33. 気が付けば総出
いやでもシェリ。
「馬車酔いひどいんじゃなかったっけ?」
俺が隣から小さくささやいたら、シェリはそうだった、みたいな顔をした。花がしぼむみたいにしゅんとなる。
「も、申し訳ありません。使いものにならないかもしれません。でもお願い申し上げます。積荷の1つとして、端の方にでも捨て置いていただければかまいませんので」
いやいやいや。ダメだろそんなの。
もしかして輿入れの時、そうやってウィデルからここまで来たんだろうか。
だとしても、じゃあ慣れてるからいいよな、とは当然ならない。
どう説得したもんかなー、と俺が思いあぐねていたところに、ロザリンド様がにっこりと笑った。
「私の乗る馬車は、ウィデルの馬車よりおそらく揺れは少ない。フォルが特別に作らせたものだからな。馬車酔いもそれほどにはならないかもしれない。かまわないよ。一緒においで」
ロザリンド様は、シェリを気に入ってくれたようだ。
シェリの顔がぱぁっと明るくなった。
「できる限り、お邪魔にならないよう、お仕えいたします。ご厚情に感謝いたします」
女子2人で話がついてるけど、いや。
ロザリンド様も来る予定だったって?
俺がセインに目を向けると、セインは苦笑した。
「ウィデルは天候不良が続いてるっていうし、俺は止めたんだけどね」
ロザリンド様が口をとがらせた。
「王城生活は窮屈なんだ。公務はちゃんとこなしている。息抜きは必要だ」
ああ、そうだろうな。
俺がロザリンド様に初めて会ったのは戦場だ。
あの時は近衛騎士としてセインに同行していたが、騎士服を着て、とても高位貴族のご令嬢とは思えない、ましてや王子の婚約者とは思えない、剣技と野営設置の手際の良さの持ち主だった。
正直、今ここでドレスを着ている方が違和感があるくらいだ。
ロザリンド様はセインと俺とセドリック、あとニルスまで見渡した。
「それに、ここにいる男性陣は忘れてるんじゃないか? 帰りにはエルシェリア王女がいらっしゃる。女手は必要だろう」
確かにそうだった。エルシェリア王女は、外に出たことがない本物の箱入り姫だが、放置暮らしが長いから、何でも自分でできるだろうって、何となく考えてた。甘いか。
というか、ロザリンド様に侍女はついていないのか。
「シェリル様がいらっしゃるなら、私も行きますよ」
コニーが言った。ロザリンド様が嬉しそうだ。
「セイン、大丈夫なのか? 大所帯になるぞ」
大丈夫じゃない、とはセインはもちろん言わないだろうが、一応聞いておく。
ついてこい、ってセインが言ったってことは、旅費全般が王家持ちってことだ。そこにシェリもコニーも、ってなると、テスを除いたうちの全員が世話になる、ってことになる。あんまり厚意に甘えて乗っかり過ぎて、借りを作りたくない気持ちもある。セインは等価交換の男だ。
セインは苦笑した。
「ローザがいいならいいよ。同行するはずだった近衛の数を減らして調整する。戦力的にはラルフとセドリックとコニーで問題なく補えるだろう」
セインは、そういえばロザリンド様には弱いんだった。戦地にいた婚約者時代からそうだった。
ロザリンド様がこの場にいてくれて、いろいろ助かってる。
あと、コニーまで戦力に数えられてる。
コニーをちら見したら、視線を感じたのかこっちを見た。
いいのか?
視線で問うと、コニーは小さく肩をすくめた。
いいらしい。
俺的には、コニーがシェリについてくれるのはありがたい。
本当は、シェリには待っててほしかった。ウィデルでは何があるか予測がつかない。少しの危険にもさらしたくない。どんな形であれ、失いたくない。
でも、それは俺の傲慢な独占欲で、ただのわがままだ。
狭い世界で生きてきたシェリが、自分から動こうとする意思を否定したら、俺はウィデル王家と変わらなくなってしまう。
セインがふいに真顔になって、俺を見た。
「クライン王家の名で抗議の書簡を出すが、それは少しずらす。書簡が届くのを、俺たちがウィデルに到着する頃合いに調整する」
セインは、本気だ。
本気で押しかける気だ。王家として礼を逸しない、ぎりぎりのところで。
準備期間も、下手な小細工も許さない。
セインは怒ってる。進まない国家間交渉もだが、ここにエルシェリア王女がいないということに、たぶん怒ってる。激怒、に近いかもしれない。
もともと、交渉のためにウィデルに行く予定だったから、セイン側の旅支度はもう整っているらしい。
うちの準備ができ次第、正確には3日の猶予をもらって、出発することになった。
少しの打ち合わせの後、面会は終了した。
***
俺たちは、邸に帰ると総出で旅支度をすることになった。
そう、総出だ。
『テスがいいって言うなら、テスも連れてこい』
帰り際、ついでのようにセインが言った言葉をテスに伝えると、テスはふくりと笑って、「かまいませんよ」と言った。
「今日の夕食、がっつり肉料理がいいな」、と俺が希望を言った時と、同じテンションで言うから怖い。
ただつまり、うちの全員がウィデルに行くことになったわけで。
だんだんと話がでかくなってる。どうしてこうなった。
とはいえ、こっちが用意するのは身の回りのものだけだ。
食糧も水も、たぶん酒も、セインが準備してくれる。ウィデルに入るまでは、現地調達も可能だろう。
だからすぐに、準備は終わると思ってた。
「なめてるらしい」
俺の部屋をノックしたセドリックは、俺がドアを開けるなり、そう言った。
「誰が? 何を?」
俺の問いに、セドリックはくい、と親指で俺たちを交互に指差した。
「俺たちが、ウィデルが吹雪いてる時の寒さを。ニルスがそう言ってる。ニルスは今シェリ様のところに確認に行ってる。明日、買い物に行く必要がある。金を持ち出すぞ」
そういえばそうか。
俺はうなずいた。考えたら、そもそもシェリとニルスは、手持ちの服自体も少ない。
「冬装備が必要なんだな。トビアスの店なら、俺行っても大丈夫かな」
トビアスの店は、旅をする人間や、長距離移動をする商人が使う、旅装御用達みたいな店で、軍にいた時、それなりに支給はされてたが、自分の好みのものや足りないものを、そこで買い足してた。
自分が買わないから、今まで冬装備の売り場はスルーしてたが、どんなものが必要なのか、どういったものがあるのか、見てみたい。
セドリックは片眉を上げた。
「興味があるのはわかるが、今回は急ぎだ。やめておけ。騒ぎになったら面倒くさい」
なんか俺が面倒くさいみたいな言い方をしないでほしい。
「わかった。俺一人、留守番なんだな」
俺はため息混じりに言った。
ここにきてまた顔問題か。まあこの場合は、無駄な知名度の問題とも言う。
「いや? シェリ様もおいていく。警護の面で面倒くさい。行くのはニルスとコニーと俺だ」
面倒くさい面倒くさい連発するな。
でもだからか。ニルスがシェリのところに「確認に行った」のは。シェリは行かないからだな。
まあ確かに、足りないものを買いに行くだけなら、全員で行く必要もないだろう。
「わかった。頼む。テスの分もな」
テスは夕食の用意だけして、急に決まった旅の準備と家族への連絡のために、早めに帰宅している。
セドリックは軽く首を横に振った。
「テスはたぶん、そこもわかった上で準備してるだろう。必要ない」
セドリックのテスに対する信頼度がすごい。ちょっとうらやましい。
翌朝、テスは普通に出勤して、普通に朝食を作ってくれた。
「準備はできたのか?」
食堂で。全員が席について朝食を食べ始めてから、テスに聞いてみた。
「ええ。土地柄、衣服が多少重くなるのは仕方ありませんが、今回は調理器具をまるまる王家が持ってきているのを使わせてもらおうと思っていますし、日程もそれほどではないので、前回より軽いくらいです」
やっぱりちゃんと冬装備を準備したようだ。
前回?
「テスは、ウィデルに行ったことがあるのか?」
俺の問いに、テスは笑ってうなずく。
「ええ、『世界の料理に触れる旅』という名目で、少し長く北方にいたことがありました」
つまり、あっちか。
この物言いは、これ以上深掘りするなよ? という意思表示でもある。暗部は辞めてもなあ、仕事内容は誰にも明かさない。
ただ、国内のみならず、国外に派遣されるほど、ってことは、テスは暗部でも相当の手腕の持ち主だ、ってことだ。
「ウィデルに滞在したことがあるのなら、もしかして、あの丸鶏の煮込みのことも知っていたの?」
シェリが反応した。今ではたまに食卓にあがる、俺が熱を出した時にシェリが作ってくれたやつだな。ウィデルの郷土料理らしい。
ただ、最初に食べたあの煮込みが、一番おいしかった。熱で体が欲していたからなのか、煮込み時間が長かったせいなのか、シェリが作ってくれたからなのか、理由はわからないが、あれは俺にとって人生で一番うまい料理だ。
「そういうものがあるのは知っていましたよ。ただ作ったことはありませんでしたので、シェリ様に教えていただいて、レパートリーをまた一つ増やすことができました」
テスが嬉しそうに笑う。シェリも笑顔で応えた。
今ではテスは、料理人だ。旅も、あくまでも料理人としての同行だ。
と思ってたのに。
「テス。道中手が空いている時でいい、手合わせしろ」
セドリックが不穏なことを言い出した。




