51. 俺だけの
2話連続更新です
50話目をまだお読みでない方は、そちらからお読みください
すみません・・
俺は、シェリと寝室に入った。
二人だけで話をする時はここでする、って、帰国後から何となく決まっている。
それはもちろん、誰にも、神にも、邪魔されないためだ。
シェリがいつも通りすとんとベッドに座ったから、俺もその隣に座った。
「何かありましたか?」
少し首をかしげてこっちを見るシェリに、俺はうん、とうなずいて、さっきベンから受け取った小箱を取り出した。
「もう結婚は、してしまっていることにはなってるんだが」
言って、俺はその上質の布張りの小箱をシェリの前で開いた。
「!」
シェリは、それを見ると両手で口を覆って、瞳を潤ませた。
これは、結婚指輪だ。
俺の髪と瞳の色の小さな石を散りばめて、中央にはピンクダイヤ。
石が大きすぎると普段使いできないから、カットを細かくして反射を多くはしてもらったが、少し小ぶりで、台座に埋め込むようなデザインにしてもらった。
クラインには、婚約する時にも、結婚する時にも指輪を渡す習慣はない。
だから俺は知らなかった。
あの日。離宮から、ニルスに姫抱っこされて出てきたエルの左の薬指には、指輪がはまっていた。
野営地に帰る馬車の中。
『持ってきたのは、その指輪だけですか』
俺はエルに尋ねた。本当に、それ以外何一つ手に持たずに、ニルスもエルも離宮から出てきた。
まさに身一つ、だ。だから、よほど大切な物なんだろう、と思った。
きらりとこちらに指輪を向けて、嬉しそうにエルは微笑んだ。
『持ってきたんじゃないわ。これはね、もらったの』
『もらった?』
聞き返す俺に、ニルスが少し照れたように笑って目線を下げた。
『緑の引き出しの忘れ物、です』
そう言ってニルスは、ウィデルには婚約した時と結婚した時に、男性から女性に指輪を贈る風習があるのだと教えてくれた。
婚約する時には、男性のまとう色の石を。結婚する時には、永遠を誓う、硬度の高い貴石を。
結婚指輪は日常生活で身に着ける場合が多いらしい。
ニルスは、クラインにとばされるとわかった時に、緑の引き出しに、離宮に、想いを置いて行った。もともと身分差や、エルが幽閉されていることを考えて、指輪を渡せるとは考えていなかったがそれでも、指輪を作らずにはいられなかった。
エルが知っているんだから、シェリが知らないはずはない。
エルの教師はニルスとシェリだ。
でも、シェリは一言も、俺に指輪の話はしなかった。
「遅くなってごめん。受け取ってくれるかな」
嗚咽で声が出せなくて、シェリは目を閉じて大粒の涙をぽとぽとと落とした後、小さくこくこくとうなずいた。
婚約指輪は、婚約期間がなかったし、そもそももう結婚している、ことになっている。
だから、結婚指輪に俺の髪と瞳の色の石もはめ込んだ。
シェリの指は細い。コニーにサイズを聞いた時には驚いた。指輪が主張しすぎないように、ぎりぎりの細さの台座で、石を配置した。
俺の発注したのができているってことは、セドリックももう出来上がった婚約指輪を手にしているだろう。でもコニーに手渡すのは、勤務終了後だな。
口を覆っていた両手を下ろして、ようやくちょっと落ち着いたシェリが、左手を、甲を上にして俺に差し出した。
「はめていただいても、いいですか? 結婚指輪は、箱を受け取らない風習です。指輪をはめていただいて、それからはずすことは、離婚しない限り、ないはずですので」
「はずされないように、努力する」
俺は、箱から指輪を取り出して、シェリの指にするりとはめた。
華奢な手に、それは最初からそこにあったみたいにぴたりとおさまった。
「努力するのは、私の方です。ありがとうございます」
シェリが、嬉しそうに指輪を見て、瞳を細めて微笑んでいる。
「シェリル」
呼ぶと、シェリははっとしてこっちを向いた。
「2人だけの時は、シェリルって呼びたい。対外的には『エルシェリア』で、みんなのシェリ様だが、シェリは、シェリルだから。俺だけの呼び名が欲しい」
おさまりかけてたシェリの涙腺が、また崩壊した。
俺はなだめるように、シェリの背に腕をまわしてぽんぽんとたたくと、軽く抱きしめた。
偽りの名を背負う覚悟を、俺は共有できない。だから、せめて2人でいる時は、『シェリル』でいられるように。
「まだ、俺の部屋のは片付けていないが」
話し始めた俺に、シェリは顔を上向かせた。
「今日、俺もここで寝てもいいかな」
シェリの顔が、ぼぼぼぼ、と音が聞こえそうなくらい真っ赤になった。
でも首は、こくりと小さく縦に振られた。
「いや、わからないな。寝る暇なんて、ないかもしれない」
嬉しくて、つい調子に乗って言ったら、ぽすり、と背中に軽いパンチが来て、シェリは顔を隠すように俺の胸にずずず、と頭を沈めた。
コニーにフルコーディネートされたシェリに、今度は俺が撃沈することになるのだが、それはもう少し、後の話だ。
完結です
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