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英雄にされた俺と、隣国の妖精姫の事情  作者: 穂高奈央


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50. 踏み出す一歩

2話連続更新です


最終話は51話となります

 国家間交渉が、今日のこの短い時間でまとまるはずもなく、セインとロザリンド様、近衛はもう少しの間、ここに滞在する話がついていた。

 その間はウィリアムの邸に世話になることになったが、そっちの受け入れ準備があるし、俺たちは帰るし、野営地の撤収もあるから、ってことで、セインたちは、いったん野営地に戻ってきていたらしい。


 クラインの王城には、経緯の説明と、人道的支援の必要性から取り急ぎ輸出制限を解除する旨を、セインが国際便で知らせることになっている。

 国名は、まだ決まっていない。

 でも急速に、確実に、前に進んでいる。


 夕食後、エイデンが帰ると、それぞれ自由行動になった。

 俺たち(ハリントン邸の面々)は、明日にはもうクラインに向かう。

 女性陣は、全員がロザリンド様の大きなテントで、最後の夜を過ごすらしい。


 昼間、いろんなことがあり過ぎたせいか、全然寝付けない。俺はテントから出て、空気が澄んでいるからなのか、やけによく見える星空を1人で眺めていた。ら。

『お前は、俺の愛し子なのに』

 いきなり声が降ってきた。

 あまりにも普通に話しかけてきたから、怒る気も起きなくて、ただ苦笑した。


「ご機嫌は直ったのか? あんなに何回話しかけても、全然返事しなかったくせに」

 このままでいると、独り言をぶつぶつ言う怪しい奴になってしまう。俺は、積もる雪が星明かりで光る幻想的な道を、ゆっくりと歩き出した。

『春と盟約を結ぶとは思わなかった』


 ぐ、愚痴か? 

「まだ怒ってるのか? もう管理者権限は移行してるぞ?」

『盟約は一度しか結べない。俺と盟約は、もう結べない』

 声だけなのに、なぜかしょんぼり感が漂う。

 いや知らん、そんなルール。それに。


「俺と盟約を結ぶつもりだったのか? でも俺は、もともと国を興す気はないぞ」

 盟約を結べて、国を興せる状態にあったとして、俺が国を興そうと思う日は、たぶん来ない。

 そもそも運と勝負の神の加護って何だ。国として安定する気が、全然しない。


『お前は俺の愛し子なのに、春を選んだ』

 待て待て。何で痴話げんかみたいな会話になってる。

「いやそういうわけじゃなくてだな? 必要があって戦略的に」

『ずっと見守ってきたのは、俺なのに』

 ずっと?

 それ、聞こうと思ってたんだった。

 

「そういえば、今まで沈黙を貫いてたのに、何で急に話しかけてきたんだ?」

 たぶん、国境で声を聞いたのが初めてで、それまでは、一度も声を聞いていない。からの、話し始めた途端、急にデレ始めるとか。

『夏との誓約があったからだ』

 ああ、『夏に借りがある』とか何とか、言ってたあれか。


「それは、クライン(加護を持つ国)で俺が愛し子として生まれた理由につながるのか?」

『つながる』

「その話、聞きたい」


『聞かせてやってもいいが』

 このタイミングでツンか。

「うん?」

『・・・そのかわりに、名前がほしい』


「名前?」

 話が意外な方向にきて、俺は思わず歩みを止めた。

『春も、夏も、愛し子から名をもらっている』

 夏の神の名前は知らないな。セイン(愛し子の子孫)は、知ってるんだろうか。


「そういうもんなのか?」

『盟約を結ぶ時に、名をもらう。もともと神に名はないが、名付けられることで、格が上がる』

 ああ、だから盟約をもう結べないって言ったのか。考えたら、国を興したい都合は、神側じゃない、人間側にある。国を興したかったわけじゃないんだな。


「盟約を結ばないと、名付けられない話か?」

『わからない。例がない』

 ああ、今回いろいろ初めてのパターンだもんな。


「俺でよければ名を贈るよ。ただし、格が上がらなかったとしても、責任は持たないぞ?」

『かまわない』

「春の女神みたいに複雑で長い名前は、俺には無理だぞ?」

『かまわない。神格が上がらないとしても、お前に、名付けてほしい』


 不思議な気分だ。親ではないし、友達でもない。でも、確かに何かが繋がってる。俺が知らなかっただけで、この神は、俺が危うかった分岐点で、ずっと見守ってくれていたんだろう。

 俺はななめ上に向かって口角を上げた。

「わかった」


 俺は、運の神に名前を贈った。格は、無事上がったらしい。そのおかげで、運の神の何かが助かったらしい。

 名前は、秘密だ。

 本人が、いや、本神が、そう願ったから。

 夏の神も、もしかしたらそうなのかもしれない。


 長い、長い話を聞いた。

 神の愛し子が生まれるわけ。神と愛し子の関係。それはやっぱり、神格に関係していた。

 あと、運の神が、生まれた経緯。

 今まで話せなかった分を埋めるように語られるそれは、神話というにふさわしい、壮大な話だった。


 それから、俺が神の愛し子として生まれたわけも。

 その話になると、急に神秘的な話じゃなくなった。ざっくり言えば、運の神の失敗談だった。

 その失敗に夏の神も関わっていたがために、夏の神は運の神に手を貸した。

 それが『夏に借りがある』だ。結果、俺はクラインで神の愛し子として生まれた。

 夏の神との誓約はもう果たされているらしく、今後は普通に会話ができるようだ。


「いいか。寝室は不可侵だ。覗くことすら許さない。寝室で、この前みたいに話しかけてきたりちょっかいを出したりしたら、当分口を利かないからな」

 一生口を利かない、とは言いたくないのが、俺の弱いところだ。

『わかった』


 それが、この不思議で中身の濃い、長い一日の、締めくくりになった。


***

 

 1か月後。

 国家間交渉がまとまり、国交は回復した。

 国名は、古語で春という意味のユヴェル、ユヴェル共和国に決まった。


 国民への説明の式典は、その同時期に、対外的な知らせも兼ねて、大々的に行われた。春の女神に光量を抑えてほしいって言ってたのに、全然聞き入れてもらえなかった。1回目の時、人々の反応が良すぎて、楽しくなっちゃったらしい。


 おかげで『クラインの英雄()』は、ユヴェルでは『春の女神と盟約を結んだ国の創始者』に成り代わり、クラインでは『旧ウィデルの救済のために夏の神に遣わされた神の愛し子』として、また王家に派手にぶち上げられた。

 ただクラインに関しては、これはもうしょうがない。


 加護を持つ国で神の愛し子が生まれたとあっては、クライン王家、ひいては国の存続が危ぶまれかねない。でも「夏の神じゃなくて、運の神の愛し子なんですよ」と言ったところで、理解は得にくい。運の神は、残酷なまでに知名度が低い。何しろ俺も知らなかった。

 だから、「夏の神が遣わせた」ことになった。夏の神の介入があったことは確かだから、あながち間違いでもない。


 俺がクラインの存続を揺るがす不穏分子ではない、と知らしめる必要があったから、これは仕方のないことだ。

 ただ、おかげで英雄時代よりもさらに、変装なくしては街に出られない体になった。


 俺は、ユヴェルとの橋渡し担当として、セインの直属になった。

 シェリも、『クラインの慣習とマナーを学ぶ』という名目で、定期的にロザリンド様に呼ばれていて、一緒に王城に行くなんてことも増えた。


 今日は休みだ。

 俺は、以前より増し増しで来るようになった、知らない人からの書簡を片付けて、一息つこうと邸の外に出た。今日も暑い。照り付ける日射しがまぶしくて、左腕をかざした。そこにもう、組紐は付いていない。


 ユヴェルから帰ってくるとすぐ、シェリが「無事に帰ってきたらすぐに切らないと、着け続けているのは逆に不吉だとされていますから」と言って、渋る俺にかまわず、躊躇なくちょきんと切った。

 代わりに、いつの間に作ったのか、キーケースをもらった。それは今、腰にかかっている。

 

「隊長ー! あ、いや、ラルフ様ー!」

 だいぶ遠い後ろから声をかけられて、俺は振り向いた。

 子犬が転がりながら駆け寄ってくるような勢いで、ベンがこっちに走ってくる。


「お前が来るのは珍しいな。みんな出払ってるのか?」

 ベンは、隊にいた一番若手の新人だった奴で、俺より年下の男だ。人当たりがよくて、受付や事務を担当しているはずだが。

 俺は、隊がごっそり軍を辞めて立ち上げたという運送屋に出資して、保証人になった。


「ここ最近、みんな人手をユヴェル行きに取られてて、国内の仕事がまわらなくて大変なんですよ。とうとう事務員の俺まで駆り出される事態に」

「はは、大変だな。でもそのおかげでお前に久しぶりに会えた。元気だったか?」

「そういうところですよー、もうー」

 ベンが息を切らせながら苦笑する。


 俺がユヴェルと深い関わりを持っている関係で、ユヴェルへの物資移送を担う運送屋の一社として、大手とともに名を連ねている。

 忙しいらしい。


「うちに荷物を運んでくれたんだな。ありがとう」

 もともと、テスがうちの御用達に指定しているから、定期便を持ってきてくれたんだろう。そう思って礼を言ったら、ベンが急にずい、と顔を近づけてきた。

「あれ、お持ちしました」

 周りには誰もいないし気配もないが、声を潜めて言う。


 ああ、あれ。俺は笑顔になった。

「早かったな。ありがとう」

 俺は小さな小箱を受け取った。

「久々の顔面凶器・・いや、早かったのは加工店で、うちじゃないですけどね」

 なぜかベンは顔を反らした。


 き・・・ん


 その時、鋭い音とともに、庭の向こう側で、ものすごい閃光が空を裂く勢いで上に走って、消えた。

「な、何だ?」

 驚くベンに、俺はまたか、と心の内でため息をついた。


「大丈夫。防犯装置の誤作動だ」

「防犯装置?」

「ああ、何か俺、有名人になったらしくて」

「いやそれもう前からですけど?」


「うん、まあとにかく大丈夫だ。忙しいのに引きとめてごめんな? みんなによろしく」

「はい、たぶんまた来ますー」

 俺はベンを帰して、光と音がした方に向かった。


 

「あっラルフ様ー! やったわ! やりました!」

 庭の端、木々が多く植えられたエリア。木漏れ日の下、エルがぴょんぴょん跳ねている。

 足元には、転がる侵入者。


 誤作動じゃなかったのか。俺はかわいそうな侵入者に目を落とした。

「すごいぞエルちゃん!」

 エルちゃんて。

 ブレットの声に、俺は膝から崩れ落ちそうになるのをこらえた。


 セインは、「平穏な生活を望む」俺に、対価の上乗せ分として「信頼のおける庭師とメイド」を紹介してくれると言った。伝手もないし困っていたから、ありがたく受けることにしたら、庭師ブレットとメイドのマーサがやってきた。

 部屋はありあまってるから、と本邸に住むことを勧めたが、「爆発するようなものもあって、危ないから」と言って、離れの小さな邸宅に住んでいる。そんな危ないものは、別に倉庫にしまってほしい。


 俺が神の愛し子だと大々的に知れ渡ってしまい、俺は国外から狙われることが多くなった。

 もう盟約は結べない、ということも一応あの式典の時に周知したはずなんだが、それでも神と言葉が交わせることには違いないからと、加護を持たない国からの書簡や侵入者が増えた。


 暗殺目的ではないから、それほど厳戒態勢ってわけじゃないが、シェリやエルが誘拐されたりしたら困る。ブレットが庭にやたらと罠を仕込むようになったのを、エルが興味津々にくいついた。

 ブレットは、いまやエルの師匠的存在だ。


「初めての獲物よ! すごいわ! うまくいきましたブレットさん!」

 獲物とか。元王女の口から。

「頑張ったからなあエルちゃん。それにしても、光ったなあ」

「光は大事です! すごそう感があるでしょ?」

 春の女神も、エルも、どうやら光りものが好きらしい。


「この人、運送屋さんが運んでくれるかしら?」

 エルが侵入者を荷物か何かのように言う。

「いやぁ、人は運んでくれないなあ。俺が知り合いに頼んで引き取ってもらうよ」

 ブレットが笑顔で言った。知り合いって、ここに来るまでいた警備隊な・・・。

 国際案件だったら騎士隊管轄になるが、そこはうまく連携をとってくれるだろう。


「私もっと頑張るわブレットさん! 頑張って、立派な庭師になる!」

 いや、エル。このままいけば、なるのは庭師じゃなくて、罠師だな・・・。

「立派なメイドになるんじゃなかったのか?」

 ブレットも苦笑して軌道修正をはかる。


「もちろんコニー先輩みたいなすごいメイドにもなりたいわ! でも何か一つにしぼらなきゃいけないルールはないでしょ? 今何やっても楽しいの!」

 弾けるような笑顔に、妖精姫の儚さは、もうどこにも感じない。

 太陽の光が似合う、生命力あふれる、美しい人間の少女だ。


 俺はその場をブレットに任せて、邸内に戻った。

 待っていたものが届いた。それを渡したくて、シェリを探している。


 ぼふん


 変な音が聞こえた。マーサの作業室からだ。

 マーサは、引退したとはいえ、内勤は専門職だから人手不足で、いまだに暗部の依頼を断り切れずにたまにスポットで仕事をしている。

 ベテランだから失敗するようなことはないだろうが、事故かもしれないと思って、俺は作業室のドアをノックした。


「どうぞ」

 落ち着いたマーサの声に、大丈夫そうだと安心しつつ部屋に入ると、ニルスが顔を真っ黒にして立っていた。

「ニルス、大丈夫・・・か?」

 ニルスは、よくある名前でもあるから、新しい戸籍でも、苗字は違うが「ニルス」だ。


 ニルスはこっちを向いて苦笑した。

「まさか煙が出るとは思いませんでした。失敗しました」

「これは毒性がないから大丈夫ですよ」

 マーサが朗らかな笑顔で言う。いや。あの。これ「は」って。


「まだまだです」

 落ち込むニルスに、マーサは笑って首を横に振った。

「いいえ、私は、ニルスさんはとても適性があると思って、期待していますよ?」


「そうですか? 頑張れば、私もマーサさんのような薬師になれるでしょうか」

「もちろんですよ」

 ニルス。たぶんこのまま行けば、なるのは薬師じゃなくて、調剤師(毒薬含む)・・・。


 何かさっきと同じような光景を見ている気がする。

 しかも、マーサの方は、軌道修正する気が微塵もない。

 完全に後継にする気だ。

 本人が希望するならいいが、暗部に吞み込まれないように、気を付けておこう。

 俺は作業室を後にした。



「長い作業を必要とする時は、力を入れると疲れてしまいます。ですから、こう」

 厨房から、テスの声が聞こえる。

 戸口をのぞくと、テスと、隣には、ボールと泡立て器を手にしたシェリの後ろ姿。テスはシェリに料理指導をしているようだ。


「こう、ですか?」

 シェリが、ちょっと不思議な動きをした。え、ちょっと待て。あれは。

 テスがしていたあの、この世の摂理を無視したあの動きに似ている。


 俺は、帰り道も含めて、一度もテスに勝てなかった。そのテスの動きを、シェリが。

「そうです。それなら、楽でしょう? この菓子は、泡立てが肝ですからね。手抜きはできません」

「はい」

 嬉しそうに、シェリが笑っている。


「で、どうされました? 旦那様」

 テスが振り返ると、シェリも驚いたように振り向いた。

「ラルフ様!」


 シェリに、不思議な動きをしている自覚はないから、聞いてもしょうがないんだろうな。

 今は、菓子作りが忙しいようだし。

「いや、急ぎじゃないから後でいいよ」

 言って、その場を去ろうとしたら。


「行ってらっしゃいませ、シェリ様。あとは泡立てて、作っておいた生地とまぜて、焼くだけです。大事な仕込みの部分は、終わっていますからね」

 テスがふくりと笑った。

 仕込みって。菓子の、だよな?


「ありがとうテス。また、教えてもらえる?」

「もちろんです。レパートリーは、まだまだありますからね」

 レパートリーって。料理の、だよな?


「お待たせしました、ラルフ様」

 エプロンをはずしたシェリが微笑んだ。

 ふくりと笑って見送るテスを背に、俺たちは歩き始めた。

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