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英雄にされた俺と、隣国の妖精姫の事情  作者: 穂高奈央


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26. 一時の平穏

「シェリ様?」

 後ろからコニーに声をかけられて、シェリルははっとして振り返った。

 シェリルの私室。ドレスの着替えをコニーに手伝ってもらっている途中で、じっと立っているだけだったために、物思いに沈んでしまっていた。


「はっはい。ごめんなさい。ぼうっとしていて」

「きつくないですか? って聞きました。久しぶりのドレスの着付けで、疲れましたか?」

 コニーが笑う。シェリルは恥じ入るように苦笑した。


「ありがとう、きつくないわ。コニーは着付けが上手だし、サイズもぴったりだし。ただ、そもそも慣れていないの。ウィデルでも、ちゃんとしたドレスを着ることなんてほとんどなかったから」

「離宮に通われていたのに?」

「掃除をするのに、ドレスは必要ないから」


「ああ。では、王宮では声をかけられることもあったのでは? ウィデルでは貴族の令嬢は早くに婚約者が決まってしまうことが多いために、火遊びしたい貴族男性はいわゆる侍女クラスの女性に手を出すのだと聞いたことがありますが」

 よく知っている。シェリルは驚いた。


 コニーは、過去クラインの暗部に所属していた2人を両親に持っているという。だから、隣国の事情にも詳しいのだろうか。

「クラインは違うの? 確かに何度か声はかけられたけど、私が『カーター家』の者だと名乗ったら、みんなすうっと引いていくから。エルシェリア様付きの家だと、王宮の人はみんな知っているの」


「クラインは、貴族の令嬢であっても下手すると火遊びしちゃってますね。開放的というか、高位貴族でなければ、あまり処女性を問われない風潮に今はあります。第二王女が奔放な方なので、責めることもできずに緩くなっちゃってるんですよ、何となく。シェリ様がカーター家でよかったです。うっかり持ち帰られて娶られてたら、ここには来られませんでしたからね」


「私は痩せぎすで肌も髪もくすんでいたから、娶られることなんてないわ」

 コニーはからかっているのだろうと思って、シェリルは笑って流した。

 こういう話が、あの日からできるようになった。


 あの日から3日が経っている。

 隠していることはもう、何もない。

 偽りの王女を演じる必要は、少なくともこの邸内にはない。

 みんなは「シェリ様」と呼んでくれるようになった。

 ニルス()は、あまりまだその機会はないが、ウィデルにいた頃のように「シェリ」と呼ぶ。

 ラルフも「シェリ」と呼んでくれる。「姫」ではなく、シェリルの愛称を。


 今日は、エルシェリア(ウィデルの王女)ラルフ(英雄)の婚姻に関わっているという、フォルセインとの面会日だ。

 ラルフは「大丈夫」と言ってくれているが、このフォルセイン次第で、自分やニルスの処遇、そして何よりエルシェリアのことが決まる。


「確かに最初の頃は随分おやつれになってましたけど。今はほら、できあがりましたよ」

 コニーはシェリルの髪の筋を少し直して、廊下側のドアの脇にある、大きな姿見の前まで連れ出した。

 髪を複雑に結いあげられて、ウィデルから輿入れした時ですら着たことのないような、光沢のある薄い布を何重にもあしらわれたドレスを着て、クラインの公式行事の礼に則った、派手ではないがきっちりとした化粧を施され、テスのおかげですっかり丸みを帯びて肌つやのよくなった顔が、こちらを見ている。


 本当に自分だろうか、とシェリルは無言で瞠目した。

「旦那様が来ましたね」

 まだノックもないのにコニーが言う。気配を読んでいるのだろうか。さすが暗部仕込み。

 申し合わせたようにノックが聞こえて、シェリルはコニーと顔を見合わせて笑った。


「今大丈夫か? コニー」

 ラルフの声だ。戸口でコニーと話している。

「ちょうど準備完了したところです。予想をはるかに超えるポテンシャルに、興奮が隠せません」

「何でコニーが興奮するんだ。って、自分の準備は? しないといけないんじゃないのか?」

「準備はすぐできます。セイン様に会いにいくのに、ドレスアップする必要性を感じません」

「コニーもセドリックも、もう少し王族に対する敬意を」

「ぐだぐだ言わずに入ってください」


 部屋にラルフが入って来た。

 ドア横の姿見を見るためにすぐそばにいたシェリルと、目が合う。

 ラルフが固まった。

「何か予定変更がありましたか?」

 用事があって来たようだったからそう尋ねたが、ラルフは動かないし、声も発しない。


「ラルフ様?」

 もう一度声をかけると、ラルフはまばたき1つして、我にかえった。

「ああ、確かにな。コニーの言いたいことはわかった」

 言いながら、ラルフはふう、とため息をついて口を覆うように手をかざした。

 でしょう、とコニーはうなずいている。


「似合い・・・ませんか?」

 その物憂げな様子に、少し不安になる。

 やはり、美しい令嬢を見慣れているであろうラルフに、付け焼き刃で加工された自分など、と思いかけた時、ラルフは顔を上げ、シェリルを見て苦笑した。

「似合いすぎて困ってる。王城に、いやもう世に出したくない。本当によく似合ってる。ドレスも間に合ってよかった」


 シェリルが着ているドレスは、ラルフ(の依頼でコニー)が注文してくれたオーダーメイドのものだ。

 買い物に同行したコニーにシェリルの好みを聞き取って、色やデザインを選んでくれたらしい。

 髪の色も瞳の色も淡いシェリルに、ラルフの瞳の色である紫紺はくっきりとしてよく合う。それでいて、年齢より少し幼く見える顔に合わせてか、ボディラインは強調せずに、すっきりとしたデザイン。

 アクセサリーはラルフの髪の浅葱色を思わせる色の石。大きくなく、主張しすぎず、いいアクセントになっている。


『あいつは暇なのか?』 

 ラルフがついそう漏らしてしまうほど、フォルセインの面会申請は、すぐに通った。ありがたくはあったが、日にちがなさすぎて既成のものすら買いに行く時間がない。面会のために着るドレスは『エルシェリア』に持たされた衣装の中から選ぶしかない、と思っていたら、ラルフからドレスとそれに合うアクセサリー一式をどんと贈られた。


『前回の登城の時は俺、服を持ってなくて、セドリックに借りたんだよ』 

 ラルフは苦笑しながらそう言っていた。

 だから、自分の服を注文するのと同時に、もしかしたら急で着る機会が出てくるかもしれないから、と『妻』のためのドレスと、『騎士』のための服も、注文してくれていたらしい。

 だから、今日はまだ会っていないが、ニルスも今日の登城にあたり、ラルフに贈られた服を身に着けているはずだ。


「ラルフ様こそ、よくお似合いです」

 正直まぶしい。何かが放たれている。シェリルの言葉に反応して笑顔になったその顔は、作りものめいた完成品に人間味が加わって、なおさら正視できない。

 シェリルはわずかに視線を逸らして微笑んだ。神々しさに、目が眩みそうだ。

 エルシェリアも、まとう空気は全然違うが、やはり何度見ても見惚れてしまうほどの美貌の持ち主だ。

 きっとラルフのことも、見慣れることはないのではないかと思う。


「いちゃこいててくださいよ。私は一応準備してきますんで」

 コニーが退室しようとするのを、ラルフが止めた。

「待てコニー。用事があってきたんだ。あと一応じゃなく、ちゃんと準備してくれ」

「何ですか」

 コニーがぴたりと足を止めてこちらを向いた。


「さっき王城から伝令が来た。どうせ王城に来るなら立ち寄れって、軍から要請があった。後でもいいんだが、セインとの話がどれくらいかかるかわからないから、俺とセドリックは先に軍に顔を出してくる。その方が軍に引き止められなくて済むし。王城で合流しよう。面会の部屋は変わらずセインの私室だ。コニー、任せてもいいか?」

「承知いたしました」

 コニーは一礼した。


 普段ふざけていても、こういう時はコニーはわきまえた礼をとる。

 コニーはメイド修行で王城で働いていたこともあったと聞いている。フォルセインとはその時に面識を得たらしい。

 相手が王族とは思えないほど身近に接していたらしく、若干面倒くさいが義理堅い男、というのがコニーのフォルセイン評だ。

 下手をすると、ラルフと合流する前にフォルセインに会う可能性が出てきた。

 シェリルは、緊張に身を震わせた。

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 よろしければこちらもご覧ください  → 『女神の祝福が少しななめ上だった結果』
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