24. どっち?
俺はみんなの顔を見て言った。当のカーター兄妹以外は、俺の言うことの意味を正確に理解しているようだ。頼もしい。
「ただその前に、シェリル嬢と話したいことがある。それ次第で方向性変わるから、とりあえず夕食まで解散でいいか? 夕食後に、またみんなで集まって、話を詰めよう。あとセドリック」
「何名だ?」
打てば響く返しに、俺の口角が上がった。
「最速。4名で」
セイン、フォルセイン第二王子殿下の面会予約を最速日時で、4名で。
俺の指示に、コニーがかぶせた。
「いえ、5名で」
コニーが、ついてきてくれるって言ってる。王城に?
いいのか? って俺が首をかしげると、コニーはきりっと答えた。
「セイン様とはまあそこそこの知り合いです。あとシェリル様に侍女一人付けないおつもりですか」
「確かに」
ほんとうちの人たち、頼りになる。あと、王家とそこそこの知り合いって何。
シェリル嬢が、出てきた自分の名前にぴくりとした。
「そういうわけで、いったん解散。シェリル嬢は、もう少し俺に付き合ってほしい」
少しの緊張も表に出さないように、軽い感じで俺はシェリル嬢に声をかけた。
シェリル嬢は顔をこわばらせたままうなずいた。
***
俺はシェリル嬢を連れて応接室に向かった。
執務室は俺が掃除してる途中だったから、棚からものが出てる状態だし、解散して今は誰もいなくなってるとはいえ、食堂でこんな話はできるわけないし。
「座って。すごく、大事な話だから」
躊躇するシェリル嬢に、向かいのソファに座るよう促して、俺も座った。
あー、緊張する。
でも本当は、これが結婚より先に来る流れなんだ。政略結婚でないのなら。
「エルシェリア王女が身代わりの別人だったことを、今回の戦争でクライン側の指揮にあたった、その流れで国家間交渉の責任者でもある第二王子フォルセイン殿下に、報告しなくちゃならない」
俺が切り出すと、シェリル嬢は硬い表情でうなずいた。
「私も、おそらく兄も、そのことに関して抵抗する意思はありません」
おれは苦笑した。
さっきの「死んでもらう」発言が尾を引いてるな。そりゃそうか。
また言い方を間違えたみたいだ。シェリル嬢は、罪を暴かれて処刑されると思ってる。
「さっきセドリックに頼んだのは、そのフォルセイン殿下への面会申請だ。殿下に説明するにあたって、当事者であるシェリル嬢とカーターにも一緒に来てもらおうと思ってる。制約があるから今詳しくは話せないが、今回の『ウィデルの王女』と『クラインの英雄』の婚姻は、王命には間違いないが、実は国王陛下の意向じゃない。フォルセイン殿下の意向だ。エルシェリア王女がまだウィデルの離宮にいると知ったら、殿下は必ずエルシェリア王女を救出する方向で動く。そのためには、エルシェリア王女と偽って身代わりを寄こされていた、とウィデルに糾弾する理由を作らないとならない」
シェリル嬢は、呆然とつぶやいた。
「エルシェリア様を、救出していただける・・・?」
死んでもらう、と言われた自分のことよりも。先に考えるのはそこなんだ。
俺は苦い気持ちで聞いていた。もう少し自分を大事にしてほしい。
「筋書きとしては、カーターが俺の暗殺に失敗、捕らえられたカーターの自供でエルシェリア王女が偽物だと判明、逆上した俺が2人を処刑。俺がクライン王家にウィデルの欺瞞を訴えたことで、クラインはウィデルに本物の『ウィデル王女』を差し出せと追求する、って感じかな。細かいとこはセイン、フォルセイン殿下との相談にもよる」
「ラル・・・ハリントン様が逆上?」
そんなことある? みたいな顔でシェリル嬢は首をかしげた。
さっきからちょいちょい言い直してるのが、俺としては気になる。
「あくまでも筋書きだから。もちろん本当に処刑なんてしない。ウィデルでは俺は粗暴で非情で冷酷で、何だっけ、とにかくひどい奴なんだろう? せっかくだからその設定を使わせてもらおうかと思って」
「でもそれでは、無駄にまた悪名が轟いてしまうのでは」
シェリル嬢は案ずるように、眉をわずかに寄せた。
「うん、あくまでもウィデル王家にだけ流す情報で、外には出さないし、もし広められてウィデルで何を言われたとしても、俺は痛くもかゆくもない。それよりも下手にシェリル嬢とカーターが生きてるって話で、引き渡せって言われるのは交渉的にも心情的にも受け入れられない。書簡のことがあるから、もう2人は『里帰り』できないってことにしておきたい。それとも、シェリル嬢は帰りたい?」
俺の問いに、シェリル嬢は目をぱちくりとさせた。さも意外って顔だ。
「エルシェリア様をお助けしたいとは考えておりましたが、ウィデルに戻りたいかと問われると、特に・・・。父には私も兄ももう死んだものだと考えてほしいと伝えてありますし、確証はありませんが、父にはすでに新しい家族がいると思われます。なので、帰る実家というのも今はもう」
狭い世界。
俺が想像していたよりもはるかに狭い世界で、シェリル嬢とカーターは生きてきたんだ。
閉ざされたエルシェリア王女の口から出る登場人物が少ないのは当然だと思っていたが、それは、シェリル嬢も同じだった。友達も、知り合いの影すらなく。
母を亡くし、父も、すでに心は離れている。
最低だな、俺。
大変だったね、って寄り添うよりも先に、これならいけるかも、って思ってる。
そこに、つけこもうとしてる。
「エルシェリア王女は、殿下と俺が何としても救い出す。でもそうすると、必然的に俺の妻だ。書類上では本当に妻なんだってことを、最近になって確認した。でもそれは、たぶん誰も望んでない。だから」
話す俺の一言一言に反応して瞳を揺らすシェリル嬢を、俺は見つめた。見据える、って言ってもいい。
そしたらシェリル嬢も、縫い留められたように俺を見つめ返した。
頑張れ、俺。
「シェリル嬢には、俺を選んでほしい」
息を吐き出すように言った告白に、シェリル嬢は息を呑んだ。
うなずいてくれ。願いを込めつつ続ける。
「エルシェリア王女にも、シェリル嬢にも、カーターにも、フォルセイン殿下に頼んで超法規的措置でクライン戸籍を偽造してもらおうと思ってる。そしたらエルシェリア王女は王女じゃなくなるが、それは今さらだろう。新しい戸籍を得ても、たぶんエルシェリア王女は事実上殿下の保護下に置かれることになる。でも、行動に制限がかかるようなことはないと思う。俺は、カーターと、望んでもらえるならうちで暮らしてもらいたいと思ってる。シェリル嬢は、新しい戸籍を得て、自由だ。ウィデルに戻るも戻らないも自由だし、この家でこのまま2人と一緒に住んでも、もちろんかまわない。この家を出て行くことも、自由だ。でも、できるなら、俺の妻として、エルシェリアとして、この家で、俺の隣で、生きていくことを選んでほしい」
シェリル嬢の、見開いた目から、涙がぽろぽろと零れ落ちる。
わからない。
嬉しいのか、辛いのか、悲しいのか、全然わからない。
「私・・・私は、ずっと辛かったんです。辛くて、苦しかった。エルシェリア様の名を自分が名乗ることも、優しい皆さまをだましていることも・・・妻という肩書が偽りであるということも。だから、『姫』と呼んでいただけていたことに、安心していました。『エルシェリア』でもなく、『奥様』でもなく」
わかりづらいな・・。
もう偽って生きていきたくないっていう表明なのかな。
どっちみち『シェリル・カーター』の名は、この世から消える。でも実在する、しかも大切に想っている人間を名乗って生きていくのと、新しい戸籍を作って別人として生きていくのとでは、わけが違う。ましてや、もう降嫁しているとはいえ元王女の肩書を、一生背負っていくことになる。
もしそれが辛いっていうことなら、俺の願いは叶わない。
「そのはずなのに、さっき、ハリントン様の口から『シェリル』と自分の名を呼ばれた時、嬉しくて。とても嬉しくて。もう自分の名前が呼ばれることなどもうないと思っていましたから。でも同時に、悲しかったんです。私はエルシェリア様ではない。もう偽りでも『妻』として隣にいることは許されない、と」
突き落とされた後に持ち上げられるこの感じ・・・。
シェリル嬢以上に、俺の方が情緒不安定だ。
「・・・つまり?」
ちゃんと黙って全部話を聞くつもりだったのに、うっかり声を出してしまった。
何回もこれで失敗してるのに、っていや、これはしょうがないだろ。
「エルシェリア様にお許しいただけるのなら、一生偽り続けるのだとしても、ラル・・・ハリントン様の隣で、生きていきたいです」
オ、オーケーだよな? オーケー、もらえたんだよな?
はー。
俺は安堵のため息を吐き出して、どさりとソファの背もたれにもたれ込んだ。




