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 俺を拾ってくれたのはやはり、マフィアのボスだった。


 俺はそのボスを守る用心棒になるべく拾われたらしい。


 俺よりも先にこのマフィアに拾われたというトマスは俺よりも二つ年上だった。


 トマスもまたストリートチルドレンだったところをボスに拾われたそうだ。


「レナート。お前はまず食べて身体を。大きくしろ。そんなヒョロヒョロの身体じゃ相手を倒す事も出来ないぞ」


 トマスと一緒に食事をし、基礎体力をつけてから俺はあらゆる技を教えられた。


 そして五年が過ぎる頃には俺の身長はボスを追い抜くほどに成長した。


「レナート。お前、縦にばっかり伸びやがって! ちっとは横にも大きくなれ!」


 そう言いながら笑っているボスが俺は大好きだった。


 そのうちに今度はピストルを撃つ訓練をさせられた。


「いいか、レナート。しっかり狙って撃つんだ。外したら反撃を食らうからな。一発で仕留めるんだぞ」


 最初は両手で構えないと撃てなかったピストルも、次第に片手で扱えるようになっていった。


 左胸の内ポケットに入ったピストルを素早く取り出して相手を撃つ。


 そんな訓練に明け暮れた。


「いっぱしのガンマンになってきたじゃねぇか」


 ボスはそう笑いながら俺に一丁のピストルを差し出してきた。


「ボス、これは?」


「これはお前のだ。大切に扱えよ」


 黒光りする一丁のコルト。


 それが俺に与えられた武器だった。


 十八を迎えた頃には俺はボスのボディガードとして周りに認知されるようになった。


 裏社会でも俺の名を知らない奴はいないくらいだった。




 そんな立場を手に入れてから数年後。


 その日はボスを自宅まで送り届けた後だった。


 何処かで一杯と馴染みの店に行きかけたが、ふと(たまには違う店にも行ってみるか)と思い、ブラブラと繁華街をあてもなく歩いていた。


 すると地下へと続く酒場のネオンサインを見つけた。


「こんな所にも酒場があったのか…」


 物珍しさも手伝って、俺はその階段を降りて行った。


 カラーン。


「いらっしゃいませ」 


 ドアベルの音に反応して、ウエイターが声をかけてきた。


 俺はサッと店内を見回すとカウンター席へと向かう。


「シェリー酒をくれ」


 スツールに腰を下ろすと目の前にいるバーテンダーに声をかけた。


「…どうぞ」


 俺をチラリと見たバーテンダーがグラスを俺の前に置く。


 俺がどういった種類の人間かすぐにわかったようだ。


 俺はグラスを取ると一口酒を含んで店内を見回した。


 テーブル席は半分くらいの客で埋まっているが、ホステスが接客するような類の店ではないようだ。


 更に視線を巡らすと店の奥にステージがあるのに気が付いた。


(何だ? 何かショーでもやるのか?)


 バーテンダーに尋ねるよりも先にステージの方で動きがあった。


 ステージの後方に椅子が置かれ、ギターを手にした男性が腰を下ろした。


 それを待っていたかのように、ステージの中央に赤いドレスを着た女性が立ってポーズを取る。


 スポットライトが二人を照らす。


 男性がギターをかき鳴らすとそれに合わせて女性が足を踏み鳴らしてフラメンコを踊りだした。


 何気なく見ていた俺だったが、次第に彼女から目が離せなくなっていた。


 ショーが終わり、店内から割れんばかりの拍手が起こる。


 彼女とギター奏者は深々とお辞儀をするとステージの袖へと引っ込んだ。


 グラスを持った手にポトリと水滴が落ちた事で、俺はようやく自分が泣いていた事に気が付いた。


 ぐいと袖口で涙を拭うとグラスの酒を一気にあおる。


「…彼女は毎日ここで踊っているのか?」


 バーテンダーに尋ねると、彼はちょっと目を見開いた後で首を振る。


「いや、もう一人のダンサーと交代だ。日によってはギター演奏だけの時もある」


「そうか。次に彼女が出るのはいつだ?」


「予定では明後日だな」


 俺はそれだけを聞くとカウンターに金を置いて店を後にした。


 フラメンコを観たのは今日が初めてではないのに、どうしてこれほど心がざわつくのだろうか?  

 

 何故かしら彼女のフラメンコに心惹かれるものがあった。


 その日から俺は足繁くその店に通った。


 別のダンサーのフラメンコも観たが、やはり彼女の踊りほど心は動かされなかった。


 そんなある日。


 いつものようにその店に行き、カウンターで飲んでいると、一人の女性が店に入って来て俺から少し離れた席に座った。


「マスター、サングリアちょうだい」


 そう告げた彼女と目があった途端、お互い惹きつけられるように視線が絡んだ。


 見つめ合ったまま、動けずにいた二人だったが、マスターの言葉で現実に戻される。


「この後、ステージだろ? 飲んで大丈夫なのか?」


「一杯くらい平気よ」


 二人の会話を耳にして、改めて女性を見直したところで彼女があのフラメンコダンサーだと気が付いた。


 私服を纏い化粧もしていないその顔は随分と幼く見えた。


 声をかけるべきか迷っていると、後ろのテーブル席で飲んでいた二人の男が彼女に近寄ってきた。


「よぉ、一人か? 俺達と一緒に飲もうぜ」


 片方の男が馴れ馴れしく彼女の肩に手をかけるが、途端に彼女の手がピシャリと払い除ける。


「触らないでよ! あんた達とは飲まないわ!」


「なんだと! このアマ!」 


 もう一人の男が彼女の腕を掴む。


 カウンターの中のマスターは二人を止めようとするが、相手が客なので強く出れないようだ。

 

「止めて! 離してよ!」


 彼女の声に俺は咄嗟にその男の腕を捻り上げた。


「いてて! テメェ、何しやがる!」


 腕を掴まれた男が俺に食ってかかる。


 ここで暴れると店に迷惑がかかるので外に連れ出そうかと考えた。


「おい、やめろ! ロドリゴの所のレナートだ」


 もう一人の男は俺の顔を知っていたらしく、相方を止めに入る。


「すみません、ほんの出来心で…。マスター、金は置いてくよ」


 男はお金をカウンターに置くと、相方を引っ張るようにして店を出て行った。


「ありがとう。あんた、強いのね」


 少し幼い顔が俺に笑いかけてくる。


 これが彼女との出逢いだった。

 

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