27. 違和感の正体
違和感はあった。
軍を退役する時、隊のみんなに盛大すぎるくらいに送別会を開いてもらって、円満退役だったはずだ。それからは、つながりは切れていた。
それが、『城に来るなら立ち寄れ』?
しかも、こんなタイトなスケジュールで突然決まったセインとの面会の情報が、どこから漏れた?
でもうちに来た伝令は、間違いなく本物。
セインには、俺から取引を持ち込むことになる。
あいつは等価交換の男だ。本気の交渉で首を縦に振らせないと、後でこっちが不利益をこうむる。
変に心に引っかかりがあると、足元をすくわれる。
そう思って、面会後にまわさず、面会の前に軍に立ち寄ることにしたんだが。
「おー? 久しぶりだな。奥さんめちゃくちゃかわいいって聞いてるぞー?」
こいつらに全然用はなかった。どういうことだ。
あと聞き逃せない文言が入ってる。
「その情報、どこから仕入れた」
尋ねる声は、自分で思うより低くなった。
シェリはクラインに来てから買い物で街に出ているが、その一度だけだ。
顔バレは、してないはずだ。
「あれ? お前知らないの? お前の隊、ほとんどごっそり辞めちまって、運送会社始めたんだよ」
「は?」
話の流れが全然わからない。
傍らにいるセドリックに目を向けると、うん、とうなずいた。
うん、じゃないだろ。
「うちに食材や注文品なんかを運んでるらしいぞ。納品確認の立ち会いで、何回かシェリ様とも会ってるらしい。あいつらがこいつらに漏らしたんだろ」
セドリックの補足説明に、みんなうんうん、とうなずいた。
確かに、俺の隊だった奴らとは、王城に入ってここに来るまでに、1人も会ってない。
この場にも、1人もいない。
何だよあいつら。言ってくれたらいいのに。
セドリックはシェリのことを王女、とも姫、とも呼ばなくなった。呼び捨てにしないのは俺に配慮してのことだろう。たぶん。
「何でそんなことを知ってる」
執事としての報告事項、にはあたらないかもしれないが。俺はセドリックを軽くにらんだ。
「コニーが」
ああ、そうだった。たまに忘れそうになるけど、婚約者同士なんだよな。コニーの仕事のオンオフが激しすぎて、オン時にまったくそういう空気を出さないから、あの話は幻だったんじゃないかと今でも思う時がある。
セドリックのコニー発言に、周りがなんか沸いた。
「コニーを射止めることはできたのかセドリック? 軍辞めてまで押しかけるくらいだから、さすがにもう」
「婚約した。今後コニーに会っても話しかけるなよ、触れるなよ。殺すぞ」
セドリックはからかい混じりのこいつらのガヤを、一撃で遮断した。
冗談に聞こえないんだよ。
部屋がしん、となった直後、またさらに沸いた。
「そうかそうかよかったなー! 俺は犬が猫に結婚を申し込むようなもんだと思ってたからさー」
「夢がある話だよなー。俺は砂の中から砂糖の結晶一粒つまみ出すみたいな話だと思ってて」
「勇気もらったー」
例えがどうやっても不可能な話ばっかりなんだが。
俺もまあたまに忘れようとしてるから人のことは言えないが、これはひどい。
ひどいことを言われてるのにセドリックが若干嬉しそうなのも、なかなかひどい。怒っていいぞ。
あと。
「何で俺だけ知らなかったんだよ」
俺の一言に、みんなは動きを止めてきょとん、とした。
みんなは、セドリックが何度もコニーにアタックしてる時から知ってたんだ。
コニーは王城で働いてたこともあるらしいし。
コニーの出自ももしかしたら、こいつら知ってるんだろう。
俺はセドリックは親友とも相棒とも思ってたのに、なんか疎外感がある。
「俺らもセドリックやコニーから直接聞いたことはないぞ? お前はなんかそういう話を避けてる感があったから、話しにくかった、っていうのもある」
1人が言うと、周りもうんうんとうなずく。
「あとコニーはイケメン好きだから、セドリックはお前を警戒してるふしがあったよな」
「は?」
信じられない思いでセドリックを見ると、セドリックはふい、と目を逸らした。
「お前自身に何か思うところがあったわけじゃない。顔問題だ」
ここでもか。ここでも、顔問題か。
俺は脱力した。
「許してやれラルフ。セドリックはコニーと無事婚約できて、お前も可愛い奥さんもらって、問題は解決してる」
めでてーなー、と宴でも始まりそうな盛り上がりに、こういうノリ、久しぶりだな、となんかいろいろ懐かしくなる。
有事じゃない時は、こんな感じだったよな、そういえば。
1年も経ってないのに、ずいぶん昔のことみたいだ。
軍に戻りたいか、って言われると答えは否、だ。
そもそも俺の階級が上になり過ぎて、上の奴らとうまくやっていけないから辞めたわけで。それに、状況はもう全然違ってる。
ほんとに、違ってるんだ。ここに来て実感した。
「シェリからも何も聞いてない。あいつら、うまいことやってんのか?」
みんなが騒いでる中、俺はセドリックに小声で聞いた。
もし軍に戻ったとして、隊の奴らはもうここにはいない。
あいつらは、俺ほど階級は上がらなかった。
何か不満を抱えての一斉退役なら、力になりたい。
セドリックは小さく首を傾げた。
「シェリ様は、いつもうちに来てる運送屋がお前の元部下だってことを、知らないと思うぞ。あいつらは自分からは言わないし、コニーも言わない。あいつらをうちの御用達にしたのはテスらしいが、あいつも言わないだろうからな。うまいことやってるかどうかは、知らん」
そうか。運送屋をやるのに『英雄』の元部下って肩書きは、いらないよな。
あとテスは情報源としても使ってるな、あいつらを。気を遣って取り立ててくれてるのなら嬉しいが。
「何かお前、雰囲気変わったなー。丸くなったっていうか。恋愛なんて俺には関係ないみたいなとこもあったけど。奥さんと仲良さそうで、何よりだ」
1人に言われてその声の方を向くと、みんな会話をやめてこっちを見てきた。
セドリックとの会話を、あの騒ぎの中で拾ってたらしい。こんな奴らでも、やっぱり軍の人間だ。
ただ、言われたことは俺が思ってたのと方向性が違ってて、え、そっち? ってなった。
「隣国の元王女ってとこは、みんな気にならないのか」
失われたのは、国境に近い村だけじゃない。
もちろん俺たちにだって、犠牲者は出てる。俺の隊も、死者こそ出てないが、一生の怪我を負った奴はいる。王命とはいえ、何かしらみんな思うところはあるだろうと思ってた。
むしろ今日の伝令は、その話かと思ってた。
「国民感情的にはわからねえよ? でも俺たちは、ウィデルの『色なし姫』のことを知ってる。その姫さんが、街の運送屋に『ありがとうございます』って笑うらしいじゃねえか。あいつら、またラルフが王家に利用されたんじゃないかって心配してたからさ。姫さんを見て安心したんだとよ。暇があったら、会いに行ってやれ」
あいつら・・・
ちょっとじわりときたけど飲み込んだ。こいつらにそういうのを見せたくない。
「ああ。近いうちに会いに行く。教えてくれてありがとう。で、お前らはこれを伝えるためにわざわざ伝令を使ったのか?」
「伝令?」
何のことだ? とざわめく面々の中、1人だけ微妙に無反応な奴がいる。
「バーニー」
声をかけると、バーニーは少しばつが悪そうな顔をした。
こいつだ。俺は確信した。
「何の目的でこんなことを?」
俺の問いに、答えたのはバーニーじゃなくセドリックだった。
「お前の家は王家ファーストで有名な伯爵家だな。目の前ににんじんでも,ぶら下げられたか。セインや王太子はこんなやり方はしないし、陛下はこんなことをする必要がない」
淡々と話すセドリックに目を合わせることもなく、バーニーの顔色はどんどん悪くなっていく。
でも俺にはもうバーニーなんかどうでもよかった。
第二王女。
個人名で俺との婚姻を迫ってきた、恋多き王女。
王家の人間ならセインのスケジュールを確認するのは容易い。公式行事の擦り合わせなんかがあるから、むしろスケジュールは筒抜けだろう。
俺を軍を使ってまで引き止めて、引き離したかったもの。
狙われているのは、シェリだ。
俺はみんなに挨拶することもなく、セドリックも放置して、部屋を飛び出した。




