16話 誰が嘘をついているのか
目を通し終わった私は胡蝶に尋ねた。
「……ねぇあなたにはこの曲が表したいものはなんだと思う」
「……別れね……」
そう告げた彼女の目は少し潤んでいた。
「やっぱりそうだよね」
ありがとうやごめんの文言がとても多かった。
「ねぇ葵姉様はどこに言ってしまったのかしら。胡蝶何か悪いことしちゃったかなぁ。会いたいよ……」
そういう彼女の瞳からはすでに涙が溢れていた。
私意外にも葵を思う人は多くいることがわかった。なのに当の本人はどこへいったのか。たくさんの人と関わったのに何も言わずに去っていくなんて薄情ね。
胡蝶が泣き止んだので、胡蝶がどうしてここまで葵のことを慕っているのか聞いてみることにした。彼女は俯きながらもぽつりぽつりと語ってくれた。
葵に出会った時の胡蝶は体重も今より10キロ以上重く、口も悪いので学校には居場所がなかったという。しかし葵はそんなこと気にするでもなく、笑顔で受け入れてくれた。一緒に運動をし、メイクの仕方を学び、服の組み合わせや写真の撮り方も一緒に考えてくれた。劣等感しかなかった容姿を愛せるようになり、葵を慕っているとのことだった。
「今更もらってばかりだと気づいたんです。葵姉様は私の前では弱音を吐いたことも泣いたこともありませんでした。私にとって彼女はいつも自分を変えてくれた憧れの人でした」
葵は私と離れた後、自分だけではなく周囲の人々に嬉しい変化を与えていたようだ。泣き虫で私の後ろについてばかりだったのに。私は胡蝶の話を聞きながら目から溢れる涙を抑えられなかった。
「綺麗な顔が台無しだわ」
胡蝶がテッシュを持ってきた。そういう彼女の顔も真っ赤だった。私は胡蝶と笑い合った。
「そういえばこの楽譜は誰がもらったの」
胡蝶は携帯で日付を確認しながら答えた。
「7月の……14日だったかしら?彩芽さんがスタジオの受付の人から渡されたって言ってた気がする」
「14日だと葵が消えた日から1週間も経ってるけど、受付の人に預けてたってこと?」
「いや、その辺は確認してないからわからないけど……」
「今から聞きに行きましょう」
私は胡蝶と一緒に新宿にあるスタジオへ向かった。
しかしスタジオの受付の人に確認すると予想外の答えが返ってきた。
「荷物ですか?」
「いや郵便かもしれませんが、あの部屋を借りているオーブのメンバー宛に荷物を受け取った記憶ありますか」
「いやぁ基本的に個人宛の荷物は受け取らないようにしているので、わからないですね」
私と胡蝶は顔を見合わせた。
「ちょっと電話でやがりなさいよ」
胡蝶が彩芽に電話をかけているが、留守電に設定されているようで繋がらない。
「あぁもう」
胡蝶がキレる。私は琥珀くんに連絡を入れてみた。琥珀くんはすぐに電話が繋がった。
「えーっとどうされました」
「ごめんね琥珀くん。彩芽さんと連絡を取りたいのだけれど電話繋がらなくて」
「わかりましたボクの方でも連絡入れてみます」
琥珀くんとの通話を終える。
「胡蝶さんは彩芽さんの家とか学校とか知らないの?」
胡蝶は気まずそうに言った。
「私あの子とは気が合わないのよ。何を考えているかわからないし葵姉様が連れてきていなかったら関わっていないわよ」
同じバンドのメンバーなのに、何も知らないということか。
「あれ?そういえば彩芽さん淡い紫色のセーラー服着てたよね?あれどこかの学校の制服じゃないの?」
髪色と同じような色の淡いセーラー服が特徴的だった。
「いや違うわ。紫色のセーラー服の学校なんてこの辺りにはないもの」
キッパリと言い放つ胡蝶。私が疑問を述べる前に彼女は答えた。
「私高校を決めるときに制服を全部調べたから間違いないわ。だとして制服が特に決まってない学校かしら?それならいくつかあるけれど……」
それを調べていくには時間がかかりすぎる。
「あぁこんなことならもっと話しておけばよかったわ」
胡蝶が悔しそうな表情をした。