに聞こえる。
この日は、いろんな意味でセドリックの人生を変える一日となった。
本編「6. 違和感」で、セドリックの口からすぐに「ドグルだろ」と薬品名が出てきたエピソード回収となります
あと、ラブファントム爆誕回です




