3. 対価の支払い ②
俺がフォルセイン殿下と初めて会ったのは、戦場だ。上の役職の人たちが着る軍服を着て、長い髪は大雑把にひとくくりにしていた。
だから、王城内、応接室に通されて、髪を整えて王子様っぽい衣装を着たセインが部屋に入ってきた時は、ああほんとにこの人殿下だったんだな、と思った。
「久しぶりだな、ラルフ、セドリック。なんか軍服じゃないと、雰囲気違って見えるな」
俺たちに礼も挨拶もさせないまま、どかりと俺たちの向かいのソファに腰かけて、セインが笑う。いや俺の台詞だよ。でも中身はセインのままだった。
ちなみに俺は登城できるランクの服をまだ持ってなかったから、セドリックに借りている。
セドリックはさすが伯爵子息、軍服よりも今の方が着こなしているが、俺はどうにも着られてる感が強くて、居心地が悪い。
「2人が軍を辞めたことは知ってたよ。ラルフはまあわかるとして、セドリック、今はどうしてる?」
「ラルフに就いた」
セインの問いに、セドリックは短くそう答えた。強心臓か。ここは戦場じゃないんだぞ。敬語を使え、敬語を。
セインはセドリックを見ておかしそうにくっくっと笑った。
王子様の顔じゃない。いたずらっ子、もしくは悪人面だ。
セインの視線につられて隣のセドリックを見ると、わかりやすく不機嫌な顔になっている。
どうした。あと不敬だからな。いつか首が飛ぶぞ。
「2人で来るっていうんで政治的、もしくは商業的な用件も想定してたが、そういうことならあれだな、アマリーチェの件で来たんだろう」
「そうです」
セインがこっちを見たから、俺はうなずいた。アマリーチェは第二王女の名前だ。
「何だ。敬語は使わなくていいぞ」
うん、そう言ってくれるのを待ってた。
そしたら、この後やりやすい。取り繕わなくていいなら、腹を割って話していいはずだ。
「元庶民の俺に、第二王女は重すぎる」
俺はさっそく本題を切り出した。
恋多き女性でわがままでぜいたく好き。でも笑顔は極上。そういう噂が、噂でしかない可能性はある。
でもそれはそれとして、爵位を授かったとて俺は子爵位だ。王女が嫁ぐには見合わない。
「まあそうだよな。同腹の俺が言うのもなんだが、あれはダメだ。とてもお勧めできない」
セインはうんうんとうなずいた。実の妹に、そこまで言うか。
どうやら噂通りの人物らしい。背筋が冷えた。
「俺は断れない」
若干悲壮な色が混じる俺の声に、セインはさも残念そうに首を振った。
「正直、俺が介入するのは難しい。いくら実兄でも、代わりにお前と同等、もしくはそれ以上の相手を見つけてやる、くらいしかやりようはない」
「いくらでもいるだろ」
俺は食い気味につっこんだ。
若くて偉い人やすごい人は、他にたくさんいるはずだ。
「お前は国の窮地を救った英雄で、あいつの好みにぴったりのその顔だ。難しいな」
英雄扱いは国が勝手にやってるキャンペーンだ。たまたま俺が提案した策がうまくいったから、俺はまつり上げられただけで。
要するに顔か。また顔か。
「まあ単純に、あいつを妻にしてくれるっていう高位貴族がいないんだよ。悪評高すぎて」
沈む俺を慰めるためにか、セインはそう付け足したが、それはフォローじゃない。とどめだ。
そんな姫と結婚する未来は、俺には見えない。
「他の手を持ってんだろ」
セドリックが口を挟んだ。セインが驚いた顔をした。そのことに、俺は驚いた。
セインは回避策を持ってるってことだ。持ってて、俺をいたぶった。
「何でわかった」
セインの問いに、セドリックはつまらなそうに短く答えた。
「顔で」
顔か~、俺もまだまだだな、とセインがこぼしている。セドリックに来てもらって正解だった。
「回避策をお持ちでしたら、ぜひともご教授願いたいのですが、フォルセイン殿下」
怒りで低くなっている俺の声音に、セインは困ったちゃん、とでも言いたげに肩をすくめた。
「ショックが大きくならないように、緩衝材を挟んでやったつもりだったんだが。いいんだな? アマリーチェとの婚姻を回避するには、同等かそれ以上のものをぶつけなきゃならない。しかもこれは機密事項にも関連する。聞いたが最後、拒否は許さん。それと、知ってるとは思うが、俺は等価交換の男だ。俺の出す回避策に対して、お前には相応の対価を支払ってもらう。本当に、いいんだな?」
「・・・」
重い。
何をする気なんだ、この人。
あと、相応の対価。わかってはいたが、この感じだと「近衛になれ」、程度のことでは済まされない気がする。
・・・でも。
「選択肢はない。回避策を聞こう」
俺は言った。
重いが、迷う余地はない。第二王女との婚姻は、おれの未来予想図にはなかった。
「今、クラインとウィデルの間で、主に補償に関して国家間交渉が進んでいる。だが向こうは、仕掛けた上に敗戦したことを、まだ受け入れられていない」
急に、セインがこんな話を始めたから俺は慄いた。どこにつながる?
「具体的には?」
セドリックが聞いた。セインは小さくうなずいた。
「具体的には、王家の出し渋りがすごい。経済的政治的圧力はすでにかけ始めているが、精神的圧力はまだかけられていない」
虫も殺せないような顔をして、こういうこと言うんだよな、この人。でも、これは正しい。
俺たちは、踏みにじられた。人命が失われたことを考えるとそれに対する償いのしようはないが、それでも国として、相応の償いはしてもらわなければならない。
セインは今回の戦闘の総指揮だった。その関係で国家間交渉にからんでいるのなら、間違いなく等価交換を目指すだろう。
「ウィデル王家に、婚姻の打診をする」
セインは宣言するかのように言った。俺はものすごく嫌な予感がして、一応聞いてみた。
「誰と、誰の?」
セインは口角を上げた。悪い顔だ・・・
「ラルフと、妖精姫の」
「待ってくれ全然わからない」
反射的に言ったが、ただ俺が、別の婚姻を押し付けられようとしていることだけはわかった。
「ラルフは当事者だ。全容を説明する」
セインは微笑んだ。悪魔の微笑みに見えた。
***
セインの話はこうだった。
ウィデル王家はプライドが高い。そして、ウィデル王家直系だけに生まれるという美しい薄紫の髪と透き通る紫の瞳を、何よりも誇りに思っている。
そのウィデル王家が、クラインに「人質に姫を差し出せ」と言われたら、その精神的圧力はすさまじいものになるはずだ。しかも相手はクライン王家じゃない。ウィデルを敗戦に導いた、クラインの『英雄』。
間違いなく、ウィデル王家は出し渋る。だが、抜け道は作ってある。
ウィデル王家には、王家直系に特有の特徴、薄紫の髪、紫の瞳を持たない姫がいるという。
第三王女、エルシェリア・ウィデル。
王家特有の特徴を持って生まれてこなかった、というただそれだけで、母親の側妃は幽閉され、すでに亡くなっている。残されたエルシェリアは、宗教的理由で殺されることだけは免れているが、まるで最初から生まれてこなかったかのような扱いを受けているという。
王女として認められず、ろくな教育も受けさせてもらえず、公的な場にも出してもらえない。
離宮に閉じ込められ、見えているのに見えないかのような扱いを受ける、王宮で働く人間たちが付けたあだ名は、妖精姫。
クラインが『英雄』と『ウィデル王女』との婚姻を打診したら、ウィデルは必ずエルシェリアを差し出すだろう。
セインはそう言った。
「この婚姻を、陛下に王命で出してもらう。そうすれば、アマリーチェの個人的打診は吹っ飛ぶ。晴れてラルフはアマリーチェとの婚姻回避だ」
「いやそれだと第二王女との婚姻は回避されるが、ウィデルの第三王女と婚姻することになるな?」
回避されてるようで、婚姻そのものからは回避されてない。セインは笑んでうなずいた。
「それがラルフの支払う、俺に対する対価だ。白い結婚でもいいよ。何もなく3年経てば、合法的に離婚が可能だ。もし気が合わなかったらそうしてもらってもいい。後はこちらで何とかする。あ、もしかして約束した相手が?」
「いやそんな相手はいないが。なぜこんなことを? どうしてこれがセインにとっての対価になるのかがわからない」
俺の問いに、セインが苦く笑った。
「幼い時に一度だけ、ウィデルに行ったことがある。そこで俺は暗殺されかけた。ウィデルがやったと見せかけるために、クラインの反逆者がウィデルで俺を暗殺しようとしたんだ。俺は逃げた先で、エルシェリア王女が匿ってくれたおかげで助かった。本人は名乗らなかったが、彼女を探しに来た侍女らしい女の子が、彼女をそう呼んでいた。彼女を取り巻く環境は、帰国してから調べてわかった。その時には俺には、というか兄弟全員にもう婚約者が決まっていたし、ほかに彼女をあそこから出してやる方法が見つからなかった。でも、やっと借りが返せる。俺はただ、彼女を解放してやりたい」
俺がセインに支払う対価は、セインがエルシェリア王女に支払う対価でもあった。
「それなら、何で最初からエルシェリア王女を指名しない?」
俺の言葉に、セインは顔をしかめた。
「こっちが欲しいものをむざむざ交渉相手に見せてどうする。ウィデルに確実に精神的圧力をかけつつ、こちらが望むことをせざるを得ない状況に追い込まないと、意味がない」
「言ってることはわかるが、まかり間違って王家の特徴を持った王女が降嫁してきた場合は、どうなるんだ?」
ぷっと、隣で吹き出す音がした。いや笑い事じゃないんだって。
「その時は何とかして、エルシェリア王女を解放するほかの方法を考えるよ。ラルフはまあ、仲良くやってほしい」
適当か。
「その場合の対価って俺、過払いにならないか?」
プライドの高い、選民意識に凝り固まった王女を妻にはできない。怖すぎるだろ。
「まあ、大丈夫だよ。あいつらは絶対にエルシェリア王女を差し出す。王女との婚姻手当を別に出そう。仲良くしてやってくれとまでは言えないが、不自由のないようにしてやってほしい。頼むよ」
セインは弱く笑った。さっき微笑んでた悪魔は、そこにはいなかった。
そしてやっぱり、うちに来たのはエルシェリア王女だった。




