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英雄にされた俺と、隣国の妖精姫の事情  作者: 穂高奈央


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41. テスとエイデン

「この子の母親は、風邪をこじらせたところに栄養失調になって、容態が好転していない。ここ1か月ほど、俺の往診の患者なんだ」

 エイデンはぽん、と子供の頭に手を置いた。


 ふきんの拘束を解かれた子供を膝に抱いた、同じく拘束を解かれたエイデン、シェリル、テス、コニー、いつの間にか後ろから様子を見に来ていたニルスも加わって、馬車の中で向かい合って座っている。


「これをどうぞ」

 テスが子供に、袋いっぱいに入ったクッキーを手渡した。

 受け取った子供は、頭をぺこりと下げた。

「悪いことをしようとして、ごめんなさい。これ、ありがとう。母ちゃんにあげていい?」

 と、上目遣いにテスを見つめた。


「いいですよ。帰って、お母さんと一緒に、あなたも食べてくださいね」

 テスが柔らかく笑んで、子供の頭をなでた。

「うん。ありがとう。ねえ先生、俺、先に帰っていい?」


 そわそわとエイデンの膝から抜けて、子供は立ち上がった。一刻も早く母親に食べさせてあげたいのだろう。

 その様子に微笑みながら、エイデンはうなずいた。

「ああ。気を付けて帰れよ」


 子供が馬車から降りて駆けて行った、その少しの沈黙の後。口火を切ったのは、エイデンだった。

「テシーがいるってことは、あんた達はクラインから来たんだろう。よくここまで来られたな? あの雪を、除雪してきたのか? ここ最近ずっと、雪のせいで国境は封鎖状態になっていたはずだ」


 その疑問は最もだが、ものすごく説明がしづらい。シェリルはテスを見たが、テスも何を考えているかわからないようなあいまいな笑みで、間を持たせている。


「テスと、お呼びください。それが本名です」

 テスは、質問に答えなかった。ただ、偽名で通していた人間が本名を明かすその意味は大きい。

 エイデンは不意を突かれたように、目を瞬いた。


「ああ、悪い。俺も名乗ってなかった。俺はエイデン・バートン。町医者だ」

「町医者、ですか」

 テスがまた目が笑っていない笑みをして、つぶやいた。


「何だよ。自分はカードを見せずに、俺にだけジョーカーを引かせるつもりか?」

 焦った様子のエイデンに、テスはにこりと笑う。

「いいえ? 探られたくない腹は誰にでもあるでしょう? と、言っているんです。名乗りませんよ、私以外は」

 テスが先手を打ってくれて、助かった。シェリルは内心でほっと息をついた。

 あの流れで名を名乗るにしても、現時点でどう名乗ればいいか、シェリルにはわからなかった。


 詮索するな、と暗に言われて、エイデンは酸っぱいものでも飲み込んだような顔をした。

「~~~! わかった。じゃあ、実利のある話をしよう。そこそこの規模の旅団(あんた達)が野営してるって話は、昨日の時点で、王都のある筋でちょっと話題になっていた。それをたまたま聞いたあの子が、食料欲しさにここまで来てしまったんだ。俺はそれを知って引き取りにきたわけだが・・・。確認だ。あんた達は、ウィデルで今何が起こっているのか、知っているのか?」


「加護が、失われましたか?」

 テスの、質問に対する質問返しに、エイデンはそれでも気を悪くする様子もなく、うなずいた。

「そうだ。3か月前、ウィデル王家は貴色と言われていた王家のあの髪と瞳の色を失った。何をやらかしたのかはわからないが、神法に触れたんだ。あの時から、加護は失われている」


 ウィデル王家が加護を失ったことについては、すでに予想がされていたから、驚かない。

 でも、その持つ髪と瞳の色を貴色だと言い、それを何よりも誇りに思い、エルシェリアを色無しと虐げた王家が、その色を失った。

 そう聞いて、なお何の感情も湧かない自分に、シェリルは自分で自分に驚いていた。


 ざまを見ろ、とも、やるせない、とも思わない。

 ただ、事実を受け入れている自分がいる。

 もう、ウィデル王家は脅威ではない。

 ただ、それだけの事実を。


「誰か、色を失った王家の姿を見たんですか?」

 テスの問いに、エイデンは頷いた。

「今の暫定政権を()っているトップとその側近が、王宮の奥に閉じこもっていた王家を貴族牢に勾留した。その時に」


「クーデターですか?」

 テスの問いは、短く淡々としている。

 問いというより、予想の確認、なのかもしれなかった。

 エイデンは苦い顔をした。


「色を失ったのは自業自得のくせに、王家はそれが明るみに出ることを怖れて身を隠し、民を顧みることなく自己保身に走った。国は混乱した。誰かがやらなければ、国が崩壊していた」

 つまり、クーデターは起こったのだ。クーデターというより、空いた玉座に誰かが座った、が正しいのかもしれない。


「非難しているわけではありませんよ。加護を失った国を背負って()つのは、生半可な気持ちではできませんから」

 テスは穏やかに、諭すように言った。


 エイデンの論調は、暫定政権寄りだ。

 そうなるのは当然かもしれない。シェリルは思う。

 ウィデル王家は、民を見捨てた。

 いや、最初から、民など見ていなかった。


 どこか上滑りするように、ふわふわとテスとエイデンの会話を聞いていたシェリルは、ふ、と我に返った。

(待って。じゃあ)


「「エルシェリア様は」」

 ニルスとまったく同じタイミングで同じ文言を言ってしまい、同じタイミングで2人、口をつぐんだ。


 エイデンが、驚いた顔で2人を見る。

「・・・あんた達。もしかして・・・いや。そんなはずは」

 エイデンは片手で口を覆って言葉を切った。

 何かを知っているようだ。

 やって、しまっただろうか。

 少なくとも、自分達がここでエルシェリアの名を口にするべきではなかった。

 シェリルは失言を悔やんだ。

 少し黙って様子を見よう。ひと呼吸置いて、自分を落ち着かせる。


「エイデン様。暫定政権のトップとは、バートン様でしょうか?」

 テスが、微妙に漂う緊張感などものともせずに、いつものゆっくりとした口調で尋ねた。


(バートン様?)

 シェリルはエイデンを見た。

 確か、エイデンはさっき、自らをエイデン・バートンと名乗っていた。だが、この感じだと「エイデン様」と「バートン様」はおそらく別人で、おそらく親族だ。

 とすれば。エイデンは。


 エイデンは不機嫌を隠そうともせずに、テスに毒付いた。

「変わらないなテシー。いや、テスか。自分の手持ち(情報)は出さずに相手のカード(情報)だけを全見せさせるようなやり方は、いつか遊び相手(情報提供者)をなくすぞ?」


 テスは穏やかな笑みを崩さない。

「人聞きの悪い。最終的に損をさせたことは、一度もないはずですよ?」

 何だろう。ただでさえ低い気温が、一段低くなった気がする。

 シェリルは無意識に自分を腕で抱き込んだ。


 エイデンはくしゃくしゃ、と頭を乱暴に手でかき回すようにしてから、大きなため息を1つついた。

「わかった。持ってる情報は開示する。どうせ、こっちの思惑なんて、お見通しなんだろう?」


 テスは、少し滑稽にも見えるかわいい仕草で肩をすくめた。

「あなたがあの子を引き取りに来たというのが嘘だということが、わかっているだけですよ」


(そうなの?)

 シェリルはテスのその言葉に驚いてエイデンを見ると、エイデンはばつが悪そうに天を仰いだ。


「あなたは、クラインからあの封鎖された国境を越えて来た私たちが、国家間交渉のための使節団だと知っている。どうやってあれを越えたのか、流通ルートは今後も確保できるのか、何なら今、私たちが持っている食料の買取は可能か、そもそもこれらの交渉の余地はあるのか。その辺を探りに来たら、あの子が捕まっていた。そんなところでしょう」


 今日のお献立を読み上げるように滔々と話すテスに、エイデンはあからさまにげっそりした。

「見てきたように話すな。その通りだよ。暫定政権を執っているのは、俺の兄貴、ウィリアム・バートン、バートン侯爵だ。俺は、その関係でクーデターの時王宮にいた。その時に、診察を依頼されてエルシェリア王女殿下にもお会いしている」


 診察?

 その単語に、シェリルは血の気が引くのを感じた。

「エルシェリア様はご無事なのですか」

 立ち上がって声を荒げたのは、ニルスだった。


 エイデンは座ったまま、ニルスを見上げる。

「あんたは、ニルス・カーターか」

「・・・そうです」

 少しの躊躇の後、ニルスは肯定した。

 死んでる設定ですよ、と止める気には、シェリルにはなれなかったし、テスもコニーも、止めなかった。


 エイデンはシェリルも見た。

 名は聞かれなかったが、兄の名を知っているのだ。シェリルがシェリル・カーターだと推察したに違いない。

「王女殿下は、ご無事と言えばご無事だ。病気も怪我もない。ただ特殊な環境下にいらっしゃる。俺たちは、擦り合わせをする必要があるな」


「お茶でも、淹れましょうかね」

 テスが立ち上がった。

「お茶?」

 突然話題が変わったことに、エイデンが面食らう。


「喉が、渇いたでしょう?」

 テスが、ニルスとシェリルに微笑む。

 大丈夫。落ち着きなさい。

 そう、言われている気がした。


「お願いします」

 シェリルがうなずくと、テスは穏やかに笑んだ。

「承知いたしました。おいしいお茶を、淹れましょう。私は、料理人ですからね」

 テスが馬車を降りるのと同時に、ニルスが座り直した。

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