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英雄にされた俺と、隣国の妖精姫の事情  作者: 穂高奈央


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21. 暴走

 ほどなくセドリックが戻ってきた。執務机で残りの書簡の処理をしている俺を見て、少し驚いてるようだったが、何も聞いては来なかった。

 正直ありがたい。

 こいつのこういう空気を読む能力、ほんと羨ましい。俺にも欲しい。


 昼食は、普段からきっちりとは摂っていない。腹が減ったらテスの所に行って何か軽くつまむ程度だ。

 だから、昼に姫と顔を合わせることがなかったのは、俺が心を落ち着かせるのにちょうど都合がよかった。


 でも夕食はそうもいかないだろう。

 朝夕は、イレギュラーがなければみんなで食べるのが、うちの不文律。

 姫とカーターは、書簡に関して何か言ってくるだろうか。・・・いや、ないな。


 黙々と処理をしたせいで、今日の処理業務がいつもより少し早めに終わってしまった。

 セドリックに「もうあがっていいよ」、と告げて、1人になった執務室。自室に帰ったらいろいろ考え込みそうになる気がして、気を紛らわせるために掃除をすることにした。何かしてないと、エンドレスに無駄なことを考えそうだった。


 執務室は情報管理上、コニーの清掃管轄外だ。

もちろん、姫も。

 見られたら困るってほどやましいものもここにはないが、うちは一応高給取り(英雄)の家として世間に認知されている。何かあった時に、容疑者にさせないための措置だ。


セドリックは掃除が得意じゃない。というか基本しない。

 だから、ここの掃除は俺がするしかない。

 普段こまめに掃除しないから、こういう時は都合がいい。がっつりやれば、ちょうど夕食の時間くらいになるだろう。


 そう思って掃除を始めて少しした頃。ノックもなしに、執務室のドアがかちゃりと開いた。

 執務室の鍵は、俺が入室してる時は基本かけてない。

 セドリックじゃないことは、姿を見るまでもなく気配でわかっていた。

 入ってきたのは、帯剣したカーターだった。


 入室してすぐ、ドアを閉めてそれを背に、カーターは剣を鞘から抜いて、俺に向かって剣を向けた。

 と言っても、俺とカーターの間にはそれなりの距離がある。

 目一杯腕を伸ばしたところで、到底剣は俺には届かない。


「どうした? カーター」

 俺は棚から物を出していた手を止めて、カーターの方を向いた。

 俺は昼、ここ(2階)から姫とカーターを見ていた。時間にすればほんの数十秒。一度も目は合っていない。

 たぶん姫とカーターは、俺に見られていたことに気付いていない。

 そもそもカーターが書簡のことで相談に来た、とは、この状況では考えられない。

 でも、かと言って、俺は危機的状況にあるわけじゃなかった。


 カーターの目は、据わっていた。

 酔っぱらってる、とかじゃなくて、覚悟の目だ。こういう目を、戦場でも見た。

「さすが英雄、余裕ですね。私などでは相手にもなりませんか」


 もしかして、挑発されてんのかな、俺。普段あまり話したことのないカーターがこんなことを言うその真意を、俺はセドリックじゃないから読み取ることはできない。

 ただ、はっきりしてることはある。

 カーターからは、悪意を感じない。


「手合わせしたことないから相手になるかどうかはわからないよ。でも俺は今、カーターに殺意も殺気も感じない。俺に剣を向ける意図は何だ? 何があった?」


 意を汲み取るとか慮るとか、俺にはそういうのはできない。だから、素直に尋ねることにした。

 カーターの顔がわずかに歪んだ。

 あれ? この顔。どこかで。

 既視感の理由を思い出せないうちに、カーターが話し始めた。


「あなたが噂通りの、粗野で冷酷で非情な『英雄』だったらよかったのに」

 カーターは剣を下ろした。

 姫からも聞いてたけど、俺、ウィデルでほんとにひどいことになってるな。


「今日姫に、ウィデル王家から来た書簡を渡した。そのことと、関係あるか?」

 さすがに「それを手に、2人で何か話してたのを見たんだ」、とは言えないから、遠回しに聞いてみる。

 カーターはきつく目を閉じて開くと、意を決したように大股で俺の方に歩いてきた。


 でもやっぱり、殺気は感じない。

「あなたを殺そうとしたかどで、私は返り討ちにあったことにしてください。私の首を持って、ウィデル王家に責任を追及し、そして離宮に」

 言いながら、カーターは自身に向かって剣を向けた。


 待て待て待て。まだ言い終わってないし、その説明じゃ全然わからない!

「やめろカーター!」

 俺とカーターの間にはまだ少し距離があったから、カーターを止めるために俺は一歩踏み込んだ。


 そこからの数秒は、ひどく凝縮されたものになった。


 俺がカーターにたどり着くよりも早く、ばん! と執務室のドアが開いて、コニーが鮮やかな身のこなしでふわりと跳んできて、カーターの剣を叩き落した上に持っていた暗器をカーターの首筋に突き付けた。

 コ、コニー!?


 声も出ないくらい驚いてるところに、俺の前に姫が飛び込んできた。俺を背にかばって叫ぶ。

「兄様! 何をなさっているのです! どういうおつもり」

 言い終わらないうちに、俺は姫の腕を引いて利き腕じゃない左腕で抱き込んだ。

 何かもう、脊髄反射的に動いてしまった。


 カーターはそもそも俺に殺意はなかったし、剣はコニーが叩き落したし、危険はどこにもなかったはずだが、自分が姫にかばわれたと感じた瞬間、勝手に体が動いていた。

 抱き込んだところで、俺は今帯剣していない。利き腕が使えたところで、何ができるわけでもないのに。


 いやそうじゃなくて。うっかり現実逃避しそうになってた。

 情報が渋滞を起こしてる。

 この異常事態に動じることなくとことこ歩いてきたセドリックが、カーターの剣を拾い上げた。

「重・・・あんまいいやつじゃないな」

 いやもうカオス。


 ああでも、これだけは先に言っておかないと。俺は腕におさまってる姫のつむじに目線を落とした。

「危ないでしょう、姫。二度とこんな危ない真似は」

「姫じゃないんです」

 俺の言葉は涙声の姫に遮られた。そういえば、さっき言ってた、「兄様」。

 兄様?


「私は偽物です。あなたに守っていただく価値などありません」

 姫が、いや姫じゃないらしいが、俺の腕の中から離れようとしたのを、俺はぎゅ、と片腕で抱きしめ直した。

 兄様、ってことは。

 こんな異常事態に申し訳ないが、俺は自分でも意外なくらいほっとしていた。

 カーターは恋人じゃなかった。兄なんだ。


 この間1分も経ってない。

 収拾つけないとな。俺の中でゆっくり動いてた時間が正常に戻った。

「コニー。カーターを助けてくれてありがとう。たぶんもう大丈夫だ。話を聞くよ、カーター。いいな?」

 コニーはカーターの首筋に突き付けていた暗器をしまい、カーターは力なくうなずいた。


「セドリック」

 呼ぶと、セドリックはカーターの剣を持ったままこっちを向いた。

「うん?」

 このコニーを見て動じてないってことは、知ってたな、こいつ。


「テスに言って茶の準備を」

「承知いたしました」

 俺の言葉を遮って、テスが執務室の戸口から顔を出した。本能的にぞくりとする。

 気配、なかったぞ・・・

 あと、ふくりと笑うその笑顔が通常モードで怖い。

 動じなさすぎだろう・・・

 テス、お前もか。


「テス」

「はい?」

「全員分で頼む。お前の分もだぞ。全員、事情聴取だ」

「もうすぐ夕食ですのに?」

 困った人、みたいな目で見るな。この状況で楽しく夕食ってわけにはいかないだろう。


「ちなみに今日のメニューは?」

 手のかかりそうなものや焼き物だったらテスも段取りがあるか、と思って一応聞いてみた。

「ポトフとサラダです」

 いやむしろもうやることないだろう。


「まったく問題ない。全員分の茶を。その後、夕食だ」

「承知いたしました」

 テスは一礼して、厨房へ歩いて行った。


「で。あなたも。話をしてくれますね?」

 姫、とは呼べない感じがして、俺は腕の中の彼女のつむじに向かって話しかけた。

「・・・」

 あれ? 反応がない。もしかして締め付け過ぎた?

 俺は少し腕の力を緩めて、彼女の顔をのぞき込んだ。

 人種違うんじゃないかくらいに、真っ赤だった。


 しまった。やっぱり力加減を間違えたか。

「すみません。苦しかったですか」

 聞いてみても、首がふるふると横に振られるだけで、返事はない。


「後ろ抱きして耳元でささやくとか旦那様、あなた本当にイケメンの自覚あるんですか」

 コニーが大きなため息をついた。

「後ろ抱きだと顔は関係ないな?」

 何か理不尽なことを言われたから、思わずこっちも的外れな返しをしてしまった。


「さ、移動しますよ。カーター様も。姫さ・・・お嬢様も」

 俺のつぶやきをあっさりスルーして、コニーは撤収を促した。この邸の主はコニーだな。

「行きましょう」

 まだ固まってる腕の中の彼女に声をかけたら、小さくうなずいて、前を歩き始めた。

 腕の中のぬくもりがなくなって、そのぽっかり空いた感じが少し寂しい。

 結局、彼女と目は合わなかった。

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