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英雄にされた俺と、隣国の妖精姫の事情  作者: 穂高奈央


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46. じゃ、また

 俺はまだ、エルシェリア王女がクラインに行ってからのことを、何も話していない。

 話せていない、というのが正しい。

 その前段階で、エルシェリア王女がまず離宮(ここ)を出てクラインに行くために、神の愛し子としてウィデルに縛られないようにすることを、最優先していたからだ。


 エルシェリア王女はいたずらっ子みたいに上目遣いで俺を見ながら、ふふ、と片手を唇にあてて笑った。

 こんな顔もするんだな。

 ・・・いや、もしかしたらこっちの方が素なのかもしれない。


「だってラルフ、シェリのことずっと、シェリ、って呼んでた」

 あ。

 迂闊だった。シェリは、シェリルだ。

 エルシェリア王女がシェリって呼ぶのもあって、違和感なく呼んでたな・・・。


「あと左腕。まくって?」

 エルシェリア王女が容赦ない。

 神々との交渉の時、俺がどうしたいのかを説明して、一緒に加わってもらったからだろうか。最初に会った時より、ずいぶん砕けた感じになっている。


「い、いやです」

 だが断る。

 何で気が付いたのかはわからないが、エルシェリア王女は、ここに何があるのかを、察してる。

 公開処刑すぎるだろ、こんなの。


「それはもう、白状してるのと同じよ」

 俺は犯罪者か。

「何だ?」

 セインが興味を示した。こっちを見る顔は、きらきらと好奇心に溢れている。


 あああ。セインがこうなったら、もう駄目だ。隠しきれない。

 俺はしぶしぶ、左腕の袖をまくった。

 それを見て、エルシェリア王女が一段高い声を上げる。


「やっぱり。シェリが作ったものね。見ればすぐわかるわ。ことあるごとに左手首に触れていたから、そうじゃないかと思ってたの」


 探偵か。

 俺は片手で口を覆った。

 あの緊迫した状況で見てただと? しかもことあるごとに? 触れていた?

 めちゃくちゃ顔が熱い。

「ほう、見事なものだな」

 セインとロザリンド様がわざわざ俺に近寄って、組紐を眺めている。

 に、逃げ出したい。


「でもラルフ、シェリはこっちに来てるって言ってなかった?」

 エルシェリア王女が猛攻すぎる。俺は慄いた。

 組紐は、無事の戻りを願って待つ人が手渡すお守りだ。

 い、言わせるつもりなのか。

『それでも欲しいと、俺が願った』


 俺の顔を覆う手が、片手から両手になりそうになってたその時に、バートンと、もう1人男が食堂に入ってきた。男は細身で、理知的な顔立ちをしている。

 たぶん、バートンの片腕なんだろう。


「お待たせしました。・・・どうしました?」

 バートンは、漂う微妙な空気に歩みを止めた。

 いい所に来てくれた。

 俺は機を逃さなかった。


「じゃあ、俺たちはこれで失礼する。セイン、先に野営地に戻ってる」

 俺は立ち上がって、さりげなく左腕のまくっていた袖を元に戻した。

 セインは仕方ないな、って顔で、苦笑してうなずいた。


「ああ。馬車は往復させてくれ。俺とローザの次に、お前を指揮系統に入れてある。近衛に言えば送ってくれるはずだ」

 王宮から野営地までそれほど距離はない。だから俺とセドリックとニルスだけなら歩きで帰っても全然問題ないが、歩けないエルシェリア王女がいる。

「ありがとう、助かる」


 バートンが、少し早足で俺の前まで来て、片膝をついて頭を深く下げた。隣にいた男も、それに倣う。

「ハリントン様。この国に再び加護をもたらしてくださいましたこと、国民を代表して、心からの感謝を申し上げます」


 真面目なんだよなぁ。

 駄目だって。国のトップが簡単に他国の人間に頭を下げたら。

 俺は苦笑した。

「2人とも、顔を上げてほしい。俺が受け取っていい感謝じゃない。加護が戻ることを願ったのは、俺というより、エルシェリア王女だ」

 これは本当。


『決めたわ』

 あの時。エルシェリア王女はどっちも選んだ。

 自身が離宮を出てクラインで暮らすことも、春の女神の加護を願うことも。

 その両方を取る最善策を探して、今こういうことになっている。


「王女殿下」

 立ち上がって、もう一度俺に軽く礼をとったバートンと側近は、今度はエルシェリア王女の方に歩き出した。


「い、いらないわよ? 感謝なんて。考えたのも、実際に動いたのもラルフだし。私は、自分が心おきなく動きたかっただけだもの。民のためなんかじゃないわ、自分のためよ。だって自分のために動いていい、って、ラルフが言ったから」


 照れ隠しにまくしたてるエルシェリア王女に、既視感。

 エルシェリア王女にも、スイッチがあるらしい。

 バートンは、そんなエルシェリア王女を穏やかな表情で見つめた。


「私は、あなた(神の愛し子)にしかできないことだからと、重責を押し付けようとした。王女殿下ご自身のことを考えもせず」

「謝罪もいらない。私はあなたに、何も害されていないもの」


 ぴしゃりとエルシェリア王女は遮った。

 口調は厳しい。でも、会ってまだ少ししか経っていないが、エルシェリア王女が怒ってるわけでも、拒絶してるわけでもないのはわかる。

 

 許す、と一言言えばいいのに。

 謝らせてやるのも優しさだ。

 でもまあ、バートンの表情を見る限り、伝わってはいるだろう。


 エルシェリア王女は離宮暮らしを余儀なくされていたから、人との交流が圧倒的に足りない。

 だから少し、返しが不器用なんだな。

 でも、それもクラインで過ごせばたぶん、すぐに慣れる。

 エルシェリア王女は順応力がとにかく高い。観察力も、判断力も高い。

 あと、推察力も・・・。


「クラインに赴かれる前に、勾留されているウィデル王家に、お会いになりますか」

 バートンなりに気を遣ったんだろうその言葉に、エルシェリア王女は不思議そうに首を傾げた。

「どうして? 会ったことも、話したこともない人達よ?」


 本当に、どうしてそんな提案をされたかわからない、って顔だ。

 そこには、自分が置かれた境遇に対する不満も、怒りも、恨みも、何もない。血族だという認識すら、ない。

 ただ、無関心。


 その反応に、バートンは、何かに耐えるように少しの間だけ目を閉じた。それがウィデル王家に対する怒りだったのか、エルシェリア王女に対する悲しみだったのか、それとも全然違う感情だったのか、俺にはわからない。


「では、処遇はこちらにお任せいただいても?」

 少し掠れた声のバートンに、エルシェリア王女は小さくうなずいた。

「もちろんよ。そんな権限、私にはないもの」

 エルシェリア王女が親族(ウィデル王家)と会う機会は、これでもう、二度と来ない。


「ラルフ様」

 ニルスが立ち上がって俺のそばまで来た。

「その、エルシェリア様に、まだお話になっては」

 小声の問いに、俺はうなずいた。

「うん、まだだ。そこまで辿り着けてない」

 俺も小声で返す。


「でしたら、私に任せてはいただけませんか」

 まっすぐな瞳に、少し面映くなる。

 当初の予定だと、ニルスはここまで来るはずじゃなかった。でも今、ここにいる。

 ニルスがしようとしていることは、俺にも伝わった。


「伝言は、もう伝えてある。頑張れ」

 ささやいて、俺は預かっていた組紐をニルスに差し出した。

 ニルスは、丁寧に組紐を受け取ると、

「はい」

 緊張した顔で、でも少しだけ笑った。


 仲間意識だ。わかるよ、俺も緊張した。

「俺は盗み聞きなんかしないからな。セドリックと外で待ってる。急ぐ必要はないよ」

 歩き出して、ニルスの横を通り過ぎる時に、ぽんとニルスの肩をたたいた。


「じゃ、もう行く」

 戸口の所まで来て、振り向いた。

「では、また」

 バートンに朗らかに言われて、俺は苦笑した。


「またがあるのか?」

「ハリントン様は初代管理者であり、シェ・エル・リラ・ユン様と盟約を交わしたご本人でもあります。ご存命のうちは、ご協力いただくこともありましょう」


 こき使うぞって言われてるのに、なんか安心してしまった。うん、それくらいの太々しさがないと、国のトップなんてやっていけないからな。

「ラルフは俺の直下だ。その時は俺を通してもらおう」

 セインがすかさず釘を刺した。


 いやいやいや、聞いてないぞ。

 聞いていないが、他国と関わるなら、今後対外的にはその方がいいだろうな。俺はただの、子爵位をもらっただけの庶民だ。

 盾になってくれるって言うなら、ありがたく受け取ろう。


 俺は、バートンに「それで頼むよ」、の意味を込めてうなずいた。

「俺のことはラルフと。じゃ、また。ウィリアム」

 傍らに来ていたセドリックに「行こう」の目配せをして、2人で食堂の外に歩き出した。


「ここを出る前に、緑の引き出しの忘れ物を取りに寄りたいのですが、いいですか」

 ニルスの声が漏れ聞こえてきた。

 距離が離れるにつれて、それは小さくなっていく。

「うん、ラルフから聞いてる。ごめんね、私がまだ歩けないから、ニルスのお荷物に・・・」

 エルシェリア王女の声をぎりぎり拾って、あとはもう、聞こえなくなった。


 ニルスはさっきの移動の時と同じ姫抱っこで、緑の引き出しのある部屋に行くんだろう。

 頑張れ。もう一度心の内でエールを送る。

 たぶん、俺の時とは違ってオーケー確定だろうが、それでも、勇気がいることには違いない。

 

 廊下を歩ききった先、扉を開くと、白銀の世界に陽が射していた。

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 よろしければこちらもご覧ください  → 『女神の祝福が少しななめ上だった結果』
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