48. 帰りましょう、クラインに
俺は馬車を蹴って、衝撃を殺すために高めに飛んで、雪道に降り立った。
周りにいた王都民が体をびくつかせて何事かとこちらに目を向ける。
行きは誰もいなかったのに、想像以上に人がいて、俺もびっくりした。
野営地は、少し坂を上がった先にある。
見ると、確かに3本の煙。
でも襲撃に遭った感じじゃないな。爆破された感じでもない。
焚き火?
まあいい。
俺は走り出した。
クラインでこの全速力をやったら一撃で心臓にくるやつだが、ここは寒い。
痛みを伴うようだった寒さも今は緩和されて、走るにはむしろ快適だ。
氷なら滑るが、踏み固められていない雪道は踏み出しやすい。
何か通行人の視線が刺さるように痛かったが、楽に坂を上りきって、野営地が見えた。
なぜか、野営地に人が群がっている。
でも一般都民だ。武装はしていない。
敵意も感じない。
炊き出し?
俺は、走って少し荒くなった息を整えるようにして歩き出した。
「おいしい!」
子供が椀とスプーンを持って、母親らしい女性を笑顔で見上げている。
その女性も、椀とスプーンを持っていて、涙目の笑顔でうなずいている。
似たような光景が、そこここで繰り広げられている。
煙は、やっぱり炊き出しだった。
簡易のかまどが作られて、野営用の大鍋が3つ、何かが煮炊きされている。
3つのかまどにシェリ、テス、コニー。
あと知らない男たちが何人か、それを手伝っている。
俺はシェリに駆け寄った。
「熱いから、気をつけてお持ちくださいね?」
シェリが、深い大きめの椀を、子供を連れた父親らしき男性に手渡している。
「シェリ」
数人、並んでいた列が絶えたところで声をかけたら、
「ラルフ様!」
シェリは手伝いらしい男に会釈をしておたまを預けると、こっちに駆け寄ってきてくれた。
「おかえりなさい」
ちょっと泣きそうな顔で微笑んでいうから、俺の中の、人前だからとか何とかいうやつが、瞬時に吹き飛んだ。
「ただいま」
シェリを補充したくて、抱きしめた。
数時間ぶりの再会なだけなのに、なんかものすごく、久しぶり感。
あー疲れた。働いた、俺。
無意識のうちに張りつめてたらしいものが、一気に緩んだ。
「シェリ、ここで待っててくれてありがとう。全部、うまくいったよ」
抵抗することも固まることもなく抱きしめさせてくれていたシェリが、顔を上げた。
「じゃあ」
「うん。煙が気になって俺だけ先に来たけど、馬車でこっちに来てる。もうすぐ着くよ」
「・・・!」
シェリは泣きそうになってるのを隠すように、俺の胸に頭を押し付けた。
はー。俺、頑張ってよかった。
「どうした? 何か問題でも・・・誰だ?」
男の声が聞こえて、俺は顔だけその方向に向けた。
俺よりちょっと年上、くらいだろうか。背の高い男がこっちに歩いてくる。
精悍な顔つきの男だ。精悍だが、真面目が服着て歩いてるあの男に、顔立ちが何となく似ている。
「ラルフ・ハリントン」
俺が名乗ったら、シェリが男の存在を認識して我に返ったのか、あたふたと俺から離れた。
抱きついてくれててよかったのに。仕方がない。
泣き顔を他の男に見せたくなくて、俺は身体をずらしてシェリを背に回した。
「ハリントンって・・・・あの???」
『エイデン様』(たぶん)は、困惑したような表情を浮かべた。
まだやるのか、このくだり。俺はげんなりした。
逆・顔問題か。
「先生。本当です。この方が、『クラインの英雄』なんです」
後ろからシェリの声がした。
「先生?」
俺がシェリの方に振り向くと、シェリは小さくうなずいた。
「ラルフ様が熱を出した時に飲んでいただいたあの」
「ああ、普通じゃない水」
「そうです。あのレシピを教えてくださったお医者様です」
あれ? エイデン様じゃないのか?
俺がもう一度『先生』に目を向けると、先生はまだ困惑した表情でこっちを見ている。
何なんだ。
「あなたが本当に『クラインの英雄』だとして、その」
言い淀む先生に、俺は首を傾げた。
「何ですか」
何となく敬語になってしまう。
「その、ご関係は?」
先生は、俺と後ろのシェリをちらちらと見た。
ああ。抱き合ってるの、見られちゃったからな。
「妻です。俺の」
やっと、正面きって言える。俺は喜びを噛みしめた。が。
「妻?」
先生はさらに困惑した顔をした。
「エイデン様。これには深い事情がありまして」
見かねたのか、もう一個の鍋の前で様子をうかがっていたテスがこっちに歩いてきた。
あれ? やっぱりエイデン様?
俺も困惑した。
「おかえりなさいませ、旦那様。首尾は?」
テスがこの微妙な空気をものともせずに、通常営業の穏やかな笑顔で尋ねてくる。
「ただいま。全部ひっくるめて、上々」
加護のことも、エルシェリア王女解放のことも、ここでは言えないから俺は短くまとめて答えた。
テスはふくりと笑ってうなずくと、エイデン様(仮)の方に向いた。
「シェリ様は、確かに旦那様の奥様です」
「旦那様? 奥様?」
まだなんかエイデン様(仮)が混乱している。
馬車でニルスに聞いた話だと、『エイデン様』は、あの閉ざされた国境を越えてきた俺たちに探りを入れるべく、野営地に侵入したところをテスに捕まったのだという。テスの暗部時代の知り合いでもあったらしく、情報交換することにはなったが、テスはこちらの情報は極力出さないように配慮していた、と言っていた。
俺がテスの今の旦那様だってことも、言ってなかったのかもしれないな・・・。
思ってるところに、服を軽く引っ張られて、俺は後ろを振り向いた。
「先生は、クーデターを起こした侯爵様の弟にあたる方で、私と兄の名前をご存じです。クーデターの時に、離宮にも入られたそうです」
シェリの小声の情報で、急にいろいろ全部つながった。
そういえば、あの時ニルスが言ってた。
『私がニルス・カーターだと知って、エイデン様はすぐにエルシェリア様に会いに行った方がいい、と』
確かに、エルシェリア王女の恋人としてニルスの名前を知っているなら、シェリルの名前も知っているだろう。
離宮に入ったのなら、エルシェリア王女とシェリルが別人だってことも、当然わかってる。
なのに俺が、シェリルを妻だって言ったものだから、困惑してたんだな。
わかってすっきりした。
すっきりはしたが、どうしよう。
ウィリアムの弟だし、長い付き合いになりそうな気はするが、これを一から説明するのは、正直面倒くさい。
「エルシェリア様ー!」
エルの声だ。その大声と内容に、辺りがざわついた。
人が多いから、馬車で来られるぎりぎりまで来て、ニルスに姫抱っこで連れてきてもらったらしい。まだ少し距離のあるそこから、わざわざ大声で、その名を呼ぶのか。
たいした度胸だよ。俺は笑うしかない。
エルはここで、王都民が大勢いるここで、知らしめるつもりだ。
『エルシェリア』が、誰であるかを。
「ラルフ様」
シェリが揺れる声で俺を呼ぶ。俺は笑った顔のままうなずいた。
「うん。メイドのエルが帰って来た。行ってくるといい」
そういう設定なんだと、一応におわせる。
シェリは、令嬢とは思えない走りでエルとニルスの所まで走って行って、二人まるごと抱きついた。
「エルが戻ってきましたよ。今ちょっと足が弱くなっちゃってますけど、すぐに職務復帰しますからね、エルシェリア様」
エルは笑顔で言ってるが、ちょっと涙声だ。
「お待たせしました。帰りましょう、クラインに」
ああ。締めの言葉まで抜け目ない。
これで、シェリが『クラインの英雄』に嫁いだエルシェリアだと、みんな認識するだろう。
人質同然でクラインに嫁いだ王女が、国難に際して自ら炊き出しをしに来てくれた。
そう口の端にのぼれば、あっという間に王都を中心にして広がっていく。
今後、民を裏切ったウィデル王家のことは、国民に知れ渡るはずだ。その時に、ウィデル王家の血を継ぐ『エルシェリア』の存在が、いい方向に認識されるだけじゃない。クラインと新しい国との架け橋として、ウィリアムも、セインも、今後いろいろとやりやすくなるだろう。
「えー・・・っと?」
エイデン様の声に、俺は苦笑した。
そうだよな。あんたはそうなるよな。
「あんたはエイデン様、だろう? ウィリアムの弟の」
俺の問いかけに、エイデン様はまた困惑した。
そうか。ウィリアムは侯爵様なんだっけ。みんなエイデン様って呼んでるから、ウィリアムを呼び捨てにして、エイデン様って言ってしまった。
「あ、ああ。俺はエイデン・バートンだが」
「俺のことはラルフと。俺はウィリアムに名呼びを許された仲だ。・・・あんたも、失われた加護が戻ったことは薄々感じているだろう。この国は、これから激変を余儀なくされる。その中心に、ウィリアムはいる」
エイデンは、すっと真顔になった。
「あなたは、何を・・・」
「あんたは医者らしいから、ウィリアムの片腕になってくれとは言わない。片腕っぽい奴はすでにいたしな。でも、できるなら支えに、助けになってほしい」
「ユン様。今です」
ニルスに運ばれてきたんだろう、エルの声が近くで聞こえた。
おいおい、やめろって!
俺の体から光が溢れた。
ユン様! 反応はやい! あとこんなに光るって聞いてない!
自分のまぶしさに、俺は思わず目を閉じた。
固まるエイデン。ざわめく民衆。
「女神、ありがとう、もういい」
俺が焦りながら斜め上に向かって小さくつぶやくと、光は収まった。
光は収まったが、騒ぎはその後当分収まることはなかった。
国民への説明の式典の時には、もう少し加減してもらおう、と、思った。
お読みいただきありがとうございます!
あと1、いっても2話で最終話となります。
草稿完結までしてからの投稿にしたいと思いますので、次回はたぶん週明けてからの投稿になります。




