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13. 発熱

 姫は、買い物から帰ってくると、なんか憑き物が落ちたみたいにすっきりした感じになっていた。

 いい気分転換になったんだろう。

 さすがコニー。


「ラ・・・ラルフ様」

 夕食終わり。それぞれが部屋に戻ろうとしていたところで、俺は姫に呼び止められた。

 「ハリントン様」じゃなくなってるのが、ちょっと嬉しい。

「はい。どうしました?」


 着ているワンピースドレスは、買ってきたものだろう。派手じゃないが柔らかい暖色系で、姫によく似合っている。

 セドリックが言ってた「持ってきた服はあの子に似合ってない」は本当だったんだな。

 着てた時はわからなかったが、こうして比べると、顕著にわかる。すごいなあいつ。


「いいのを買いましたね。よく似合ってる」

 つい口から心の声がだだ洩れた。

「えっ、あっ、ありがとうございます」

 姫が少し顔を赤くして、恐縮したように縮こまる。


「あ、すみません。何でしたっけ」

 また間に言葉を挟んでしまった。俺の方が姫に声をかけられたんだった。

 この前言いそびれたやつの件かな。

「いえ、あ、あの。で、出直しますっ」


 姫はそう言うと、俺の返事を待たずに廊下の逆方向に走っていってしまった。

 どこに行くつもりなんだ。俺の部屋と姫の部屋は寝室を挟んで隣同士。

 帰るなら同じ方向のはずなのに。


「そういうところだよ」

「そういうところですよ」

 両側から顔に近いところでセドリックとコニーにささやかれて、俺はびくついた。

 セドリックはともかく、コニーまで気配を察知できなかった。

 いよいよ緩んできたな、俺。


「何が」

 2人から離れるために、俺は一歩後ろに下がった。

「イケメンは言動に気を付けないといけないんですよ。常々言ってるじゃないですか」

「いや初耳だな?」

 コニーの発言に俺は瞬速でかえした。


「・・・俺が、姫が話そうとする前にしゃべるのがいけないんだな」

「目の付け所は悪くないですが、そういうことでもありません」

 コニーが残念なものを見るような目で俺を見る。傷つくからやめてほしい。

「じゃあ何が問題なんだ」

「破壊力です」

「?」


 ますますわからない。

「姫様を回収してきます」

 コニーが言って、

「部屋戻るわ」

 セドリックが言って、2人はそれぞれ歩き出した。


 放置か。問題があるなら、はっきり言ってほしいんだが。

 とにかく次、姫が話しかけてきたら話の腰を折らないよう気を付けようと思った。


***


 姫が何を言いたかったのかは、結局わからなかった。

 あれ以来、姫が俺を呼び止めることはなかったからだ。


 でも、食事ごとに顔は合わせるし、会話もそれなりにするようになった。

 難しい話はしない。その場限りの、今日あったことなんかの、ささいな話だ。

 あと、よく感謝の言葉を口にしてくれるようになった。


 姫は、何てことのないことにも、反応して「ありがとうございます」と言う。

 してもらうことに慣れているはずの王女が、息をするように感謝する。

 そういう環境にはいなかったんだと、実感する。

 

 笑顔も増えた気がする。

 ちゃんと毎日3食食べているせいか、瘦せこけた感も薄くなって、肌つやもよくなって、そうしてみると、最初にコニーが言ったように、姫は子供じゃなかった。きれいな娘さんだった。


 カーターは、騎士としてじゃなく家人として雇う、と俺が言った日から、姫に張り付かなくなった。

 俺と会うのも食事の時くらいだ。

 何をしているのかと言えば、本当に俺の言った通り、テスの手伝いをしたり、力仕事なんかを引き受けたり、庭で草抜きをしていたこともあるらしい。


 それがポーズなのか、姫とは本当にそういう関係ではないのか、わからない。

 ただカーターは、姫みたいに態度は軟化しなかった。

 テスにもコニーにも丁寧な姿勢を崩さず、感情はやっぱり表に出ないし、たまにどこか思いつめたような表情をしている、と言ったのはセドリックだ。


 でも当然、まだ「どうしたんだ」と相談に乗るような間柄でもない。

 もう少し、様子を見るか。


***


 3か月が経った。

 相変わらず俺は俺の部屋で眠っているが、3か月も経てばそれが当たり前になってしまって、寝室はもう姫の寝室という感覚だ。


 俺の手続き関係の庶務が落ち着いてきたこともあって、これといって時間を作るわけじゃないが、姫と話す機会は増えていた。

 今日も、邸内の移動で廊下を歩いていたら、玄関ホールの奥の方で姫が目に入った。


 掃除は昨日してたから、花の活け替えだろうか。最近、姫はみんなが通る場所に、庭園の花、といっても何も管理してないから無造作に生えてるやつだが、せっかく咲いているからと、活けてくれるようになった。その辺の野花でも、それらしく活けて家に華やかな色味があると、明るくなったような感じがして、心が和む。


 話しかけに行こうと歩く方向を変えた時、姫が何かに気付いてそっちの方に駆け寄って行った。

 その方向に目を遣ると、いたのはセドリックだ。

 姫は、なんだか嬉しそうな顔をして、セドリックにお辞儀をしている。あれはウィデルでは感謝を示す行為だ。


 セドリックに、何かしてもらったんだろうか。

 あんなに素で笑う顔、俺見たことないな。ちょっともやっとする。

 姫はその後きょろ、と辺りを見回したから、俺は何となく身を隠して気配も消した。

 この距離だと、セドリックですら気配は読めないと思うが、何となく。


 姫は周りに誰もいないことを確認すると、セドリックに何かを告げた。

 声が小さかったのか、セドリックは少し首をかしげて聞き取りやすいように少し前かがみになった。

 姫は、そのセドリックの耳元で、両手で囲むようにして、内緒話をするように何かをセドリックに告げた。


 セドリックはばっと、姫から距離をとった。珍しく動揺している。

 姫はくすくす笑って、そんなセドリックを残して立ち去った。

 こっちに歩いてこなくてよかった。今どんな顔で姫と会ったらいいのかわからない。

 俺も、セドリックと同じくらい動揺していた。


 その日の晩、俺は珍しく熱を出した。夕食にも行けなかった。

 ずっと忙しかったのが急に落ち着いてきて、季節の変わり目もあって、ここにきてたまっていた疲れがどっと出てきてしまったんだろう。

 そのきっかけは、たぶん今日見たことじゃない。絶対に違う。


 俺は滅多に病気をすることはなかったが、今までに熱を出したことがないでもない。

 寝てれば治るから、と、セドリックが医者を呼ぼうとするのを断り、コニーには看病を断り、テスには今は食えないと食事を断った。

 

 こんなに息が荒くなるほどの熱が出るなんて、いつぶりだろう。

 軍にいた頃は、熱を出したら最後、寝込みを襲われるか寝首をかかれるかの緊張状態で、自己防衛反応なのか、不自然なまでに健康だった。

 そう考えたら、熱を出す余裕ができた、と前向きにとらえるべきか。


 子供の時に、ものすごい熱を出したことは覚えている。

 あの時はもうすでに貧しくて、病人食というよりいつもの食事の粥だったし、医者を呼べるような経済状態でもなかった。


 あの時、父さんと母さんは言い争いをしていた。

 それもわりといつものことではあったが、あの時。


『放っておけ。このまま死んでくれたらそれだけ食い扶持が減る』

『何てこと言うの! 自分の息子なのよ?』

『爵位もなくなって、もう後継ぎなんて必要ないだろう』

『そういうことじゃないのよ!』


 熱にうかされた中で、耳をふさぐことも逃げ出すこともできずに、両親の怒鳴りあう声を俺はただただ聞いていた。

 父にとって、俺はもういらない子供なのだと、わかって安心した。

 何をやっても怒られて、殴られた。それは俺が間違ったことをしているからだと思っていたが、そうじゃなかったみたいだ。そうだとわかって、安心した。


 あの時も俺は母さんに看病を断った。でも泣かれたから、それ以上は何も言えずに、看病を受けた。

 熱は下がって、俺は生き延びた。

 熱が出ることにも、看病されることにも、いい思い出がない。


 だからつい、みんなの申し出を、頑ななまでに断ってしまった。

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