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出会いっていいよね2

「もう怒ってないってば……」


カラカラと笑う彼女は台所でせっせと出汁を取っている。一人暮らし初心者の時に無駄に意気込んで購入した煮干し軍団。彼らに賞味期限があるのかないのか知らないが、冷蔵庫でミイラと化していた可哀想な奴らが、今、遂に水中に帰している。南無三……お前らの犠牲は忘れないぜ。


「まぁ、あなたも寝ぼけていたんでしょう?」


チッチッチッチッチ……うちのコンロは反抗期なため、定期的に火を着け直す必要がある。


「チッ」


……目の前の彼女も反抗期なのか、定期的に宥める必要がある。


「いや、ほんと、申し訳なかったし、ほんと、ご馳走様様でした」


「ん?」


トンットンットンッと、リズミカルに包丁が弾む。


「いや、その……あー、お腹空いてきたなー。可愛いメイドさんの手料理、楽しみだなー、なんて……」


ザクリ、ザクリと、冷蔵庫の隅でうずくまっていた葉野菜がその見目を整えられる。


「ふふっ」


くすりと、優しさを吐く彼女に安堵する。ズキズキと主張する自分の額にうさちゃん絵柄のタオルで包んだ保冷剤を当てながら、早朝に漂うこのなんとも言えない空気を、調子の良い右の鼻穴でもって胸いっぱいに吸い込む。喉を通る空気がいちいち甘ったるいし、胸の中心が妙にくすぐったいこの感じ、悪くない、非常に悪くない。が、かと言って、手持ち無沙汰な現状になんだかもどかしい気がするもので。


「なあ、何か手伝わせてくれよ」


味噌が溶ける匂い。シュッシュとお玉に載せた味噌畜生を箸で粉々にする音。


「ダメよ。これは一宿一飯の御礼なのだから」


寝床と充電のお代なら目覚めの時に大量のお釣りとともに精算して貰ったが、彼女の気が済まないと言うのなら仕方がない、大人しく施しを受けよう。それに、目の高さよりちょい下で揺れるスカートの裾を追うのも楽しいものだ。


「……テレビでも見ていなさいよ」


「あっ、はい」


突然に凍える寒さを感じた俺は必死にテレビリモコンを探すも、我が家にはテレビが実装されていなかったことを思い出す。というか、今どき口をついてテレビって。彼女はテレビっ子なのだろうか。まあ、無いものは無いとして仕方がないので、スマホで動画サイトを開くことにする。


上から、推し配信者のアーカイブ、お猫様の癒し動画、リピートしてるアニソン関連のミックスリスト、そして、狂機のニュース。

『狂機の強力個体、相次いで確認。原子力発電所等に被害。都市部では電力被害の発生……』

『対狂機組織勇者の導、エースのカイトが大型狂機の討伐に成功。周辺自治体より多額の……』


今日も今日とていつも通り。狂機関連のニュースは嫌でも目につくものであるし、特に、対狂機イケメンアンドロイドであるカイトの顔を見ない日は無い。というか、カイトは勇者の導という組織所属なのか……。目の前の彼女はなんだったか。一般人並、またはそれ未満程度でしか狂機関連の知識を持たない自分は、もうはや昨夜の記憶が朧気である。まあ、また聞けば良いか。


「なあ」


「なに?」


「お前って、ニュースなんかではあんまり見ないけど、普段は何してんの?」


聞きたいことがこんがらがったせいで、よく分からない質問をしてしまった。


「何って、昨日も言ったでしょう?特殊狂機って言われる、狂機の特殊個体の制圧任務をこなしているのよ。あれ、言ってなかった気もする……」


特殊個体、ニュースにおいてもさらなる未知程度の説明に留まる存在。果たして深掘りしても良いものか。


「その、特殊狂機ってのは何だ?」


ジュ~と卵が焼ける様子。それと、ウィンナーの匂い。……ちょっと焦げ臭いけれど、大丈夫だろうか。


「狂機はわかる?まあ簡単に言えば暴れ回る鉄塊なんだけど。これって実は本来の狂機の失敗作達なんだよね。で、特殊狂機ってやつが本来の狂機。先に失敗作が世に出ちゃったもんだから、そっちが普通みたいになってるんだけど、実は逆っていう」


衝撃の事実。それとも、この情報は自分が疎いだけであって世間では一般的なのであろうか。または、政府なんかが意図的に隠していたりして。出てくる情報が多すぎて、脳内ではそんな陰謀論まで浮かんでくる。それでも、いや、だからこそ、俄然興味が湧いてくる。


「はあ、じゃあその本来の狂機ってのは失敗作と比べて何が違うんだ?」


「あー、そっちの意味か。君、あんまり狂機のニュースとか記事は見ない人なのかな。んー、なんて言うかな、まあ失敗作がただの狂った機械であるのに対して、本来の狂機は魔法が使えるんだよ。あれ、もしかしてこういう情報はまだ世に出てないのかな……」


「は?マホウ???マホウってあの火出したり空に浮かんだり幽霊倒したりする、あの?」


話が急すぎる。っていうか、狂機って自然科学の話ではなかったのか。え、これって自分が疎いだけなのか?脳がさらなるこんがらがりを見せる。


「まあそんな感じ。何も無いところから火をつけたり、物を浮かせたり、幽霊は分からないけど。まあ、簡単に魔法って表しただけで、本当の魔法とは違うんだろうけど」


引っかかる言い方。


「どういうこと?」


「んーとねー。あっ、その前にお皿とか、どれを使ったらいいの?」


「ご自由にどうぞ~。というか、盛り付けとか配膳くらいやるよ」


重たい膝を何とか立てようとするも、「いいから、最後までやらせて」と言われる。何だかソワソワするも、大人しくお座りしておく。


「さっきの続き、まあなんというか、自然科学でもってなんとか魔法を再現しようと試みたのが始まりなんだけどね、それが突然制御が効かなくなっちゃって、暴走と勝手な進化を繰り返した結果が今の狂機ってわけ。だから、完全に魔法というわけではないのだけれど、勝手に進化した結果、元の研究者にも理解出来ない現象や行動が起こっているっていう意味で、魔法。どう?理解出来た?」


「まあ何となく……」


カコッ。目の前に湯気をくゆらせ、食欲を刺激する匂いを立たせる味噌汁入りの茶碗が置かれる。続いて、目玉焼きの乗った葉野菜の盛り合わせwithアツアツのウィンナー。さらに、いつの間に炊いたのかホカホカご飯。素晴らしい。それが、机の上に2セット。久々に真っ当な人間の朝食にありつく気がする。


対面にとびっきりの美少女メイドさんが座り、2人して手を合わせる。


「「いただきます」」


まずは味噌汁をひと口。


……なっななな、なんということだ。普通に美味しい。こういうのって実はポンコツでデタラメな味になるものでは?はっきりと言って、人生No.1を更新するほどに美味い。


「どう?個人的には上手く出来たと思うけど」


どこか不安げな顔で、お椀を手にしながらこちらを伺う彼女。そうだよな、こういうのはきちんと口に出さないとな。


「これからも、俺のために味噌汁を作って欲しい」


「え?」


「あっ」


やばい。勢い余ってとんでもない事を言った。というか、アンドロイドに冗談って通じるのかな。


「いや、ごめん、テンパって変なこと言った」


「え、じゃあ、さっきのは嘘ってこと?」


唐突に涙目かつ上目遣いで見つめてくる。大きくて綺麗な瞳のせいか、そのインパクトが凄まじい。


「いや、嘘じゃない。ん?いや嘘じゃないっていうのも変だけど、毎日でも食べたいってのが言いたいことで、いや、毎日作らせたいとかでもなくて、交代で当番とかでも良くて、いや、そういうことでもないな…えーと」


くすくす。先程の涙はどこへ行ったのか。猫のように目を細めて笑う彼女。対称に、耳の先まで真っ赤な自分。あれ?さては図られたか?この恥ずかしさを埋めようと、白飯をかっ食らう。うん、ご飯まで最高。


「ふふっ。大丈夫、分かってるわ。でも、どうしてもって言うなら、ここに居着いてあげてもいいけど?」


「いや、それは……」


ん?気のせいか、いつの間にか自分が彼女に頼む側になってはいまいか。気にしないでおこう。


「ごほん。話は戻るけど、その特殊狂機と戦うアンドロイドさんが、どうしてゴミ捨て場に?」


「まあ、乙女には色々あるのよ」


ここまで重要そうなことをペラペラと話していた彼女が急に話題を避けた。気にはなるが、流石にやめておいた方が良いと、直感が告げる。


「ふーん。まあ、今日以降は同じようにならないといいな。ってか半熟卵絡めた野菜美味っ」


「ね、私それ好きなのよ」


ちょびっとだけ、彼女が悲しそうな顔をしたような気がした。



✕ ✕ ✕



皿洗いを終えて、大学へ向かう準備を始める。


「なあ、お前も出掛ける準備とかしないのか?それとも、そのメイド服姿で出かけるのか?」


「そんなわけないでしょ。今から着替えるところ。っていうか、いい加減、なあとかお前で呼ばないでよ」


そう言って昨日の制服風鎧が置いてある洗面所に向かっ


「はい着替えた」


「はやっ!!え、2秒も経ってないけど!?」


曲芸か何かなのだろうか。


「で、着替えてる間に呼び名のひとつくらい考えたんでしょうね」


「間とは。うーん。そのままAX-02だと長いしなぁ。うーん。いや、というか、昨日今日限りの縁なのに呼び名って必要か?まさか、ほんとに居着く気じゃないだろうな」


脳のどこかからか警告音が鳴る。危ない、きちんと確認しておかないと。いや、確認するまでもなく自分に裁量権はあるはずだが。


「はぁ。じゃあ次会うまでに考えといてよ。また会うようなら昨日今日程度の縁じゃないでしょ?」


「ああ、じゃあそれで」


にこりと、今までで一番綺麗な笑顔を彼女は見せる。そして、綺麗な銀糸をふわりと舞上げながら、玄関の方に振り向く。


じゃあ、またね。そう言って、あとは振り返りもせずにどこかへ出かけてしまった。



✕ ✕ ✕



夜、ごみ捨て場で美少女アンドロイドを見つけた。大量のペットボトル入りごみ袋、それらを寝床にそいつは寝ていた。銀色の長い髪を下に垂らしながら、グースカと呑気な様子で。起こしちゃ悪いかと追加のクッションをそっと捨て置く。


 「んあ?」


 声に反応して振り返ったのがいけなかった。ばちりと目を合わせた彼女はその赤いカメラで俺を捉え続け、にんまりと、薄い桜色の唇で喜色を示す。俺はにへらと下手な能面貼り付けて、彼女を威嚇する。それでもそいつは負けじとこれまた気色の悪いひょっとこ顔で俺を見据える。俺たちは真顔になった。


 「もし、そこのおかた、ここで会ったも何かのご縁。私めをどうか屋根の下へといざなっては頂けまいか」


「なんと、そのような色目を私は持ち合わせておりませぬ。ここで会ったは塵芥なこと。夢見心地の君には、その続きの探求こそ大事でありまする」


 ……互いに気まずい視線を送る。俺も彼女も古語など満足に扱えないことを悟ったのである。


 「はぁ………………またか」


 やれやれと言わんばかりに、彼女は硬いベットに埋めた体を起こ……そうとして足を取られ、臀部から再びダイブをかます。メキメキ、ガラガラと厳つい音を響かせながら沈んでいく。俺の善意のクッションが早速仕事を果たしたようだ。彼女の表面温度は急速に上昇し、真っ白だった肌は健康的に色づく。ってか、今小声でまたかって言わなかったか?いや、ゴミ捨て場で寝てるようなアンドロイドを躊躇無く受け入れる方が珍しいと思うが。


 「ん゙っぅ゙ん゙……んっ!」


おっさんのような咳払いの後、両手を掲げ、上目遣いで訴える彼女。この老化と幼児化の原因の一端は我に有るようなので、仕方なく求めに応じる。細い腕、細い指、柔らかく繊細な肌を有する彼女の手首を掴み、適度な力で引っ張り上げる。しばらく互いに万歳を続け、至近距離でにらみ合いを再開する。はたりと、突然彼女はその長い上まつ毛を下し、何を勘違いしたか再び頬を赤らめて俺にひょっとこ口を差し向ける。


 「「痛いっ!!」」


 壊れたアンドロイドに右斜め45°のチョップをかまして修繕を図る。あまりの石頭に俺の右手が犠牲になったが、正気を取り戻したであろう少女がその瞳に俺を収めながら口を開く。 


 「美少女に恥をかかせたばかりか、暴力とは。こりゃあ責任取ってもらわんとあかんなぁ?」


 エセ関西弁で凄む彼女。愛くるしい見た目とのミスマッチがこれまた凄い。ついでとばかりに俺のつま先を軽く踏みつける。痛くはない。


 「責任を取るってのは具体的に?」


 「とりあえず飯と寝床、あと風呂にも入らせてくれや」


 我が意を得たりと途端に捲したて、悲しい要求を行う。その姿があまりにも可哀想に映ったがために、慈善の心で応えてやる。


 「分かった。これ以上寒空の下で話すのも嫌だし、一晩くらい置いてやる」


 ぱっと花が咲いたように笑う彼女。相変わらず俺のつま先は踏まれたままであるが。


 「そんな広いところじゃないけど、隅っこの方貸してやるよ」


そう言って振り返った先、彼女の瞳にはどこか疲れと、それと同時に覚悟がチラついた気がした。

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