30. 面会
あれだけなんやかんやとあったのに、予定時刻よりも少し早くセインの私室に着いた。
セドリックも、部屋の前ぎりぎりのところで追い付いた。
行くぞ? と面々に視線で問うと、小さなうなずきが返る。
ノックしたら、出てきたのは侍女ではなく、セインの妻、ロザリンド様だった。
ドアを開けて、すぐに笑顔で迎えてくれる。
「待っていた。久しいな、コニー、ラルフ、セドリック。奥方も、騎士殿もどうぞ中に」
挨拶は後でと制止され、俺たちは部屋に通された。
ロザリンド様は、女性騎士だ。いや今はセインと結婚して王子妃だから、だった、と言うべきか。もちろん今は騎士服ではなく、ドレスを身にまとっている。
セインと同じく、ロザリンド様とは戦場で会っている。
俺もセドリックも、その時に名呼びを許されている。
あの当時はまだ、ロザリンド様はセインの婚約者だった。
コニーは一時的に、ロザリンド様の侍女を勤めていたことがあった、らしい。
セインと結婚する前、ロザリンド様は王城で政敵に狙われていたことがあるらしく、コニーはブレットの依頼で、その情報収集のために秘密裡に配置されていた。その流れでセインとも面識がある、ってことらしい。
今からする話に、ロザリンド様を参加させる気か?
緊急で面会申請をしている。題目通りの「妻の紹介」なわけがないことくらい、セインは当然わかっているはずだ。
どこまで情報を持ってるかはわからないが、少なくともウィデル王家から来た書簡のことは把握してるだろうし。「何かあったな」くらいの認識は持って、この場に臨んでるだろう。
妻に隠し事はしない、なんて甘い考えをセインが持っているとも思えない。
単にロザリンド様がコニーに会いたかっただけか?
何を考えてのことだろう。もうすでに主導権をとられているようで、少し不安になる。
いや、すでにこれがもう手の内か?
セインはこの部屋の先の、続きの間にいるらしい。ロザリンド様は、軽くノックをして返事を待つと、自分でドアを開けた。
人払いをしてるのか。侍女すらこの部屋にはいないらしい。
「待ってたよ。・・・って、これはさすがに想定外だったな。ラルフ、君は誰を連れてきた?」
自ら戸口まで迎えに来てくれた、セインの第一声は、これだった。
***
セインは、すぐにシェリがエルシェリア王女じゃないと気付いた。そもそもセインは幼かったとはいえ、エルシェリア王女と直接会っている。だから当然と言えば当然かもしれなかったが、年数が経ってるのに、記憶は鮮明だったらしく、その判断は早かった。
覚えたクラインの最高礼をとることもできずに立ち竦むシェリに、セインはまあいい、話を聞こう、と笑って、俺たちを部屋のど真ん中にあるソファに導いた。
私室というカテゴリーには入らないほどでかい、応接間のような部屋に、俺たちは向かい合って座った。
ニルスは固辞して、俺の後ろに立って控えた。
「ここでは発言の許可を得る必要はない。君は、あの時エルシェリア姫を探しに来ていた女の子だね」
縮こまるシェリを安心させるように、セインは穏やかな口調で尋ねた。
セインはたぶんもう9割方、今何が起こってるか把握したんだな。そういう顔をしてる。
セインから以前聞いた話を丸呑みすると、シェリ的にはセインと面識がないはずだ。エルシェリア王女に匿われ、逃がされたセインが、エルシェリア王女を探すシェリを見かけただけ。
セインの言う「あの時」がどの時なのかわからないのだろう、戸惑うシェリに、セインは自分が初めてエルシェリア王女に会った時のことを簡潔に説明した。
最初は怯えていたような様子のシェリも、話を聞くにつれて、落ち着きを取り戻したようだった。
「ウィデルで外国の要人をたくさんお招きして、大祭を行ったことがございました。とても規模の大きな行事でしたので、私も覚えています。確かにあの時、エルシェリア様のお姿が見えなくなって、探し回った記憶がございます。あの時、エルシェリア様は殿下のことは一言もおっしゃいませんでした。ただ、お祭りにはしゃいでしまったと、所在不明になって私を不安にさせたことを謝ってくださっただけでした。あの時、絶対に国外からの賓客に姿を見せるなと、陛下から厳命を受けていました。ですから、私はエルシェリア様が何かに巻き込まれてしまったのではないかと心配で」
シェリの話に、セインはうなずいた。
「ああ、ウィデル王家は『色なし』というだけで賓客から隠そうとしたんだろうが、エルシェリア姫は天使のように美しい人だったからね。心配するのは正しい。妖精姫の名は、『そこにいるのに見えない者』の揶揄みたいに言われているが、俺はたぶんそれだけじゃないと思っている。最初会った時、お互い草むらに隠れてた状態だったから、俺は人ではない何かに、それこそ妖精に出会ったんじゃないかと思ったんだ」
大丈夫かセイン。ロザリンド様の前で、そんな堂々と他の女性をベタ褒めして。
ちらりとロザリンド様の方に目を遣ると、ロザリンド様は笑顔でうなずいていた。
「既知のやつらはいいとして、初対面の相手に紹介くらいはしてくれると思っていたが、興味が別にあると駄目だな、この男は。自分で名乗ろう。私は妻のロザリンドだ。この話は何度もフォルから聞いている。だから今日は、そのエルシェリア殿が来るというので、どうしても会いたくて、無理を言って参加させてもらった」
ああ、そういうことか。セインが言うなら裏がありそうだが、ロザリンド様が言うならその通りなんだろう。
俺は安心したが、シェリはそうじゃなかったみたいだ。来るはずだったエルシェリアは来ず、自分が来てしまったことに、罪悪感を覚えてるんだろう。
隣にある華奢な体が、いやもうまとう空気からして、小刻みに震えてる。
「王家に、いえ国家に対して偽る行為をいたしましたこと、誠に申し訳ございません。申し開きをするつもりもございません。私はいかような処分も受け入れますので、どうかエルシェリア様を」
スイッチが入ってる。まずい。下手したら後ろのニルスも連動して発動する。
「シェリ待って。ニルスも」
とりあえず止めた。ダメだって、弱みを見せたら。
セインとの取引はこれからだ。
シェリははっと我に返ったように、口をつぐんだ。ニルスは・・騎士のていで後ろに控えて立ってるから見えないが、暴発することはないだろう。
「・・・セイン、何となく察してるとは思うが、ちゃんと一連の話を聞きたくないか?」
持ちかけたら、セインは、なんか王族とは思えない、庶民じみたにやにやした笑いでこっちを見た。
「シェリ・・・ねえ。おもしろい話が聞けそうだ。エルシェリア姫に会った後ははずしてもらう予定だったが、変更。ローザも同席する。いいか?」
ローザはロザリンド様の愛称だ。セインは、昔からロザリンド様のことをこう呼んでる。
こうやって普通にしゃべってるが、セインは王族だ。王族の「いいか?」は疑問形だがこっちの意向はあんまり聞いてない。決定事項だ。
「ロザリンド様のお時間が許すのであれば」
俺は了承した。ロザリンド様も当然というようにうなずいた。
俺は、シェリが初めてうちに来た時の状況、シェリから聞いた『エルシェリア』の暮らしぶり、シェリとニルスが誰であるか、ウィデル国王に課されたそのそれぞれの王命の話、書簡が届いたことで事態が動いていろいろなことが発覚した、という話を、感情を省いた形で、軍事的に報告をした。
「なるほどね」
セインはやっぱりさほど驚いた様子もなく、うんうんとうなずいた。頭の中にあった自分の予想と擦り合わせて、さほど違いはなかった、ってことだろう。
「で、ラルフ。どうしたいんだ? シェリル嬢とその兄を俺の前まで連れてきたのは、面会理由を作るためってわけじゃないだろう?」
やっぱり、セインは気付いてた。小細工とか、効かないんだよなぁ、知ってた。
でも俺は俺の持ち札でやっていくしかない。俺は一瞬目を閉じて、心を落ち着かせた。
「エルシェリア王女はまだウィデルの離宮にいる。つまり、俺との取引はまだ成立していない」
俺は第二王女との婚姻を回避できたが、セインの対価は、命の恩人エルシェリアの解放だ。それは果たされていない。
この取引を成立させてからじゃないと、俺は新規の取引を持ちかけられない。そう思ってた。でも。
「それに関しては、俺の見込みの甘さがあった。ウィデル王家がこれほど馬鹿だとは思わなかったからね。俺の誤算だ。ラルフに非はない。あの取引は成立とみなそう」
セインは王族なのに、俺が思ってた以上に公明正大な人間だった。




