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英雄にされた俺と、隣国の妖精姫の事情  作者: 穂高奈央


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22. それぞれの事情

 テスは、全員分のお茶を、そのまま飲めるようにそれぞれの好みで淹れてくれた。

 すぐに飲める状態なのに、ソーサーの上には必要ないはずのティースプーン。それは、かき回すためじゃなくて、小さなころんとした丸いケーキ? みたいなのが載せてある。手を汚さずに、ぱくりと口に放り込めるように、っていう配慮だろう。


 テスは、たぶん俺ら側(軍関係)にも関与してる。でも、やっぱり気遣いの人で、料理人なんだと、こういうのを見たら思う。

「話する前にこれ、いただこう。んで、お茶を一口でも飲もう。そういうことだよな? テス」

 これ、とティースプーンの上に載った自分用の菓子を指差した。

 テスはやっぱりふくりとおいしそうに笑んで、うなずいた。

 落ち着こう。誰も一言も発しないこの空気を、これ以上重たくしないように。


 俺の言葉に、みんな黙って従った。

「おいしい」

 思わずのようにつぶやいた彼女のその声に、ちょっとほっとする。

 ものがおいしいっていう感覚は、平常心を失ってないって意味で大切だと思う。


「うん、おいしいな」

 俺も食べながらうなずいた。

 焦げてるのかと思うくらい黒くて、変わった形をした小さなその菓子は、思ったより甘くなくて、少し酒の香りもする、大人好みの上品な仕上がりだ。


「カヌレと言います。本来のものより小さいサイズのものですけどね。いい牛乳と卵が多めに手に入ったので、久しぶりに作っておいたものです。シフォンケーキというふわふわのケーキも予定しておりますので、お楽しみに」

 テスは彼女に向けて、そう言った。

 たとえ、彼女が(ウィデルの王女)じゃなくても。

 何だ偽物か、で終われてしまう関係性じゃ、もうなくなってる。

『お楽しみに』。次はまだ、続いてる。


 そうですよね?

 とでも言うように、テスは笑んだまま俺の方に向いた。

 お見通しだな。

 俺は少し笑ってうなずいた。


「話はこれから詳しく聞くが、それは罰するためでも追い出すためでもない。対策を取るためだ。それは最初に、わかっててほしい」


 俺はみんなの顔を一人一人見て言った。

 彼女はうつむいていて、目が合わない。

「本題入る前に確認を取っておく。まずテス。暗部出身か?」

「はい。でも妻子ともに知りませんので、内緒にしててくださいね?」

 テスがあまりにもあっさりと、隠し味は秘密ですよ? くらいのいつも通りの穏やかさで言うから、ついふっと笑いが漏れた。


「わかった。だから通いなんだな?」

「はい」

 テスはそれもあっさりとうなずいた。

 最初の雇用契約の時に、離れに小さい、とはいえ家族3人なら充分住める住居もあるし、家族ともども住み込みでもいい、って言ったらテスは通いでかまわない、って言った。


 それは、『英雄』の家の敷地内に家族を住まわせるリスクを回避するためだと思っていたが、もちろんそれもあるんだろうが、一番はテス自身が暗部出身だと家族に知られないためだ。こういう事態が起きた時、ばれてしまうから。


「これはただの確認だ。あくまでもテスはうちの大事な料理人だし、それ以上を契約で求めるつもりはない」

 俺が言ったら、テスの笑みは深くなった。

「ありがとうございます」

 これはこれでいい。知っておいたら、非常事態に護衛対象にしなくていい、くらいのものだ。

 いや、暗部出身なら、もしかしたら戦力になってくれるかもしれない。

 そんな非常事態が、邸内で起こってほしくはないが。


「次コニー。暗部か?」

 あの動きは現役だろう。思って俺が聞いたらコニーは表情1つ動かさず、

「いいえ? 暗部に所属したことはありません」

 と答えた。

 え? あれで?

 いや、暗器常備してないだろう、普通のメイドは。


「あくまで確認だから、言いたくないことまで聞き出すつもりはない。可能な限りでいいから説明が欲しい」

 こういう話はデリケートだ。慎重に言葉を選んで言ったら、コニーは苦笑した。


「別に隠していたわけではなく、必要がなかったのでわざわざ言わなかっただけです。私は両親の影響で、こっち方面(暗部)の教育を幼い頃から受けていました。暗部には所属していませんが、父親に頼まれてメイドとして潜入し、情報を集めることはありました。でもここ(ハリントン邸)ではそういったことは依頼をされてもいませんし、してもいません」


 また情報が多すぎて、俺の中で渋滞を起こしてる。

 えーっと。

「それは、つまりマーサも」

「薬を扱うサポート系の内勤なので外部で活動していたわけじゃないですけど、『そう(暗部)』ですね。引退はしていますが、人手不足で需要が高いので、いまだにちょくちょく依頼は受けているようですが」


 マーサが。

 朗らかなあの、マーサが。

 全然知らなかったな。俺は衝撃を受けていた。

「うちでコニーが活動(暗部的な仕事)してないっていうのは信じるよ。してたとして腹を探られて困ることは俺にはないし、そもそもブレットの紹介だし。いや待て。コニー」

「はい」

「父親って、まさか」

 慄く俺に、コニーはこくりとうなずいた。

「ブレットですよ。血縁上で、戸籍上ではないですから、彼を父と呼ぶことはありませんが」

 まじか。


 マーサのことよりも衝撃だ。

 言葉を失ってる俺に、コニーは淡々と続ける。

「ブレットは引退前、暗部のトップでした。その関係で、彼は家族を持たない選択をしました」

 つまり。報復やら何やらで家族を危険にさらさないために、ブレットはマーサと籍を入れなかった。


「とはいえ、仲は悪くないですよ? まぁこの状況からしてお察しでしょうけど」

 それはそうだろう。俺はうなずいた。

 ブレットの紹介で、コニーに来てもらったんだから。

 それに、ブレットとマーサの間に流れる空気はいつも穏やかだった。まさか籍を入れてないだけで、夫婦だとは思いもしなかったが。


 セドリックは、知ってたんだな。

 執事である以前に、コニーのことなら調べ尽くしてただろう。

 テスのことももちろん知ってたはずだ。テスは、もともと自分の家で働いてた料理人だ。


 気にかかることは他にもある。

 聞いて疑問をつぶしていきたいところだが、でもそれはきっと、今じゃないんだ。

 俺は張り詰めた表情でうつむくカーターと彼女を見た。死刑宣告を待つ咎人みたいな空気を醸し出してる。

 いやだから言ってるのに。責めるつもりはないって。


 こっちが先だな。

 俺がカーターを見つめると、視線を感じたのか、うつむき加減だった顔をこちらに向けた。

 顔色が悪すぎる。

「じゃあ本題だ。カーター悪いが、もうちょっとだけ待っててくれるか」


 俺が言ったら、カーターの瞳が困惑したように揺れた。

「も、もちろんです?」

 何で疑問形なんだよ。

 言わなかったけど表情に出てたのか、カーターは弁解するように首を横に振った。


「い、いえ。そんな気遣いをしていただけるとは考えてもおらず」

「さっきも言ったが、俺は話を聞きたいだけだ。カーターには、俺にしてもらいたいことがあるんだろう?」

 俺の言葉にカーターがぴくりと反応した。


 カーターは、自分の身が心配なわけじゃない。

 さっき執務室で、覚悟の目をして、自分の命を賭して何かを訴えようとしてた。今さら命は惜しくないだろう。いや惜しんで欲しいが。

 たぶんカーターは、この訴えが聞き入れられずに話がおさまってしまうことこそを、危惧してるんだ。


 俺がわかってる、って意味を込めてうなずくと、カーターも小さくうなずいた。

 ちょっと待っててくれ。

 で、だ。俺は彼女に目を向けた。

 彼女はうつむいたままだ。

 俺は、彼女に問いかけた。


「もしかして、あなたは『シェリル』か?」

 それはまるで呪文のように効いた。

 彼女はがばりと音がする勢いで頭をあげて、俺を見た。

 嬉しいような、苦しいような、何とも言えない表情だ。


「・・・はい。私はシェリル・カーターと申します。エルシェリア様の身代わりで、ここに参りました。偽っておりましたこと、深くお詫び申し上げます。どのような処分も」

「いや、だからどうこうするつもりはないから」


 俺はまた釘をさした。

 似たもの兄妹だな? この2人。

 カーターも、執務室で急にスイッチが入って、俺がまだ状況を飲み込めてないのに言いたいことだけ言って命を断とうとした。


 思い込みが激しめなとことか、急にスイッチが入るとことか、こうして見るとそっくりだ。

 くしゃりと顔を歪めるとことか、うなずく感じとか。

 何で気付かなかったんだろう、っていうくらい。


 今考えたら、シェリル嬢が最初の頃に、カーターを「に」って言いかけて「カーター」って呼び直したことがあったが、あれは「ニルス」って呼ぼうとしたんじゃなくて、「兄様」って言いかけて言い直したんだな。

 恋人疑惑があったから、全然ピンときてなかった。


「あの、ハリントン様」

 シェリル嬢は、思い返してて口数の少なくなってた俺に、そう呼びかけた。

 ラルフ様、と呼ばれなかったことに、意外なほどショックを受けてる自分がいる。

「うん?」

「どうして、私が『シェリル』だと?」


 俺は苦笑した。

「もっと早く気付くべきだった。最初にあなたからシェリル嬢の話を聞いた時に、側妃(エルシェリアの母)と同年代の人なんだと、俺は勝手に勘違いしてしまった。でも状況的に、あなたが王女(エルシェリア)本人でないなら、登場人物は限られてくる」


 シェリル嬢はまたうつむいた。

 責めたいわけじゃないんだ、本当に。そんな顔をしてほしいとは、思ってない。

「シェリル嬢」

 呼びかけたら、シェリル嬢は顔を上げて俺を見た。泣きそうな、いやもう泣いてるか。

 それがどういう感情によるものなのか、やっぱり俺にはわからない。


 わからないから、知りたい。

 それに、重要な問題がもう一つある。

 エルシェリア姫が、ここにいないということだ。

 それはつまり、俺とセインで交わした取引において、いまだセインの対価は支払われていないということになる。


「話を、聞かせてほしい」

 俺の願いに、シェリル嬢は消え入りそうな声で、「はい」とつぶやいた。

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