1話 夏の陽射しと潮の香り
それは突然の知らせだった。
私は知らないアドレスから届いたメールには“葵がいなくなった”とだけ記載されていた。冗談メールにしては悪戯がずぎる。
葵は小学生の時に出会った女の子で、中学を卒業するまでは一番長い時間を過ごした友人である。
そんな彼女が失踪したと聞いて落ち着いていられるほど私は大人ではなかった。
両親に日本に行ってくると伝えると必要最低限の荷物だけ持って日本行きの飛行機に乗り込んだ。
羽田空港から電車を乗り継いで17時過ぎにやっと目的地に辿り着いた。
久しぶりの潮の匂いとかもめの鳴き声。サウナにいるようなねっとりとした暑さに帰ってきたことを実感した。
海は変わらず太陽の光を反射させていたずらに人を惑わしていた。ここが私が中学を卒業するまで住んでいた場所だ。
海に誘われスニーカーで踏んだ砂浜は思ったより硬く感じた。
懐かしい景色に心が躍った。石畳の道路はアスファルトは違いどこかチグハグだ。この小さな街は建物も高くなく空がよく見える。ついつい忘れて懐かしいお店を覗いたり、学校の帰りに寄り道していた公園を覗いた。なにも変わっていない安心感にどこか胸を撫で下ろした。公園のブランコで腰を下ろしていると小さな子供がじっとこちらを見ていた。ごめんとブランコを譲ると子供達は仲良く遊んだ。そして自分と葵の姿を重ね。君たちは大きくなってもずっと仲良くするんだよ。と呟いた。
そして日本に戻ってきた目的を思い出す。記憶を頼りに目的地へと向かったが、ところどころ真新しい建物が立っていた。私がここを離れてまだ2年と少ししか経っていないはずなのに変わったものもあるのかと少し寂しくなった。
葵はきっといるはず。メールの内容の真偽を確かめにきた。久しぶりに来た目的地。私はその扉をそっと開け、中を覗き込む。足を踏み入れた人を安心させるオレンジの光と木の暖かさ、緊張していた心が少し落ち着いた。受付の人に施設長がいないか確認した。少し待たされた後私は施設長と呼ばれる人と顔を合わせた。
「どちら様でしょう。ここで過ごされたことのある方でしょうか」
眼鏡を下げてこちらを見る視線に少しドキッとした。私の知っている施設長ではないので取り次いでくれるのか不安に思いながら声を発した。
「あの。紫 葵に会いに来たのですが」
施設長は訝しげに私の顔をじっと見た。私が何者なのかを探っているのだろう。名乗っていなかったことを思い出した。
「あの私葵の友人の向日 陽花と申します。中学生の時までよくこちらに伺っていたのですが」
「今は紫葵という人物は在籍しておりません」
私が話しているのにそれを遮るようにキッパリと施設長が口を挟んだ。
「えっ」
葵はどこかに貰われたのだろうか。いやそんなはずはない。
「いや、葵はここにいるはずです。まだ高校3年生なのでここに入れるはずです」
施設には18歳まで入れることを知っていた。
「いないものはいないんだ。帰っておくれ」
「どう言うことなんですか。教えてください」
施設は子供を守る施設なのだ。知らないわけがない。
「私から他人のあなたに伝えられることは何もないんだよ」
他人という言葉に何も言い返せなくなる。
しかしここで引き下がっては葵がどこに行ったのか生きているのか事件性があるのかないのかわからない。
私は少しでも何かを繋ぎ止めたくて、前施設長の居場所を聞いた。
「彼女は隠居したよ。私も場所は知らない」