36. ウィデルへ
ウィデルへの旅は順調だった。
心配していたシェリの馬車酔いも、乗ってる馬車が違うからなのか、初日からまったくなかった。
ウィデルからクラインに来た時は、行程が強行軍だったことや、シェリの心身が不調だったことも、馬車酔いに悩まされた要因になったんだと思う。
何度も体調を尋ねたせいで、シェリには嬉しそうではあるが、笑われつつ礼を言われ、コニーには生温い視線で見守られ、ロザリンド様には「まさかあのラルフがこうも変貌するとはな」とからかわれた。
あのラルフ、って何だ。ロザリンド様の目には、俺は戦場でどう見えてたんだか。
テスとは、毎日休憩時間に対戦をしている。
今日初めて惜しいところまで追い詰めたが、まだ勝てていない。
あの動きは正直、自然の摂理を無視している。どうなっているのかいまだにわからない。でも、セドリックがわざわざ手合わせを、と願う気持ちはよくわかる。
あれに勝てたら目の前にある壁を1つぶち抜ける気がする。一段強くなれるんじゃないかと、思える何かがある。
近衛の何人かも挑戦したそうではあるが、負ければゴールデンドロップだ。安くはない。
旅をしていると、人との距離が近くなる。
宿で浴場にいると、ニルスが俺の左腕に目を留めた。
すぐにシェリの作ったものだと気付いて、シェリは同行しているのに、と思ったんだろう、不思議そうな顔をするから、俺が欲しいと願ったんだと言うと、穏やかに笑って頷いた。
そんな旅も、もう6日目。
国境よりも少し手前、そこそこ大きな街の宿まで来ている。
今は夕食も終わって、一日で一番ゆっくりできる時間だ。
明日、いよいよウィデル入りすることになる。
ウィデルに侵攻されて、壊滅して今はもうない村の跡は、ルートからはずしてもらった。
たぶん、シェリが見ることはない。
知らない方がいい、とは思わない。
思わないが、でも、ウィデル王家が背負うべきものを、今シェリだけが背負うのは、違う気がした。
ウィデル行きの一行は、連なる馬車には紋章をつけていなかったし、近衛は騎士服を着用せずに馬に乗っていた。でも何しろ荷物と人数が多い。目立たずに動くこと自体が無理な話で、行く先々ですぐにフォルセイン殿下夫妻の旅団だとばれて、大歓迎を受けることになった。クライン国内にいる間は、野営の必要はなかった。
改めて、セインの人気を思い知る。
クライン王家はもともと国民に愛されているが、セインはウィデルとの戦争で指揮をとったことでも知られている。特に人気は高い。
俺はといえば、当然見つからないように目深に帽子をかぶってやり過ごしている。
俺だけならまだしも、今回はシェリがいる。
そのシェリは、ロザリンド様のお付き、っていうていで、コニーと同じ立場で参加している。
近衛にすら、伏せたまま。
エルシェリア王女がウィデルで今どういう状況にあるのかわからない以上、あと許可を得ていない現状で、公にシェリが『エルシェリア』を名乗るわけにはいかなかった。
それについての弊害と言えば。
俺はまた、シェリが近衛の1人につかまっているのを見つけてしまった。
あいつ。昨日もシェリに言い寄ってた。
シェリが、困ったように苦笑して、首を横に振っている。決まった相手がいる、と言っても信じてもらえないらしい。というか、あいつはごり押しするつもりなんだろう。
シェリはもともと目鼻立ちが整っているが、俺の贔屓目を差し引いても、最近本当にきれいになったと思う。
言い寄る男がいても、全然不思議じゃない。
「シェリ」
俺はシェリに近付いて声をかけた。
ここではエルシェリアを名乗れないから、シェリの正式名称が『シェリ』だ。
「旦那様」
シェリが助かったー、って顔で俺を見る。
コニーと同じ立場って設定になってるから、シェリは俺をラルフとは呼ばない。
「頼みたい仕事があるんだ。かまわないか?」
シェリに向けて言う俺の視界の端に、近衛の少し不機嫌な顔がちら見えしている。
近衛だろう。感情をわかりやすく表に出すなよ。
「はい、大丈夫です」
言って、シェリは近衛の方に向いた。
「では、失礼いたします」
クラインの略式の礼をとって、俺の方に歩み寄った。
俺は近衛に言葉をかけることなくシェリと歩き出した。
コニーもシェリも、旅の間はロザリンド様付きではあるが、うちの従業員だと近衛には伝えてある。
初回は「すまないな」と声をかけたが、2回目はさすがに「手を出すな」の牽制だとわかるだろう。
「何度も申し訳ありません。私、コニーみたいにうまく断れなくて」
シェリが衝撃発言をした。
「コニーも言い寄られてるのか?」
「はい。あ、さっきの方とは別の方ですよ? コニーはそういう対応も上手なので、すぐ笑顔でお断りできるんですけど」
セインの近衛には、勇者がいるらしい。セドリックに気付かれたら消されるぞ。
いや、もう気付かれている可能性は高い。
もう消されている可能性は、・・・いや、さすがにな・・・。
「公表してないからなあ」
俺のつぶやきに、シェリがうなずいた。
コニーは、「上司でもないのにわざわざ報告する必要がありません」と言って、セドリックとの婚約をセインたちに報告していない。セドリックは、コニーが婚約者だという事実があれば、誰に知らせようが知らせまいが、どうでもいいらしい。
セインに、近衛の勤務時間外の恋活をやめさせるよう進言した方がいいかもしれない。
ウィデルの王宮に着く前に、近衛の人数減っても困るしな。
そんなことを思いながら歩いていたら、コニーが廊下の向かい側から歩いてきた。
「お二人一緒でちょうどよかったです。セイン様が皆様をお呼びです。ハリントン邸全員に召集がかかりました。私は他の方を呼んできますので、旦那様とシェリ様は、どうぞお先に」
俺はコニーに礼を言って、セインとロザリンド様の宿泊している部屋に、シェリと向かった。
そろそろ呼ばれるかな、とは思っていた。
国境から少し離れたこの街ですら、異変はもう起こっている。
クライン国内にありながら、この街は少し気温が低い。
夏の神の加護を受けたクラインは、年間を通してそれほど気温が下がることはないし、特に今はその中でも暑い季節と言える。それなのに、この街は明らかに涼しい。
近衛が街の人に聞いた話では、ここまで涼しくなったのは最近だが、やっぱり3か月くらい前から、気温は下がり始めたのだという。
クライン国内が影響を受けるほど、ウィデルの環境は変化してるってことだ。
ウィデルで何が起こってるのか。
エルシェリア王女は。
同じことを考えたんだろうか、隣で歩くシェリの横顔は、少し厳しい表情になっていた。
お読みいただきありがとうございます!
体調不良などありまして、色々追いつかなくなっており、とうとう通勤電車でスマホ打ち、という事態に・・・
なので、確認が遅れましたが、ブクマありがとうございます!
頑張れます!




