37. 神の愛し子
「手狭だから、手短に済ませる」
面子が集まってすぐ、セインはそう切り出した。
セインとロザリンド様が宿泊している部屋、続き部屋の手前の方だ。
たぶん奥の部屋が、寝室なんだろう。
この宿屋で最上級の部屋とはいえ、8人も集まると、少し窮屈だ。
応接のソファなんてあるはずもない。壁際にある書き物用の机に備え付けの椅子はあるが、セインもロザリンド様も立ったままだ。
「先遣隊を2名出してウィデル国境を見てきてもらっていたのが、さっき帰ってきた。封鎖されてるかもしれないって話だったが、封鎖というより、積雪が尋常じゃないらしい。人為的なものじゃなさそうだ。門に隣接する関所に人の気配はなく、夜間に灯りのともっている様子もない。夜とはいえ、国境の関所に誰もいないとしたら、ウィデルの防衛上、それは異常事態と言える」
二国間の関所は一方通行になっている。俺たちが向かうのは当然、クラインからウィデルへの関所だ。
少し離れた場所にあるウィデルからクラインへの関所は、クライン側に建物がある。クラインの関所の役人が、豪雪で職務につけないということはないはずだが、ウィデルから難民が出ている、との情報は、まだあがっていない。
でもこの雪で、さらに国家間交渉中でクラインの食料輸入量を制限されている今、食料事情は相当厳しいはずだ。難民が出てもおかしくはない。
「積雪は、どのくらいですか?」
ニルスが尋ねた。
「見に行った2人の身長を超えるほど積もっていて、今なお降り続いている。門の向こうに続くはずの道が、格子ごしに見て、雪に埋もれてどれかわからなかったそうだ」
シェリとニルスが驚いたように顔を見合わせた。
「街道で除雪もされていないというのは、考えられません。それにその積雪量は、雪深いウィデルでも、あまり聞きません。これが・・・3か月も?」
ニルスが厳しい顔つきになる。シェリが、ふるりと体を震わせた。
「これはまるで」
その先は言ってはならない、とでもいうように、シェリは口を引き結んだ。
「まるで、女神の加護を失ったような?」
歌うように、セインが後を引き継いだ。
そのまま、俺を見る。
「ラルフ、前の面会の時に、俺がウィデルの異常気象に対する仮説を立てていたって話、したのを覚えてるか?」
俺はうなずいた。もちろん覚えてる。
「ここにいるのがシェリな時点で、仮説の確証が得られなくなった、って」
セインはうなずいた。
「異常気象が始まった時期も考慮して、エルシェリア王女が国外に出たことによって、ウィデルの守護神たるシェ・エル・リラ・ユンの加護を失ったことがウィデルの悪天候の理由、というのが俺の仮説だった。悪天候、というよりは、加護を失くしてもともとのこの辺りの気候に戻った、ということだと、俺は考えている。おそらく、エルシェリア王女は神の愛し子だ」
シェリがひゅっと息を呑む音が聞こえた。
神の、愛し子。実在するのか?
情報量が多すぎてパンクしそうだ。
「まさか」
ニルスがつぶやいた。
神の愛し子について、俺にはそれほど知識がない。
そのままの意味、神に愛され、特別に加護を受けた者。幼い頃に、そういうのを母親から聞いたような、聞いてないような。そんな程度だ。
つまり、言い伝えとか物語に出てくるような単語として、俺の中ではカテゴライズされている。
それを見透かしたかのように、セインが話し始めた。
「神の愛し子について、詳しく知っているのはたぶん、神の加護を持つ国の、それもごく一部だろう。それは、神の加護を持つ国の創始者が、みんな神の愛し子だ、ということに由来する」
あえて精力的に広めもしないが、特に秘されている、というわけでもないんだろう。セインは「これは国家機密だ」と前置きはしなかった。
そもそも、知ったところでどうすることもできないから、というのはあるだろう。
「つまり、クラインもウィデルも、国の創始者は神の愛し子だった、ってことで認識は合ってるか?」
俺の確認に、セインはうなずく。
「神の愛し子は、神と言葉を交わすことができる、らしい。個人として加護をいただいているからといって何が他の人間と違うわけでもないが、特別なことと言ったら、そのくらいだ。ただ、そのおかげで神に守護を願い、国を興すことができる、ということだな。だから通常は、すでに加護をいただいている国で、神の愛し子が生まれることはない」
それは、創始者である神の愛し子の子孫が国を管理しているから、ということなんだろう。
でももし、本当にエルシェリア王女が神の愛し子なんだとしたら、それは、彼女が生まれた時点で、ウィデル王家は女神に見限られそうになってたってことなんじゃないのか。
隣で、シェリがふる、と身を震わせた。
「シェリ?」
俺が小さく声をかけたら、シェリは泣きそうな顔でこっちを向いた。
「何だ? 言いたいことがあるなら聞くぞ?」
セインが小さく首を傾げた。
シェリは、少し躊躇った後、セインに向き直った。
「殿下もご存知の通り、エルシェリア様は幼い頃から『色なし姫』とウィデル王家に蔑まれ、幽閉同然の暮らしを、今もなお余儀なくされています。もし本当にエルシェリア様が神の愛し子なのだとしたら、どうして・・・。ウィデルでは、神の愛し子は最も敬うべき存在だと教えられます。だからこそ、その末裔たる王家は絶対的な存在なのだと」
セインはうん、とうなずいた。
「そこは俺も引っかかるところではある。ウィデル王家がわかってやってたか、ってとこなんだよなあ。でもエルシェリア王女が神の愛し子だというのは、俺の推測ではあるが、たぶん間違ってない」
「根拠があるんだな?」
俺の問いに、セインは肩をすくめた。
「根拠というほどのこともない。エルシェリア王女は、俺を匿ってくれたあの時、見えない誰かに視線を送って、うなずいた。子供が草陰に隠れたところで、見つかる可能性の方が高かったはずなのに、あいつらは間近に来ても俺たちに気付かなかった。殺人者がターゲットの子供の気配を読めないなんて、通常はあり得ないだろう」
「確かに、エルシェリア様があらぬ方向を向いていらっしゃることは、よくありました」
シェリが言うと、ニルスもうなずいた。
「子供の頃、何か見えるんですかと尋ねたことがありましたが、あいまいに微笑まれるばかりで。それからは、聞いたことはありません」
セインはうなずいた。
「それに、何よりあの容姿。子供ながらに畏怖さえ覚えるほど美しい人だった。それこそ、最初人だと思わなかった。神の愛し子というのは、みな一様に美しいらしい。そういう意味では、お前も神の愛し子レベルではあるけどな」
からかうように言うセインに、俺は顔をしかめた。
「クラインで、神の愛し子が生まれちゃまずいだろう」
何より、俺は神の姿が見えたこともないし、声を聞いたこともない。
「まあ、エルシェリア王女が神の愛し子かどうかは、本人に聞いてみないとわからない。ただ、この異常気象は、おそらく春の女神の加護を失った結果だと推測する。ウィデル王家は、何か別のことで、神法を犯したのかもしれない。何にしろ、明日関所に着いた時に誰も詰めてる人間がいなかったら強行突破するしかないし、その後も除雪して道を切り開きながら進む話になるだろう、という連絡だった。総出で雪かきってことになるかもしれないから、今日はゆっくり休んでくれ。すまない。あまり手短ではなかったな」
いや、内容の濃さの割には手短だったよ。
もう腹が、いや頭がいっぱいだ。
消化不良で、この後ぐっすり眠れるかどうかは、あんまり自信がなかった。




