23. カーター兄妹の告白
シェリル嬢の話は、想定していたよりもひどかった。
ウィデル王家はもう、根腐れしてるんだ。信仰する神の使いと同じ色を持つというだけで、選民意識に凝り固まって、自らを神か何かだと思ってる。
経緯を話すシェリル嬢は、最初の頃に話を聞いた時に似て、うつむき加減に淡々としていた。
そこに感情は極力入れず、ただ事実だけを話す。
それがかえって、ウィデル王家への怒りを誘う。
ただ、このきっかけを作ったのは、俺とセインだ。
苦いものを口に入れてしまったような、後味の悪さを感じてしまう。
ウィデル王は、うちの国に『英雄の花嫁として王女を差し出せ』と言われ、セインの思惑通りにエルシェリア王女に白羽の矢を立てた。でも、「外に出す想定ではなく、自由に育ててしまった」からと、この虐待にも近い所業をクラインに知られるのを嫌がって「そこそこ教育を受けている」はずの子爵令嬢であるシェリル嬢に、身代わりになるよう命じたという。
シェリル嬢は、エルシェリア王女のことを「とても大切な方」なのだと言った。
カーターとエルシェリア王女は、恋仲なのだとも。
さんざん非情だ冷酷だと酷評されている『クラインの英雄』と、『とても大切な方』を恋人から引き離して結婚させるなんて、シェリル嬢には考えられなかっただろう。
いやそもそもが王命。シェリル嬢に従わない選択肢はない。
自分が望んだわけではない、大きすぎる嘘と罪を、小さな肩に背負って、ここまで。
俺は、一番最初に会った時の、小刻みに震えるシェリル嬢を思い出していた。
「私は、一人で嫁ぐものだと思っていました」
シェリル嬢の話は続く。
「でも、兄が『護衛騎士』として付けられました。侍女一人付けられることなく嫁ぐ『王女』に、護衛騎士だけが付けられたのです。エルシェリア様から、引き離すためだけに」
シェリル嬢が身代わりで嫁いでいなくなり、2人きりにして間違いが起こってはならないから。
そうして、そこにいるはずのない、嫁いだはずのエルシェリア王女は離宮に一人残された。今も、たぶんそこに。
あまりの内容のひどさにカーターに目をやると、カーターは固く目を閉じていた。
カーターは、エルシェリア王女を救いたいんだ。
だから、命を賭けて、俺に陳情に来た。
「書簡には何が書いてあったのか、聞いてもいいだろうか」
俺はシェリル嬢に尋ねた。
ウィデル王家の封蝋が付いたあの書簡。
間違いなく、あれがカーターを動かした原因だ。
シェリル嬢はこくりとうなずいた。
「もう名前や顔すら覚えていないような身代わりの生贄に、ウィデル王家が書簡などよこすはずがないんです。だから私は書簡を見て驚きました。すぐ、エルシェリア様に何かあったのだと思いました。書簡は、これです。私とコニー、さんは、この件で、ハリントン様に里帰りを願うために執務室に向かっていたところでした」
「どうぞ今まで通り、コニーとお呼びください」
さん、を付け足したシェリル嬢に、コニーは屈託なく笑った。
今まで通り、これからも。そう言っているのが伝わったのか、シェリル嬢の瞳が揺れた。
ナイスフォロー、コニー。コニーに目を向けると目線が合って、わかってますよ、とでも言うように口角を上げた。
「書簡、預かるよ」
俺は立ち上がってシェリル嬢の席まで歩いて行った。食堂のテーブルは大きくて、お互い腕を伸ばしても書簡は届かない。
俺は書簡を受け取って、席には戻らずにそのままそこで封筒を開いた。読んですぐ返そうと思っていたからだ。
『あなたのかわいがっていた小鳥が病に長く臥せっている。生活が落ち着いた頃合いで、一度里帰りをしてはいかがか』
短い文章。でもこれは。
明らかにエルシェリア王女の不調を知らせているが、それをシェリル嬢、もしくはカーターに、クラインの検閲でもみ消される可能性もあったのに、わざわざ書簡で『里帰り』を促す意味は?
「これは、王自身の手だろうか・・・いや、わからないよな」
王自身の筆跡かどうかなんて、シェリル嬢にもカーターにもわかるはずがないし、王の意志だとしても、書くなら代筆者が書くだろう。それに何より、ウィデル王家の封蝋。これまではさすがに偽造はできない、よな、たぶん。
「食材の仕入れの時に耳にした話ですが」
テスが、今日のメニューは、くらいのいつもの感じで話し出した。
テスは何日かに一度、街の市場に自ら出向いて、食材を買って、量が多い場合は運送屋に依頼してうちまで運んでもらっている。だから、いろんな業者とも親しいんだろう。
「ここ数か月、ウィデルは季節外れの冬に閉ざされているそうです。旅が重装になり、しかも命の危険が伴うため、商人たちはみなウィデルへの入国を躊躇しているのだと、そう言っていました。その状況にあって里帰りしろというのは・・・」
「テス、情報提供ありがとう。何か必要か?」
元暗部のテスがもたらす情報だ。たぶん嘘はないし、裏もそれなりにとってるはず。
情報は本来ただじゃない。
「いいえ。ただの世間話ですから」
テスがいつものようにふくりと笑うから、俺も感謝の気持ちを込めて笑みを返した。
「異常気象のところに2人を向かわせようっていう意図がわからないな。何がどこまで本当かもわからないし。ちなみにカーターもこの書簡には目を通したか?」
実際にその現場を俺は見ているが、俺は知らないことになっている。わざと尋ねた。
「はい」
カーターが硬い声で答える。
「この書簡をどう解釈して、俺にどうしてほしかったんだ? 待たせて悪かった。話してほしい」
カーターは「はい」と言って、目を閉じてまた開いた。本当に顔色が悪い。
「私は、ウィデルを離れるにあたり、王から密命を受けていました。隙あらば、ラルフ様を殺せと」
「えっ」
カーターの告白に反応したのは俺じゃなく、シェリル嬢だった。知らなかったらしい。
「カーターの密命を知らずに、シェリル嬢も密命を受けてたってことか」
「え?」
俺の言葉に、またシェリル嬢が反応した。今度は何それ? って感じの「え」だ。
シェリル嬢の口からまだ話されてないが、シェリル嬢も俺の暗殺依頼を受けてたはずだ。
「いや、あのロケットペンダント」
あれにはドグルが入ってた。俺用、じゃなかったのか?
「あっ、あれは、その、使う時が来なかったと言いますか。いえ。もう使うこともないと思いますし」
急に慌てたように、顔を真っ赤にしてシェリル嬢が早口でまくしたてる。
ん? 何か思ってたのと反応が違うな?
「シェリル様。ちなみにあれは何だと言われて持たされました?」
コニーが口を挟んだ。
シェリル嬢は湯気が出そうなほどにますます赤くなった。
「その・・・媚薬、だと。閨で使えば『英雄』の暴虐な行為を免れるかもしれないからと。恐怖で『その気』になれないなら自分にも使え、と。あの、ラル・・・ハリントン様は粗野で冷酷で非情な英雄だと、刷り込まれておりましたので」
何かいろんな意味で頭が沸騰しそうだ。
もし、初夜が滞りなく行われていたら。
シェリル嬢は毒薬と知らずに俺にドグルを飲ませようとし、もしかしたら自分でも飲んで。
どちらかしか飲まなかったとしても、「そういう」行為をしたなら、それぞれの体内に混ざる。
遅効性なのは、そういうことか。少量でも致死性が高いから、充分薬効はある。
次の朝には遺体が2つ、だ。
どこまでいっても、シェリル嬢は捨て駒にされてたってことだ。知らされることすらなく。
そう、知らせちゃいけない。知らないままでいい。
「媚薬って呼ばれるもので薬効が確実に保証された薬って、この世にないらしいよ。ああいうのは飲んだら効くっていう思い込みが大切なんだって、軍の薬に詳しい奴が言ってたよ」
「そう・・・なんですか」
シェリル嬢は持ってること自体が後ろめたかったんだろう、俺にさらっと流されて、ほっとしたようにつぶやいた。うん、あれが毒薬だなんて、知らない方がいい。
「そんな妖しい薬は、後で捨てちゃいましょうね」
コニーが何かのついでのように言う。あ、コニーか。
たぶんマーサが作ったプラシーボを、ロケットにすり替えたのは、コニーだ。
セドリックに目をやったらふい、と逸らされた。
何にせよ、ウィデル王家は俺をよっぽど消し去りたいらしい。
シェリル嬢が失敗した時のために、カーターには密命を仕込んだんだ。侵入することなく、いつでも俺に至近距離まで近づけるカーターに。
「カーター、密命を実行に移さなかったな」
苦笑してカーターに言ったら、カーターはくしゃりと顔を歪めた。
「言ったでしょう。あなたが噂通りの人物であればよかったのに、と。エルシェリア様が離宮とはいえあそこで暮らし続けるには、さっさとあなたが死んで寡婦になり、『帰国』してまた離宮に戻り住む、という筋書きが必要でした。今のエルシェリア様は、妖精姫を通り越して『そこにいるはずのない者』なのです。ですが、噂とは正反対のあなたを、妹を大切にしてくれるあなたを、そのためにつけ狙うなど、できるわけがない。それに、あなた自身に私がかなうとは思えなかったし、マークも堅かった」
カーターはちらりとセドリックとテスに目を向けた。
え? テスも? マークしてたのか? カーターを?
何かもう、テスのあのおいしそうな笑いがそうは見えなくなってくる。
「妹から書簡を見せられて、私に向けて『早くやれ』と言われているのだと思いました。『そこにいるはずのない者』が本当にいなくなったとして、誰も困らない。ですが、他の誰が困らなくとも、私にとっては唯一なのです。エルシェリア様の命を握られているのだと思いました。でも私には物理的にも心情的にも、あなたを殺せない。だから」
カーターはそれ以上を口にするのは女性たちを前に憚られたのか、言葉を切った。
だから、カーターの首を持って責任追及のためにウィデルへ行けって言ったのか。それで、離宮にいるエルシェリア王女を見つけ出してほしかった。
ああ、何か不器用だなあ。ある意味カーターもラブファントムだ。
もっと、仲良くなってればよかった。
書簡が来る前に、話してもらえる土壌ができてたら、もう少しましな方向に話を持っていけたかもしれなかったのに。
俺は小さく息をついた。これは、仕方がないかな。
「わかった。みんな話してくれてありがとう。悪いようにしないとは言ったが、カーター兄妹には申し訳ないが、死んでもらうことになりそうだ」




