31. そんなの知らない
「取引とは何のことだ?」
ロザリンド様が首を傾げた。
いいタイミングだ。乗っかろう。
俺はセインが口を開く前に割って入った。
「セイン。俺は制約を守って、あの場に同席してたセドリックはともかく、ここにいる誰にも話してない。セインが予想する通り、俺は新たに取引を持ちかけるためにここに来ている。お前がそれを受けてくれるのなら、ウィデル国籍である2人にも情報共有をする必要がある。その許可を請う」
国家間交渉はまだ終わってない。それに、この婚姻の裏事情は、一応国家機密に相当する。
だから、エルシェリア本人ではないが、ウィデル国籍であるシェリとニルスに話してもいいか、と聞いた。
もともとそのためにこの2人をここに連れてきたようなもんだが、ロザリンド様がいてくれて助かった。
俺からわざわざ申し入れて頼むより、「もののついで」感は大きくなる。
と思ってたが、セインは、『そうこなくっちゃ』みたいな悪戯っ子の顔をして、口角を上げた。
あれ。俺、失敗した?
「新しい取引、いいね。受けようじゃないか。俺がローザに話すのを、同席している面々が退席もできずにやむなく聞いてしまう分には、国家機密漏洩にはあたらないんじゃないかな?」
ああ、楽しそうだ・・・。
俺はまた踊らされるかもしれない。一抹の不安を覚えた。
セインは、第二王女との婚姻が嫌で泣きついてきた俺を使って、自分の対価を支払おうとした、とは言わなかった。
「アマリーチェが独断で、ラルフに婚姻打診をしたのが事の発端だ。ラルフはこの婚姻を望まなかった。だから国もこれをよしとはしなかった。国は、『英雄』の意思を尊重する立場をとっているからね。だが『英雄』とはいえ、身分的にはラルフから王族の打診を断るのは難しい。となれば、アマリーチェを説得して打診を取り下げさせるのが1番早いが」
「不可能だ」
ロザリンド様が思わずのように呟いた。
セインも苦笑する。
「そう、不可能なんだ。唯一あいつを制御してたエヴリンが降嫁してからは、陛下ですらあいつを御しきれていない」
俺は、何と結婚させられようとしてたんだろう。背筋に悪寒が走る。
「話を戻すぞ。アマリーチェの個人的な婚姻打診を問答無用で打ち消すためには、王命を使うのが1番手っ取り早い。だが王命は、絶対的なものであるだけに、実は制限も多い。暴政に対する抑止力として、クラインでは私的要因とみなされる王命は出すことができない。それは神法で定められている」
いや、私的要因しかないぞ、今回の王命。
あと、これ聞いてもいいのか。
俺は唖然とした。
いつからこんな壮大な話になった。
神法とは、神が加護を授けた国の管理者に対して、これだけは守れよ、と定めた法のことだ。うちの国で言うと、加護をいただいている夏の神との盟約により定められた法のことをいう。クラインは王国だから、管理者は王家ってことになる。
いやいやいや。
よく今国がまだ在るな?
完全に盟約違反だろう。
俺の動揺をよそに、セインは滔々と続ける。
「ただ、難しいことじゃない。要するに、王命に政治的要因が入っていればいい。何を使うか。ウィデルだ。ウィデルとの国家間交渉は停滞している。さらに俺には、エルシェリア姫に命を救ってもらったという大恩がある。それに報いる機会を、俺はずっとうかがっていた。ちょうどいいから、これらを全部使わせてもらうことにしたんだ。ウィデル王家には、『王女を英雄の妻に差し出せ』と政治的圧力をかけるような言い方をして、エルシェリア姫が英雄の妻として、事実上の亡命ができるように陛下に王命を出してもらった。その王命で、アマリーチェのラルフへの単独婚姻打診はなかったことになる。ラルフは王命で婚姻することにはなるが、これはあくまでもエルシェリア姫の保護が目的だった。気が合わなければ白い結婚で、3年後に離婚していいということでラルフには了承を得ていた。それが、俺、というか国とラルフの取引、だな」
内容的に間違ってはいないが、なんかそこはかとなく美談に聞こえるから怖ろしい。
あと、国と取引をした記憶はない。
「アマリーチェ様にも困ったもんだな。大変だっただろう、ラルフ」
まさかこの婚姻にアマリーチェ様がからんでいるとは思わなかった、とロザリンド様は純粋に驚いた様子を見せている。
いや、実はさっきも大変でした、とはさすがに言いにくい。俺は苦笑だけで応えた。
「つい先ほどもからまれましたけど。これは事案ですよ、セイン様。ラルフ様を軍部に留め置くために、私用で伝令が使われました」
言いにくいことを、コニーがあっさりと言い切った。さらにそれを引き取って、
「カニンガム家が動いた。王家と名が付けば誰にでも尻尾を振るような駄犬は犬小屋に帰したからな。後で対応してくれ。あとしつけのなってない猫もだ。次来たらつかまえてリードを付けるぞ」
セドリックが面倒くさそうに言う。
それ、王族に頼む言いぐさじゃないからな。あと王族を猫扱いも、アウトだからな。気をつけてくれ。
セインは、でも気分を害する様子もなく、ただため息をついた。
「あいつのことは血のつながった未知の生物だと思ってるんだが、王族のくくりにいる以上、見て見ぬ振りもできないのが辛い」
血はつながってないけど家族、は『いい話』としてよく聞くが、血のつながった未知の生物、はあんまり聞かないな? 人ですらない。
セインはもう一度ためいきをついた。
「仕方ない。対処は任されよう。あと迷惑料として、ラルフが持ってきたという新たな取引に、若干のハンデを付ける」
まじか。それはつまり『等価交換』に対して多少の融通を利かせてくれるってことだ。グッジョブ、コニー、セドリック。
あからさまに嬉しそうにしたら交渉が不利になりかねないから、ぐっと感情を抑えた。
「で、そろそろ聞かせてもらおうじゃないか。ラルフの持ってきた新しい取引。実はこっちも相談、というか聞きたいことがある。たぶん、ベクトルは同じだと思うぞ」
最初から全部知ってたんじゃないかと思えてしまう、そんな口調で。セインは余裕の笑みをして言った。




