45. 盟約
「二つ目。俺は王を降りる」
「!」
バートンが厳しい顔で俺を見た。
何か言い募ろうとするのを、俺は片手で制した。
「神の愛し子が必要とされるのは、神の愛し子が神と言葉を交わし、加護を願い、盟約を交わして国の創始者になり得るからだ。神の愛し子の子孫は、神の愛し子じゃない。つまり、その後の管理者は、別に血族である必要はない。その確認は、春の女神からも得ている。もちろん、その旨の盟約は必要だが」
神の愛し子の子孫は、別に神と話せるわけじゃない。
管理者は、ちゃんと神法を守って、国の管理ができてさえいれば、それでいいわけで。
だったら、誰でもよくないか?
っていう俺の極論に、春の女神はしぶしぶながら乗っかってくれた形だ。
おそらく、いや間違いなく、神の加護を持つ国では初めてのパターンだ。
自分の愛し子じゃない別の神の愛し子と盟約を交わしたのも、これが史上初めてだろう。
だからこそ、春の女神的には、別にその後の管理者はその子孫じゃなくてもいいや、って話なんだが。
「俺は王を降りると同時に、管理者を指名する。つまり、この国は王制というよりは、共和制に移行する」
「待てラルフ」
セインが口を挟んだ。
「何だ」
「国名はどうなる?」
まったく考えてなかった。
そういえば、ウィデル王家は廃位となり、エルシェリア王女は法的、書面的にもう、エルシェリア・ハリントンだ。
ウィデルさんがいない・・・
新王は俺。管理者第一号として、俺が国名を付けなければならない、のか?
めんどくさいって顔に書いてあるのが、セインにばれた。
セインが笑い交じりにつぶやく。
「ハリントン共和国」
「指名されたいか、セイン」
一段低くなった俺の声に、セインはすん、と笑いを引っ込めた。
「すまなかった」
謝るの早。よっぽど、嫌なんだな。
セインは、まさに王子様然とした容姿に加えて、有能。身分問わず気さくに接し、フットワークも軽い。クライン国民に絶大な人気を誇っている。
でもその裏で、幼い頃から本人の望まぬところで常に争いに巻き込まれてきた。自身の命が狙われたことも、一度や二度じゃない。
実際にどうなのかはわからないが、表向き、兄の王太子との関係は良好だ。
だからセインは王太子を気遣って、権力にも、王位にも興味がないことを前面に出してるのかと思ってた。
でも、この反応。単に権力を持つことそのものに、興味がないんだろうな。必要としてないっていうか。
それは、俺も同じだ。
息を吸って、バートンを見据えた。
「国名は、後で決めてくれ。・・・ウィリアム・バートン。シェ・エル・リラ・ユンとの盟約において、あなたを次の管理者に指名する。あなたの了承を以て、権限の移行は完了する。国を、神法を、民を、背負う覚悟はあるか」
バートンは静かに立ち上がった。俺を見つめる瞳に動揺はなく、凪いでいる。
クーデターを起こした時点で、もとより覚悟の上だっただろう。しかもその時点では、加護が失われている状態で、国を、民を背負おうとしてたんだ。
「謹んで、お受けいたします」
バートンは、さっきした略式の礼とは違う、腰を落とした深い礼をとった。
クラインの最敬礼とは違うが、たぶん、それに近い礼なんだろう。
バートンなら、きっと大丈夫。
ただ実直すぎて、国家間交渉ではセインにむしり取られる未来が容易に想像できるが、セインは基本等価交換の男だ。ちゃんとその分のオプションは付けてくれるだろう。
俺は口角を上げて、バートンに座るように促した。
「盟約・・・神法は、明文化したものを改めて送る。ウィデル王家みたいに、伝え漏れがあったら大惨事になるからな」
「結局、ウィデル王家は何をしたんだ?」
セインが反応した。同じく神の加護を持つ国の王族として、気になるのは理解できる。
「言っても、かまわないだろうか?」
俺は、ななめ上を向いて、春の女神に問いかけた。エルシェリア王女のやり方を倣っている。
『構わぬ』
短い返答に、俺は軽く目を閉じて頭を下げることで礼を返した。
「ウィデル王家が犯した神法は、2つ。1つ目は神の加護を持つ国への、不可侵。戦争が早期終結したから、これはフライングで済んだ。もしクラインが負けて侵略が成っていたら、アウトだった。あと1つは、王家の血族間の殺傷の禁止。もともとは、管理者同士の権力争いを防ぐためのものだったが・・・」
俺が言い淀んだのを、エルシェリア王女が苦笑して引き取った。
「私はこれに生かされた。色なしの王族が殺されずに済んだのは、これのおかげ。でも、王家はニルスとシェリを、私から引き離した。独り残された私は生きる気力を失って、食べるのをやめた。これが事実上、王家が私を死に追いつめた、とみなされた。神法に関しては、私もさっき知ったことよ。もし知っていたとしても、私の行動は変わらなかったと断言できるけど」
そう。俺が新王として起つその交渉の中で、ウィデル王家が何を犯して加護を失ったのか、春の女神に聞いたのは俺だ。エルシェリア王女はその時まで、ウィデルの神法についての知識はなかった。
「ウィデル王家は、おそらく神法を口伝で残していたんだ。選民意識に凝り固まって、紙に残して、他に見られることを嫌ったんだと思う。クライン侵攻に関しては、たぶん神法にひっかかることすら知らなかったんじゃないかな」
だから、すでに加護を持つ国で、エルシェリア王女は生まれた。
もうウィデル王家が春の女神と交わした盟約は、綻びだらけだった、ということだ。
神の言葉を聞けるエルシェリア王女によって盟約が正されていれば、ウィデル王家は存続していたかもしれないが、その可能性を潰したのは、ウィデル王家自身。
『もしも』は、ない。
俺の場合は完全なイレギュラーで、運の神が「夏に借りがある」と言ったところに関連するらしいが、詳しくは聞けていない。俺が春の女神と盟約を交わす、ってところで、運の神は完全にへそを曲げてしまった。そこから会話ができていない。
セインはため息をついた。
「起こらずに済んだかもしれなかった戦争は、それでも起こってしまった。なかったことには、当然できない。バートン侯爵。ああ、侯爵はまずいか」
言葉を切ったセインに、バートンも少し困ったように小さく笑った。
「ただ、ウィリアムと。私は王ではありません。管理者ですので」
セインは口角を上げた。
「では俺のことも、フォルセインと。次のトップは話ができそうでありがたいな。国家間交渉に関しては、もちろんトップが変わったからといって手を緩める気は一切ないが、この件にある程度の決着がつけば、経済制裁の輸出制限を解くことに加えて、加護が国内に行き渡るまでの間、人道的支援を請け負うことを約束しよう。どうする。今からでも始めるか」
バートンの表情が、一気に明るくなった。
「ぜひ。書記を兼ねて、こちらの人間をもう1人呼んできます」
言ってる先から立ち上がって、止める間もなく食堂を出て行った。
ああ、さっそくカモがネギしょってきますみたいな反応を・・・。
「俺たちは撤収するからな」
まさか付き合えとは言わないだろうが、セインが何か言う前に、釘を刺した。
するとセインは満足そうな笑顔で俺を見て、うなずいた。
「感謝する、ラルフ。取引以上の働き分は、クラインに帰ってからのお楽しみにとっておいてくれ」
「いや、上乗せは必要ない」
俺は食い気味に断った。
また英雄が活躍しただとか何とか言って、王家の広告塔にされるのはもうごめんだ。
「遠慮するな。俺は等価交換の男だぞ」
「等価の種類によるな。俺は平穏な生活を望んでいる」
「ふむ・・・。わかった」
いやわかってないな?
俺がさらに言い募ろうとするのを無視して、セインは立ち上がった。ロザリンド様を伴って、エルシェリア王女が座る席へ向かう。
それを見ていたエルシェリア王女の目線に合わせるようにかがんで、見たことのない神妙な面持ちで、セインは言った。
「覚えてるかな」
エルシェリア王女は微笑んでうなずいた。
「あの時の男の子ね? 無事でよかった」
セインが泣きそうな顔で笑う。
「うん。遅くなってごめん。ずっと、礼を言いたかった。あの時、助けてくれてありがとう。おかげで俺は、まだ生きてる。結婚もしたんだ」
ロザリンド様が深く腰を落として最敬礼をとった。
「ロザリンドと申します」
エルシェリア王女は嬉しそうに深く微笑んで、座ったまま、美しい仕草で胸に手を当てて頭を下げた。
「座したままにてのご挨拶となります失礼をお許しください。エルシェリアと申します。お会いできましたこと、光栄に、また嬉しく存じます」
その柔らかい動きや話し方は、シェリにそっくりだ。
だって、シェリがマナーの先生なんだもんな。
ここで一生を終えることになるかもしれなかったエルシェリア王女に、それでもシェリとニルスは、自分たちの知識を分け合い続けた。
3人の努力は、ちゃんと報われてる。
「クラインに来てくれるんだろう? 歓迎するよ」
この話はこれで終わり、とばかりに明るい声で話題を変えたセインに、エルシェリア王女はこてん、と首を傾げた。
「それなんだけど。どうなるの? ラルフには、シェリがいるでしょう? 私がクラインに行って、問題はないの?」
「な、何で、そのことを」
俺は動揺した。




