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 俺の名はレナート。


 スペインのアリカンテに近い小さな港町でとあるマフィアのボスの用心棒をしている。


 俺がボスに出会ったのはまだ10歳のガキの頃だった。


 その頃の俺は両親に捨てられ、ストリートチルドレンとして生きていた。


 生きるためなら何でもやった。


 スリ、万引き、かっぱらい…。


 とにかく生きる為に必死だった。


 その日も金を持っていそうな太った紳士から財布をすろうとしていた。


 あの体格ならすぐに走れなさそうだから、俺を追いかけたりは出来ないだろう。


 そう踏んで俺はその紳士に向かって突っ込んで行った。


「おっと、ゴメンよ!」


 わざとぶつかりポケットから財布をすろうとした瞬間、その手を捻り上げられた。


「痛えっ!」


「随分と大胆なガキだな。この俺から財布をすろうなんざ百年早いぞ」 


 愚鈍そうに見えた男に片腕をキリキリと捻り上げられ、俺は覚悟を決めた。


「チクショー、離せよ! 警察でも何処でも連れていけばいいだろ!」


 キッと上を見上げて男を睨み返すと、何故かその男は俺の目を見てニヤリと笑った。


「なかなか良い目をしてるじゃないか。どうだ、ウチで働かないか?」


「働く? 俺に何の仕事があるって言うんだ?」


 男が手を緩めた瞬間を逃さず、掴まれていた腕を振りほどき強がっていると、グゥ~と俺のお腹が鳴った。


「何だ、腹が減っているのか? 何か食べさせてやるからついて来い」


 そう言って男はスタスタと歩き出す。


 俺は一瞬躊躇ったものの、黙って男の後をついて歩き出した。


 財布をすろうとした報復で殺されるかもしれないと思ったが、どうせこのままここに居たっていずれは飢えて死ぬのはわかっていた。


「食べさせてやるって言ったんだ。どうせ死ぬなら何か食べてからの方がいいさ」


 そう独り言ちて自分の行動を正当化させていた。


 男が入って行ったのはこじんまりとしたレストランだった。


「いらっしゃいませ。…おや、ボス。こんな時間に珍しいですね」 


 ぽっちゃりとした女将さんが俺達を出迎えてくれた。


「ああ。俺はいいからこいつに何か食わせてやってくれ」 


 『ボス』と呼ばれた男は後ろを振り返って俺を指差した。


 レストランと言うよりは大衆食堂と呼んだほうが相応しいその店は、半分くらい席が埋まっていた。


 ボスと向かい合わせに座り、物珍しさに店内をキョロキョロしていると、目の前にデンと皿が置かれた。


「まかないに作ったパエリアだよ。これで良けりゃお上がり」


 俺の目の前には魚介のたっぷり載ったパエリアが熱々の湯気を立てていた。


 その匂いにつられて更に大きな音でお腹が鳴る。


 …これは夢じゃ無いよな…。


 震える手でスプーンを摑むとそっとサフランに黄色く染まったライスを掬う。


 恐る恐る口に運ぶと魚介の香りが口の中いっぱいに広がる。


 一口目を口に入れたら後は止まらなかった。


 ガツガツと口にパエリアを頬張る俺を見てボスがクスリと笑いを漏らす。


「おいおい。空きっ腹にそんなに詰め込むと腹が痛くなるぞ?」


 ボスは女将さんが持ってきたワインを口に運びながら俺が食べるのをじっと見ている。


 あっという間にパエリアを平らげた俺は満足感を覚えると共にこれから何をされるんだろうという不安がない混ぜになっていた。


 ボスはワインを飲み干すとゆっくりと立ち上がる。


「よし、行くぞ」


 ボスは支払いもせずにレストランを出ていくが、女将さんは何も言わない。


 不思議に思いつつも俺は黙ってボスの後をついて歩く。


 今まで足を踏み入れた事のない大通りを進んで行くと、ボスは大きなビルへと入って行った。


 あまりのビルの高さに上を見あげていると


「何してるんだ? 早く入れ!」


「は、はい!」 


 ボスの叱責に慌てて返事をしてビルの中へと入った。


 そこはビリヤード台やダーツが置かれていて何人かの男達がプレーに興じていた。


 むせ返るような煙草の匂いに息が詰まりそうになる。


「ボス、お帰りなさい。…おや、その子は?」


 真っ先にボスに気付いた一人の男性がボスに話しかけてくる。


「ああ、こいつは…。…名前は何だ?」


 ボスに振り返られ、まだお互い名乗っていなかった事を思い出す。


「レナートです」


 俺が名乗るとボスはコクリと頷いて男性の方に顔を向ける。


「レナートだ。今日からうちの一員になる。こいつを鍛えてやってくれ」 


 途端に男性がしかめっ面を作る。


「またですか? この前もトマスを拾ってきたばかりじゃないですか。うちは孤児院じゃないんですよ」


「まあ、そう言うなよ、アントニオ。小さい頃から鍛えれば十分役に立ってくれるさ」


「まあ、野垂れ死にするところを拾ってやればそれなりに忠誠心は芽生えると思いますがね。それにしても誰彼構わず連れてくるのはどうかと思いますがね」


 俺は二人の会話をドキドキしながら聞いていた。


 ここで拾ってもらえれば、衣食住に困ることは無くなると肌で感じていた。


 こんなチャンスはもう二度とないかもしれないのだ。


 幸いアントニオはそれ以上反論はしなかった。


 やれやれとばかりにアントニオは肩を竦めるとまたビリヤード台の方へと戻って行った。


 それにしても…。


 ここは一体何なんだろう?


 それに「ボス」って呼ばれるって事は…。


 俺はとんでもない所に来てしまったのかもしれない。

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