18. 必要か? それ
「まあせっかく同じ職場になったんだから、これを利用しない手はない。有効活用させてもらってたが、芳しい成果は出なかった」
つまりこれが、さっき言ってた『何度も求婚した』、のとこだな。何となく報告口調のせいで良いように言ってるように聞こえるが、要するに『同じ職場におしかけて有無を言わせず猛アタックしたけど撃沈した』ってことだからな。
全然見えてなかったんだな、俺。
セドリックもだが、コニーにもまったくそういう動揺らしいものは見られなかったし。さすがプロメイド。
「そこに王女が押しの一手を授けてくれて」
「え?」
急に姫の話が出てきた。姫は、知ってたのか?
「何で姫が?」
俺が尋ねると、セドリックも「んー?」みたいな顔で上目遣いになった。
「公私混同をコニーは嫌うから、勤務時間外の、人の気配のない場所でしか仕掛けたことはなかったんだが、なんかばれてた。意外に人をよく見てんだよな、あの子。コニーがメイド業務で王女から離れてる時に、向こうから近寄ってきて、日頃のお礼に、って、こっそり教えてくれたんだよ、コニー攻略の一手」
コニーが気にしないなら、勤務時間内でもかまわずいってたみたいな言い方だな。
って。あれか? あの時のことか。
セドリックに、姫が内緒話をしてた、あの時。
「なあ、それっていつだ?」
俺の確認に、セドリックは即答した。
「お前が熱出す前。あ、違った。『恋の病』を発症する前」
やっぱりそうか。いや、何で今言い直した?
後半の言葉の端々にコニー感がある。通常セドリックの口から『恋の病』なんて単語が出てくるわけがない。
「コニーの診断か」
「そうだ。王女から聞いたか?」
「うっすらと記憶がある。でも姫は恋の病とは言ってなかった」
「ああ。そりゃ直接言ったら困るだろう、お前が」
俺は必死にあの時のことを思い出した。
あれだ。熱の時、目を覚ましたら姫が俺の部屋に入ってて、出てもらおうとしたら言われたんだ。
『コニーは「旦那様は思春期によくなる病なので感染はしません」って言ってました』
姫のあの感じからして、たぶんコニーは、その通りの言葉で言ったんだろう。
姫に、気取らせないように。それらしく。
つまりたぶん。
コニーはあの時見てたんだな。セドリックに内緒話をしている姫を、隠れて見てる、俺を。
「いや、あの熱は疲れからきた、ただの熱だからな?」
恋の病とか。絶対に違う。
言い切った俺に、セドリックは不思議そうにぽつりと言った。
「必要か? それ」
「?」
セドリックが何に対して言ってるのか、俺にはわからなかった。
「まあ熱の原因が何かなんて俺にはどうでもいいけどな。ただ、否定する必要があるか? って思っただけだ。あの子は、自分から看病したいって言った」
「それは、日頃の感謝がしたいからって・・・」
言いかけて、ふいに俺は思い出した。
そうだ。熱が下がって落ち着いて、追求するのを忘れてた。
「そういえばお前、何で俺の部屋の鍵を開けた。返答次第では預けてる鍵を返してもらうぞ」
怒ってはいないが、信用問題だ。
セドリックは肩をすくめた。
「あのままお前が引きこもってたら悪化するのは間違いない、と、コニーが判断した」
またコニーか。俺は脱力した。
「お前コニーが『あいつ殺れ』って言ったらやるのか」
「やる」
即答か。ラブファントムだ。
ぶっきらぼうで、戦闘能力の高いラブファントムがここにいる。
コニーが闇堕ちしないように気をつけよう。
この邸から殺人鬼を輩出するのは、あんまり気が進まない。
「まぁ、あの時はあれで、王女への借りを返したつもりだったんだが」
小さく息をついて、セドリックが軽い口調で言った。
人のプライバシーを簡単に借りを返す材料にしやがって。罪悪感のかけらもないな。
まあ確かにコニーの言う通り、あのまま放置だったら俺は危なかったかもしれない、とは思う。が。
「コニー攻略の一手か」
俺が言うと、セドリックはうなずいた。
「そうだ。あれで貸し借りはちゃらになってるが、成果報酬として改めて礼がしたいから、先にお前に伺いを立てておこうと思って」
「伺い?」
意味がわからなくて俺は聞き返した。
「俺がお前に無断で王女に個人的になんかしたら、お前また熱出すだろう」
真顔で言ってるからなぁこれ。本気で言ってんのか。
「だから恋の病とかじゃないんだって。でも言いたいことはわかった。つまりお前は、その伺いをたてにここに来たんだな?」
「そうだ。不要だったか?」
セドリックはからかうように口角を上げる。
くっそー。なんかむかつくな。でも。
「・・・いや、必要だった」
知らずにまたセドリックが姫に贈り物とかしてるのを見てたら、熱は出さないが、また変な勘繰りはしてたかもしれない。って。勘繰りってなんだ。
書面上だけでしかない夫なのに。こういう時だけ。
「そういうわけだから、コニーとはまた改めて挨拶に来る。お前は知らないふりをしていてくれ」
「いや難しいだろそれ」
軍にいた時はそういうのは日常茶飯事だったが、それは事実や数字に感情が伴わないからラクにできたことで、プライベートのこういうのは、なあ。
いやでもなんかまだ現実味を帯びてないから、こいつの隣にコニーがいたら実感して、それはそれで衝撃が走るかもしれない。
「わかった。努力する。・・・セドリック」
俺が珍しく遠慮がちに呼びかけるのを見て、セドリックはちょっと目を丸くした。
「何だ」
「コニーのどこに惹かれたんだ?」
俺は、淡泊そうなセドリックが、こんなストーカー気質の恋愛脳だと今まで知らなかった。
軍でずっと一緒にいて、それなりに打ち解けてたと思っていたが、プライベートはやっぱり違うんだな。
やり口はともかくとして、こいつはちゃんと恋愛をして、ちゃんと射止めた。
それはもともとこういう奴なのか。相手がコニーだったからそうさせたのか。
「必要か? それ」
セドリックは不思議そうに首をかしげた。
「え」
「理由や理屈が確固としてあって動くもんじゃないだろ、こういうの」
ラブファントム・・・!
「お前の場合は有無を言わせず王命の結婚だったからな。動く必要がなかっただけだろう。例えばの話、もし国家間交渉がうまくいって、セインが『終わったからもういいよ』って言って、王命の結婚を白紙にして、セインが王女を王城で保護するってなったら、お前はうなずくか?」
「・・・王命の結婚を、王命で白紙に戻されるなら、俺に選択肢はないだろう。姫がもしそれを望むなら、なおさら」
「じゃあもし王女がここにいたい、お前の妻でありたいと言ったら?」
打てば響くようなセドリックの返しに、俺は黙り込んだ。
王命だ。選択肢はない。・・・・そう、言い切れるだろうか。
「そういうことだよ」
どういうことだよ。
うんうんとうなずいて、話は終わったとばかりに部屋を出ていこうとするセドリックを、俺は反射的に呼び止めた。
もう一個だけ、気になってたことがある。
「セドリック」
セドリックは歩みを止めて、首だけわずかにこちらを向いた。
「姫が授けたコニー攻略の一手って、結局何だったんだ?」
何度アタックしてもなびかなかったコニーをうなずかせた、最終兵器。
セドリックは口角を上げた。
「いずれ王女に聞いてみればいい。話のネタにはなるだろう」
どういうシチュエーションでそれを聞くことができるのか、俺には見当もつかない。
「『私用は勤務終了後』って言われてるから、また後でな」
そう言って出て行ったセドリックは、本当にコニーを伴って勤務終了後に俺の所に来た。