39. 異変
王宮までの移動用の馬車1台以外は野営地に置いたままにして、セインとロザリンド様、近衛に混じって俺とセドリックが王宮入りすることになった。
野営地に残るシェリとニルスは、テスとコニーに任せた。
夜が明けても、王都に人の姿は見えない。ただ遠くで、俺たちをうかがう気配はする。
敵意は感じないから、王都の民か、王宮側の人間か。
凍てつく街で、気軽に立ち話なんてできない状況にあるのはわかるが、王都なのに、まるでゴーストタウンだ。
それほどの道のりじゃなかったが、結局誰を見かけることも、他の馬車に行き会うこともなく、王宮の門にたどり着いた。
「クラインの使節団だ。国家間交渉のために訪れた。報せはいっているはずだ」
うちの近衛が門兵に話しかけると、少し慌てた様子で門兵の1人が王宮内に走っていった。
何だ?
セインの狙い通りに、俺たちが来るぎりぎりに抗議の書簡が届いてるとして、情報共有ができていないにしても、なんだろう、門兵の動きが素人くさいというか。
すぐに門は開き、俺たちは通された。
また違和感。
守備が甘い。というか、衛兵が極端に少ない。
王宮なのに、歩いている貴族や官の姿も見えない。
クラインしか知らないが、他国は、こんなものなのか?
俺の困惑は、間違いじゃなかったようだ。セインが歩みをずらして俺の隣に来た。
「様子がおかしい。天候だけがその要因だとは思えない。先導に気付かれないように、セドリックと抜けろ。離宮を目指せ」
聞き取れるぎりぎりの小声で、セインが命じた。
先導の兵士は1人しかいない。
こんな話をしてても気付かない兵士をまいて抜け出すのは簡単だ。簡単だが、いいのか?
つまりエルシェリア王女を誘拐していいってことだぞ? その指示。
「妨害が入ったら?」
「無力化しろ」
俺の問いに、間髪入れずにセインが答えた。
いやもうそれ、国際問題にならないか?
「ウィデル王権は、おそらくだが崩壊している。それはこちらで対処する。エルシェリア姫の安否を最優先しろ」
セインがさらっと衝撃発言をした。
王権が、崩壊?
クーデター、か?
でもそれなら、この違和感にも納得がいく。
直近まで国家間交渉をしていたセインには、鮮明に見える何かがあるんだろう。
ニルスから、離宮へのルートは数通り聞いている。何ならそのルート上の王宮と離宮の見取り図まで頭に入っている。セドリックに目を向けると、もう行く気満々の目をしてる。
俺とセドリックは、目配せをして2人、先導に気取られないようにして抜け出した。
***
途中、誰にも行き会うことはなく、離宮にはすぐに着いた。
離宮の入口に、やっと兵士が2人いた。
入口は、ここしかないはずだ。エルシェリア王女が幽閉されている都合上、他の入口は封鎖されているという。
ニルスの話だと、食事や物資を運んでくる以外、もしくは離宮の脇を通路として通り抜ける以外、誰も離宮には寄り付かない、ということだったから、これはやっぱり、通常の状態じゃないんだろう。
「何者だ。ここから先は立入禁止だ」
俺たちを見て、兵士は棒読みみたいな台詞と一緒に武器をかまえた。いや遅いって。しかも、突入しようと思えば簡単にできる間合いまで、もう侵入を許してる。
「クラインの『英雄』だ。本物の花嫁を、返してもらいに来た」
セインが送った抗議の書簡、筋書き的にはそういうことになっている。
強行突入の線もあったが、ここはとりあえず筋書き通りにいってみることにした。
あまり事を荒立てたくない、というか、本当にこいつらチョロそうで、一般市民に手を上げるような罪悪感に苛まれている。
「と、通せません」
狼狽えながら、兵士の一人は言った。
なぜ敬語。どうしよう、こんなの手が出せない。
「許可を得ずとも通るが?」
セドリックが容赦なく威圧をかけて凄んだ。お前、強心臓か。
「開かないんだ! あんたが、『英雄』が、神の愛し子の望むものを殺したから! 扉は開かなくなった」
もう一人の兵士がわめくように叫んだ。
ん? 何だ?
「じゃあ、何でお前たちはここにいる?」
扉が、開かないなら。誰も入れないなら。
いったい何を守ってる?
いやそもそもこいつの言ってることの意味を、俺も全部理解できてるわけじゃないが。
俺の問いに、敬語の兵士がじっと俺を見据えた。
「エルシェリア様は、加護を失くしたウィデルの、最後の希望です。あなたには、渡せない」
兵士がもう一度改めて武器をかまえ直した。いや、だから遅いんだって。
でもこいつの言ったこの言葉で、なんかいろいろつながった気がした。
セインの予想通り、ウィデル王家は何かをやらかして、加護を失った。その流れなのか何なのかはわからないが、エルシェリア王女が実は神の愛し子だった、ということも、知れてしまったんだろう。
失った加護を繋ぎ止められるのは、神と言葉が交わせる神の愛し子だけ。
エルシェリア王女を守ってる、というよりは、逃げ出さないように見張ってる?
最後の希望、だと?
俺は怒りで頭の芯が熱くなった。
「お前らは、色なし姫だと幽閉していた王女を、今度は神の愛し子だからとまつり上げて、また閉じ込めるつもりなのか」
「ゆ、幽閉していたのは王家の奴らだ! あいつらは、色を失って身を隠した。俺たちが何とかするしかない」
王家自ら、逃げ出したのか。だから、王権は崩壊した。でもそんなの知ったことか。
そのことと、エルシェリア王女をまた幽閉しようとしていることとは、関係ない。
扉が開かなくなった。それは、彼女の必死の抵抗なんじゃないのか。
「どけ」
俺は兵士2人を突き飛ばした。こいつらに怒りの矛先を向けるのは、たぶん何か違う。
突き飛ばすだけにして、俺は扉の前に立った。
「今の暫定政権の責任者に報告してこい。王女はもらってく」
セドリックが言って、起き上がろうとする兵士たちを見下ろして威圧をかけた。
兵士たちは青ざめて、走り去っていった。
これで、セインのところにも情報が伝わるだろう。
扉は、兵士たちが言った通り、開かなかった。
「エルシェリア王女。あなたを迎えに来ました。開けてください」
声をかけてみたが、応えはない。
というか、扉が開かなくなったのは、いつからだ?
あの兵士の話だと、『俺が神の愛し子の望むものを殺したから』だと言っていた。
ウィデルからうちに届いた書簡。あれは、王家が出したものだと思っていたが、違う。
あれを出したのは、逃げ出した王家の後に起った暫定政権だ。
『神の愛し子の望むもの』はたぶん、ニルスとシェリだ。あの書簡には、2人に帰国を促す内容が書かれていた。暫定政権は、セインからの書簡には返信できなかったが、エルシェリア王女が望んだから、あの書簡をうちに送った。
望みを叶えて、エルシェリア王女に、もう一度加護を願ってもらうために。
それなのに、『偽の王女』と『暗殺者の騎士』を、『英雄』が殺してしまった。それを暫定政権が知って、エルシェリア王女に伝わるのは、セインの抗議の書簡がここに届いた時のはず。
そこから扉が閉じられているのだとすれば、飲食の供給も、当然断たれているだろう。1日? 2日?
無事なのか?
「頼む。開けてくれ! 返事だけでもいい!」
俺は扉をがんがん叩いた。
でもやっぱり、反応はない。
扉をぶっ壊すか。そう考えた時。
『春。開けてやれ。お前の愛し子の、望みのものを連れてきた』
声が響いた。あいつだ。俺の加護神。自称、運の神。
少しの間を置いて、扉がわずかに光を帯びた。
その後光を失った扉は、押しても引いてもびくともしなかったその扉は、すんなりと開いた。
「ありがとう」
俺が宙を向いてつぶやくと、
『なるほどね』
変な答えが返ってきた。
何がなるほどね、なのか。気にはなったが掘り下げるのはやめた。今忙しい。
「セドリック」
中に入ったらまた扉を、今度は俺が鍵をかけて閉めきるつもりだったから、セドリックを呼び寄せた。
外に残しておくと危ない。他の奴らが。
***
扉を抜けて、廊下を歩いた先。
目的の部屋の扉は、開いていた。そこからわずかに、光が漏れている。
その部屋。不思議な、ほの明るい光に包まれたその部屋。ニルスから聞いていた、エルシェリア王女が普段生活しているというその部屋に、それはあった。
「卵・・・?」
明るい光の中心、宙に浮かぶ、大きな半透明の、卵のような殻の中に、簡素なワンピースで身を丸めてまどろんでいる、少女。
妖精姫。誰かと問わなくても、彼女がエルシェリア王女だと知れた。
息を呑むほどの聖性。これはこの殻に包まれているからかもしれないが、それでも、セインが「妖精かと思った」と評したのは、間違いじゃない。
これを見た奴らに、エルシェリア王女が神の愛し子だと、知れてしまったのかもしれない。
少し、気圧されていたのかもしれなかった。
声をかけられずにいたら、エルシェリア王女の方が薄目を開けて、こっちの方にわずかに首を動かした。目は合わない。
「あなたが、英雄? あなたが、私の夫?」
透き通る高い声で、エルシェリア王女は歌うように問うた。
ただ、表情も、感情も読み取れない。
これは、どういう状態だ?
「ラルフ・ハリントン。英雄に担ぎ上げられた、ただの人です。書面上ではあなたの夫だが」
「殺して?」
俺が話すのを遮って、エルシェリア王女はまた、歌うようにささやいた。
「え?」
聞き取れなかったわけじゃないが、俺は聞き返した。あんまり自然に不穏な言葉が出てきたから、戸惑った。
「ニルスやシェリを殺したみたいに、私も殺して? 私、もう自分で死ねないの」
どこを見ているのかわからない瞳を細めて薄く笑むその表情は、壮絶なまでに美しくて、同時にひどく危うかった。




