49. 困惑のエイデン
騒ぎは、何とか収まった。
収めた、じゃない。収まった、だ。俺は何もしていない。
俺がいるとややこしいってことで、むしろ俺はいったん荷馬車に隠された。エイデンと、炊き出しの手伝いをしていたエイデンの仲間? らしい男たちが民衆をなだめて、炊き出しの配給が終わった者から家に帰らせることで、収束した。
エイデンは、王都で人気の医者らしい。
「先生が言うなら・・・」
と、素直に従う者は多かった。
手伝いの男たちは帰ったが、セインに話がある、とエイデンは野営地に残った。
エイデンは、自分自身事情がよくわかっていないのに、協力してくれた。
あと、『普通じゃない水』を、シェリに伝授してくれた先生でもある。
当時エイデンは、シェリが誰かを知らなかった。ただ、一般の困っている民に、手を差し伸べた。
持つ雰囲気は違うが、エイデンもウィリアムも、分け隔てなく人を思いやろうとするところは、よく似ている。
俺は、大丈夫だと判断して、エルとシェリの今後の立場、つまりエルシェリア王女はうちのメイドのエルとして、シェリがエルシェリアとして生きていく、ということだけを、説明した。
どこまで話すべきか、というのはあるが、エイデンは中途半端に情報を持っている。今後協力者になり得るなら、変な誤解を生むようなことは避けておきたかった。
エイデンは、春の女神の殻の中で微睡んでいたエルを見ている。2人を連れ戻してほしい、と願ったエルを知っている。
だから、シェリとニルスが殺されてなくてよかった、エルシェリア王女殿下が解放されてよかった、英雄があんたでよかった、と言って笑って、他言しないことを誓ってくれた。
英雄と妖精姫の婚姻は、ウィデル王家が失脚した瞬間、もう国家間交渉のカードとしては成立しなくなった。
だから本当は、シェリを『エルシェリア』に仕立ててまで婚姻を継続しなくても、きれいさっぱり離婚して、新しく戸籍を得たシェリと再婚するっていうのも、選択肢としてなくはなかった。
でもこの国の今後のために、クラインと和解したというアピールは、他国に対して必要だ。そこに『クラインの英雄』と『旧ウィデルの王女』の離婚は、望ましくない。
何より、エルがエルシェリアとして生きていく意思が、もうない。
野営地に落ち着いてから、あまりにも執着がないから、エルに本当にいいのか尋ねた。
『母様に付けてもらった名前よ。大切に決まってるじゃない。でも、シェリが継いでくれるんでしょう? なくなるわけじゃないわ。シェリは、この世から自分の名前を失ったの。その覚悟を、ラルフはわかってあげてね?』
逆に、俺が諭された。
セインが戻って来たのは、すっかり日も暮れて、加護が戻ったとはいえ、また冷え込みが厳しくなってきた頃だった。
俺たちは、情報共有のために、炊き出しで作った簡易かまどで湯を沸かしつつ、その近くに焚き火を囲んで暖をとっている。
近衛たちは、全員勤務終了でテントに帰らせた。
この面子で、護衛は必要ない、とのセインの判断だ。
一連のことは、事情や感情は抜きにして、事象だけを時系列でまず報告した。炊き出しを行ったこと、俺が光って大騒ぎになったこと。
「お前は、やることがいちいち派手だな」
セインが呆れたように言った。
「濡れ衣だ。やったのは俺じゃない」
何故か俺が犯罪の容疑者みたいなことを言う羽目になっている。
「きれいだったわ」
エルが満足げに微笑んだ。
自由か。頼むから反省してくれ。
エルには、『ユン様に「はい今」禁止令』を出した。奇跡は、めったに起こらないから奇跡だ。
今日のことは、噂として民衆の間に流れるだろう。それはいい相乗効果になる可能性もあるが、一歩間違えれば憶測が憶測を呼んで、おかしな方向にも行きかねない。
次に起こる奇跡は、ウィリアムが行う式典の時だけでいい。
「セイン。謝らないといけないことがある」
俺は、持っていた白湯のカップを置いて、居住まいを正した。
俺の声に反応して、隣にいたシェリも、コニーも、座ったままではあるが、頭を下げて略式の礼の形をとった。
テスは、簡易かまどの前で何かやっているが、こっちを向かずに様子をうかがっているのがわかる。
謝るのは、主人である俺だけでいいって言ったのに。
俺は心の内で苦笑した。
「炊き出しのことか」
セインが他にないだろ、みたいな言い方で、確認する。
「そうだ」
と俺が言うのにかぶさって、今度はエイデンが地面に両膝をついた。
え。それはクラインでは服従の意を示す姿勢だ。
「殿下。発言をお許しいただけないでしょうか」
エイデンに関しては、セインには「こいつがエイデンだ」とだけ紹介している。セインは、『エイデン様』がウィリアムの弟だと知っているからだ。
「地面は冷えている。座ってくれ。発言の許可も必要ない。自由に話してかまわない。王宮でも王城でもない、こんな夜空の下で、不敬を問うのも馬鹿らしい」
苦笑したセインに、エイデンは固まった。
セインはこれが通常運転だが、旧ウィデル王家を王家だと認識してきた人間にとっては、衝撃のゆる対応だろう。
エイデンは、ぎこちない動きで座り直した。
1つ白い息を吐いて、話し出す。
「炊き出しを要請したのは、私です。経済制裁がかかっているのは承知していましたが、目の前にある物資を、見て見ぬふりはできませんでした。すべて買い取らせて欲しいと願い、炊き出しを要請したのは、私です」
セインは笑みを消した。
「要請したのはあなたかもしれないが、こちら側が了承しなければ、事は起きなかった。炊き出し自体は人道的行為だ。罰するつもりはない。だが物資は、クラインの道中で使わなかった余剰とはいえ、王家の、ひいては国の持ち物に他ならない。それを無断で使用したとあっては、お咎めなし、というわけにはいかないな、ラルフ」
セインはつまり、エイデンをどうこうするつもりはないが、近衛の手前、何もしないわけにもいかない。勝手な行動に対するペナルティーを、炊き出しをした者たちの主人である俺に課すぞ、と言っている。
ああ、今俺、取引の『上乗せ』持ってるからな。それでチャラにしてくれるつもりだろう。
そう、俺は軽く考えていたから、
「承知し」
た、って言うはずだったが、遮ったのはコニーだった。
「炊き出しをしましょう、とシェリ様に強く勧めたのは私です。取引をしましょう、セイン様」
コニーの持ちかけに、セインは面白そう! って顔になった。
「コニー!」
シェリがコニーを見て、辛そうな顔で首を強く横に振る。
コニーはシェリを安心させるように、にっと笑った。余裕だな。手持ちの札、多そうだもんな、コニー。
ただ、これは俺で何とかできる案件だ。
「いや、ペナルティーは」
俺が、と言い終わる前に、また俺の言葉は遮られた。
「期限付きでも、コニーの意思でないなら王城にはやらん。俺が代わりにペナルティーを請け負う」
言ったのは、セドリックだった。
うちの人たち強いから、俺の出る幕、ないんだよな・・・。
「何で俺がコニーを王城に呼ぼうとしてるとわかった」
セインの問いに、セドリックはロザリンド様の方に目を向けた。
「ロザリンド様の顔」
嬉しそうな顔してたんだろうな。ロザリンド様、コニー大好きだからな・・・
「あと何でお前が代わりに請け負うんだ」
コニーがまずい、って顔をした。
セドリックが若干のドヤ顔で言う。
「婚約者を守るのは当然だろう」
「はあぁぁ?」
セインが変な声を出した。それに反応して近衛がテントから出てきたのを、セインが自ら何でもない、と手で制した。
「聞いてないぞ」
拗ねたような顔をするセインに、
「報告する義務はありませんから」
コニーがぶった斬った。
「正気か? コニー」
やめろセイン。聞くならせめて、正気を疑う前に、本気がどうかを聞いてくれ。
「・・・一応」
コニーも。そこは即答で断言してやれ。
「どうやって説得したのかはわからないが、コニーがいいならいい。よくやったセドリック。褒賞は何がいい?」
ロザリンド様。説得じゃなくて求婚です。あと褒賞じゃなくて、婚約祝い。
セドリックも、ちょっと嬉しそうな顔をするな。訂正しろ。
なんかもう、物資の無断使用の話はどこかにいってしまっている。
「えー・・・っと?」
2回目だな。
つぶやくエイデンに、俺は苦笑した。
「つまりペナルティーはチャラになった、ってことだな。全員不問。セインが美談にしてくれるから心配ない。炊き出しに使った物資は無償提供で処理される。エイデンが買い取る話もなくなった」
エイデンが絶句している。
これには慣れてもらうしかないな。
付き合い、長くなりそうだし。
セドリックは、なんだかんだで空気が読める男だ。このネタをつっこめばこうなることは予想できる。
わざと、かもしれない。
セインも、ちょうどいいから乗っかったんだろう。
セインが最初から、形だけのペナルティーで済ませようとしていたのはわかってた。
どうせ持ち帰るのも面倒な余剰の物資を、個人に買い取らせるなんて真似も、絶対にしないし。
「そろそろ夕食にしませんか」
テスがいいタイミングで声をかけた。
「手持ちの携帯食じゃないのか?」
ロザリンド様が普通に言う。王子妃なんだよな、この人・・・。
「炊き出しで出さなかった非常用の干し肉と堅パン、私が野営用に持ってきた飴色玉ねぎの瓶詰めと酒のつまみ用のチーズで、なんちゃってスープグラタンを作りました。温かいものがあった方がいいでしょう?」
「助かるな。全員分あるのか?」
ロザリンド様の確認に、テスはもちろんです、とうなずいた。
「では、私はこれで」
少ない食料でまかなう俺たちに遠慮して、エイデンが立ち上がった。
「一緒にどうだ? メインは携帯食だが、テスの料理はうまいぞ」
セインに言われたら、エイデンも断れない。
「・・・はい」
遠慮がちに言って、座り直した。
「これを私の料理として出すのは、屈辱ですけどね」
テスのぼやきに、みんなの笑いが漏れた。
うん、みんなで一緒に飯を食おう。
あー疲れたって、言いながら。
お読みいただき、ありがとうございます!
次回、最終話です
更新は、明日・・・いえ明後日になるかもしれません




