出会いっていいよね3
俺はくるりと彼女に背を向けて歩を進める。後ろからは続く足音。少し錆びた鉄骨階段をカンッカンッと景気よく鳴らして昇る。後ろからはドシンドシンと厳つい音。きっと、彼女は素敵な何かが人より多く配合されているのだろう。気にしてはいけない。
ポケットからブサイクな黒猫ストラップ付きの鍵を取り出し、ガチャリと開錠する。少女はその様子をじっと見つめていた……かと思えば俺の脇をするりと抜け、先に中へと侵入する。
「ちょ、何勝手に…」
「ごほん、……おかえり」
スカートの端と銀糸の髪をふわりと舞わせながら、猫みたいに真ん丸な目を細め、はにかみながらそうこぼした。後ろで手を組んで、あざといじらしい。
「……え、ああ、ただいま?」
突然の出来事に固まることしかできず、ようやく吐いた言葉はただの儀礼に沿った返答に陥った。
「ぷ、へんなのっ」
自分だってほんのり赤くなってるくせに……え、機械だよね?その肌どうなってんだよ。なんて考えながら、無意識に手を伸ばして彼女の頬をつまむ。うん、思った以上にただの肌だ。縦横無尽に伸びまくるもちもち肌がおもしろく、しばらく遊んで癒される。
「へえ、いふまへやっへんほよ。ぷはっ。……で、何か言うことは?」
せっかく解放したというのに、今度はぷくっと両の餅を膨らませている。やばい。つんつんしたい。なんて考えながら、無意識に手を伸ばして彼女の頬を……
「いてててて。足踏まないで。えっと、ごちそうさまでし、いてててて。……ごめんなさいでし、いてててて」
何が気にくわないのか、彼女は俺のつま先をふみふみし続ける。素敵な何かの重圧がすごい。なんだ、なにが不満なんだ。見当もつかないのでまいったと両の掌で天を仰ぐことにする。
「もう、だからぁ、あ、そうか。……えっと、……えっとね」
不思議そうにしたと思えばはたと何かに気づいて視線を落とし、若干の逡巡の後にチラチラと周りを確認する。そして、決心したのか今度は潤んだ上目遣いに、消え入りそうな声でつぶやく。
「あの、ただいま」
「は?うん……え?ええっと、おかえり?」
重大な決心をしたのかと思えば突然の同居設定。思考が追い付かずに、またもただの儀礼に終える。彼女はといえば、満足したのかにこっと暖かな笑みを浮かべて、俺の足を踏む力を強める。いてててて。なんでだよ。そうして、彼女は俺の不満顔などつゆ知らずを装いながら、くるりとリビングへ足を向ける。あまりにも訳が分からない。
俺は洗い場でお手々をキレイキレイしてお口をゆすいでわが部屋へと向かえば、なんということだろう。だらしなくも、俺のベッドの上でアンドロイド畜生がブサ猫ぬいぐるみのカイくんを抱きながら、怠惰を極めたように寝転んでいる。しかも、彼女はその背から黒い線を伸ばしており、その先を辿れば我が家のコンセントに刺さっているではないか。彼女の大きな瞳に、ジト目への字口で不満というか困ったような俺の顔が映る。
「部屋の主を差し置いて、ずいぶんリラックスしておいでで」
なんとまあふてぶてしい。先ほどのエセ関西弁が良く似合うというもの。
「まあね。私の体はこの空間に立ち入ると自動で寝転ぶようになっているのよ」
「それは便利……とはならねぇよ。なんで俺の部屋での行動が設定されてるんだ」
アンドロイドがいうと恐ろしいものだ。え、いつの間にかうちの情報が抜き取られていたとか?考えるだけでも恐ろしい。
「さて、約束通り寝床とご飯はもらったわ。あとはお風呂よ」
寝床って、もしかして俺のベッドはそのまま奪われてしまうのか?それに、ご飯とは我が家の電気のことか?つまり、このアンドロイドにトイレ機能はないのか。……これ以上はやめておこう。さて、お風呂か。
「君はお風呂に入れるのか?」
「もちろん。私は超高性能な美少女アンロイドなのだから。造作もないわ」
果たして美少女は関係あるのか。
「ここから出て右がお風呂、左がトイレのドアだ。好きに使ってくれ。タオルは脱衣所にある棚の一番上。着替えはいるか?」
「ご丁寧にどうも。あるなら欲しいわ。いらない服でもなんでも。もちろん、メイド服だっていいわ」
どきりと、心臓が鼓動する。なにせ、彼女は冗談のつもりで言ったのかもしれないが、実際、俺の家にはミニスカメイド服セットが埋葬されているのだから。もちろん、パートナー用でも自分の女装用でもない。プレゼントとして、たまたま友人がふざけて送ってきたものだ。
ここで素直にメイド服を出すのは気が引ける。だが、だがしかし今、俺は銀髪赤眼の美少女メイド服を拝むチャンスに直面しているのだ。このことはよーく考える必要がある。
「……」
「メイド服ね。はいはい。しょうがないから着てあげる。お礼の意味も込めて。はぁ、ホント、スケベね」
なんだか複雑な気分ではあるが、しょうがないのであるからしょうがないのである。ありがたく拝ませてもらおう。今の制服コスプレ?もいいが、彼女の纏う大人びた雰囲気とは若干の齟齬を感じる。ミニスカではあるが落ち着いた色合いのメイド服はきっとより似合うことだろう。ミニスカではあるが。
しばらく無言で見つめ合った後、彼女はプラグを抜いて背中に収納し、お風呂の方へと向かった。すぐお風呂に行くなら充電は後でもよかった気がしたが、もしかしたらもう充電が切れかけていたのかもしれない、なんて考える。俺は風呂も歯磨きもごみ捨ても全て済ましており、別段やることもないので彼女のメイド服姿を想像しつつ、最近ハマっているソシャゲのデイリーを消化することにした。
チッ、チッ、チッ、チッと、無駄に大きな音で秒の経過を報せる時計。日々が浪費されていることを責められているようで、時たまストレスを感じてしまう音。俺は推しキャラの覚醒のための素材集めに奮闘するも途中で飽きてしまい、今はベッドの上で先ほどの彼女を再現することしかできない。ガラッと、お風呂場の扉が開く音。今頃卸したてのフワフワバスタオルで身体を拭いて、あのミニスカメイド服に袖を通しているのであろう。などと気持ちの悪い妄想をしながら、ふとスマホの画面で時計を確認する。23時32分。ずいぶんと過ぎたものだと考えると同時に、またも部屋に設置した時計ではなく、手元のスマホで時間を確認する自分に嫌気がさす。ガラリと、脱衣所の扉が開く音。続いて、ひたり、ひたりという冷たい音が、徐々に迫ってきていることを感じ取る。ぼーっと見上げれば、メイド服の美少女アンドロイドが不思議そうに俺の顔を覗きこむ。微かに頬を掠めた長い銀髪は未だに湿り気を帯びていて、綺羅を思わせるように艶やかであるが、同時に、どこかで儚い。
どのくらい見つめ合っていただろうか。うっかり、彼女の瞳、真っ赤なカメラレンズがどうやっても機械のように思えないと知るに足る程の時間だったか。俺は今度こそと視線をエアコンの横へ流し、現在の時刻を知る。23時34分。長い沈黙は、どうやら感覚の上での話でしかなかったようだ。
「元気?」
「まあ、おかげさまで」
「ふーん」
彼女はどこか納得いかない面持ちのまま数歩下がり、くるりと、ミニスカートをなびかせながら二回転。見えそうで見えない絶妙な加減が素晴らしい。
「元気でたみたいね、ホント、しょうがないやつ」
彼女ははにかみながらそう言った後、背中をまさぐってプラグを取り出し、近くのコンセントに挿していた。やはり先ほどの数舜じゃ充電しきれていなかったか。彼女は俺のベッドの横にごろんと寝転び、近くにあった座布団を頭の下に敷いて、カイくんを抱き、就寝体勢をとる。あまりの流暢さに、先ほどのだらしない設定が真実味を帯びてくる。
「ベッドじゃなくていいのか?」
ちょっと厭味ったらしくいってみる。
「なに?隣で寝てほしいの?ホント、スケベなやつね」
冤罪である。自分がベッドで寝る優位性をアピールしてやりたかったというのに、強烈すぎるカウンターを食らってしまった。
「……」
のそりのそりと、銀の人形が俺の腹の上を通過する。充電コードも一緒に俺の上へ進路をつくり、なんだか拘束された気分だ。やがて、ただでさえ狭いベッドの際に俺を追いやり、壁側を占拠した彼女は再び就寝体勢をとる。え、ほんとに一緒に寝るの?横目で彼女を見やれば彼女も同じように横目でこちらを確認していたところであった。どうにも気まずいので部屋の電気を常夜灯モードにし、弱いオレンジで雰囲気を誤魔化す。なんだか、余計にイケない雰囲気になってしまった。
「なあ」
「なに?トイレなら廊下に出て左の扉よ」
何故か自分の家を案内された。
「いや、トイレではなく。君の服とか洗濯しておかなくて良いのかと気になってな」
勝手に口をついて出てきた疑問に、我ながら感心する。この美少女は明日も同じものを着るのか。それともメイド服で過ごすのか。
「ああ、あれは服というより鎧みたいなものだから。洗濯とか気にしなくていいわ」
ほーん。便利なものだなぁと考えつつ、鎧ってなんだと新しい疑問が生まれる。
「なんでそんなゴツいもん着てるんだ?」
「……」
しばしの沈黙。何か不味いことでも聞いてしまったか。いや、不味いことを抱えていなきゃごみ捨て場で寝てはいないか。
「そういえば、自己紹介をしていなかったかしら」
そう言って彼女はむくりと体をこちらに向け、俺の顔を両の手で挟んで無理やり目を合わせる。銀髪赤目で猫みたいな端正な顔立ち。男物のシャンプーとファミリー向けのボディーソープの香りを纏いながら、その桜色の唇を開く。
「初めまして。対狂機組織聖女の祈り、四角な卵部隊所属、対特殊狂機用戦闘型アンドロイドAX-02よ。母なる盾、または絶壁と呼ばれているわ。よろしくね」
そう言って、彼女、AX-02は優しく微笑んだ。俺はその温かさにしばらくの間呆けていたのであるが、やがて、どこかで恥ずかしさが勝り、視線を彼女の端正な顔からずらす。……ふむ、なるほど絶壁か。
グキリ、両サイドから俺の頭を挟む強烈な力により、俺の首からそれなりに痛い音を立てながら無理やり彼女の顔面に視線を戻される。
「あにょお、いひゃいれす」
「あら、ごめんなさいねぇ。私ったらついつい」
じくじくと熱を持った首をさすりながら、恨めしい目でもって睨みつける。なんて恐ろしい。これが戦闘型アンドロイド。
「それで?今度はあなたが自己紹介したっていいのよ」
彼女は恐怖に震える俺の様子を全く意に介することなく言葉を重ねる。まぁ、自己紹介を返さないのは無礼かと、俺は揺れる彼女の瞳に照準を合わし、できるだけニヒルな笑みで語る。
「初めまして。k大学法学部政治学科2年、中村真斗だ。友達からは真斗、またはまっくんと呼ばれている。よろしくな」
俺はバッチリとしたキメ顔で締める。彼女は真顔で数秒静止した後に、俺の頬から手を離し、ブサネコを抱きかかえて口元を隠す。何故か、彼女の目は嬉しそうに細められていた。
「やっぱり……いえ、何でもないわ。さ、疑問も解けたし、自己紹介もしたし、もういいでしょう?早く寝ましょ」
気になる事を零す彼女。なんだろう、何か大事なことに気が付かなければいけないような、そんな焦燥感に駆られる。目の前の、AX-02の、どこか消えてしまいそうな雰囲気がそう思わせるのか。じわりと、嫌な汗をかく。不思議な、自分の体がなくなるような感覚。どこか、落ちていってしまうような。
「な、なあ」
思わず声をかける
「今度は何?えっちなことはだめよ」
むしろ君の方が頭お花畑なのではないかと言いたいが我慢する。
「変なことを聞くんだけどさ、いや、えっちなことではない。たぶん、おそらく」
じっと、俺が次の言葉を紡ぐのを待ってくれている。チッ、チッ、チッ、チッと、壁掛け時計が無駄に大きな音で秒の経過を報せる。だから嫌なんだ。そろそろ電池を取り外してやろうか。
「あのさ、お前ってニュースなんかではあんまり見ないけど、普段は何してんの?」
またも口をついて出た疑問に、我ながら感心する。いろいろと論理が飛躍してはいるが、高性能そうな彼女であれば問題ないだろう。いや、コミュニケーションにおいては俺に問題ありか。
「ふーん。気になる?」
「あ、ああ。特殊狂機ってのがなんだか分からないし、その、聖女だとかなんだとかも良く分からん」
AX-02の眼光が鋭くなる。
「いいわ。説明してあげる」
そうして、彼女の簡易な講義が始まる。世に出回る狂機とやらが実は特殊狂機とやらの失敗作であること。本来の狂機は魔法のような解明不可能な現象を司るということ。いや、解明不可能ならそれも失敗作だろ、とのツッコミは、科学的に言えば正しいが錬金術では成功なのだという。アンドロイドとかいう科学の結晶が錬金術とかいうんじゃないよ。あと、聖女の説明はどうした。
「さて、理解できたかしら」
得意げにふんぞり返る彼女。寝転びながら器用である。
「理解した、と言えば噓になる」
「そう、なら、仕方ないわね」
そう言って彼女は俺の手を取ってもそりと起き上がる。そのままベッドから降りて、コンセントからプラグを抜き取り、背中に収納している。
「ほら、さっさと起きて。百聞は一見に如かず。分からないなら見せてあげるわ」
彼女はとんでもない力で俺を引きずり、脱衣所に向かっ……たかと思えばいつの間にやら出会った時の制服姿に変身していた。いつの間に。そして、何故俺は目を離してしまったんだと後悔する。……ジト目で睨まれた。
彼女に引きずられるがまま玄関の前へ。まて、本当に出るのか?俺は寝間着で君は学校制服だぞ。なんなら俺の寝間着はお尻の部分に穴が開いている。確実にヤバい奴らじゃないか。見つかればご近所づきあいはおろか、社会的に生きていけなくなる事態だって考えられる。
「まて、落ち着くんだ。俺たちの格好を今一度見てくれ。頼む。止まってくれ」
「うるさいわねぇ。シャキッとしなさいシャキッと。見られたらその時よその時。それに、なにがあっても守ってあげるから、安心なさい」
心配なのは社会的な防御力なんですけど。いちアンドロイドじゃ無理でしょ絶対。
23時48分。結局、俺は寝間着運動靴で、銀髪の制服美少女と夜の住宅街に繰り出すのであった。