出会いっていいよね
夜、ごみ捨て場で美少女アンドロイドを見つけた。大量のペットボトル入りごみ袋、それらを寝床にそいつは寝ていた。銀色の長い髪を下に垂らしながら、グースカと呑気な様子で。起こしちゃ悪いかと追加のクッションをそっと捨て置く。
「んあ?」
声に反応して振り返ったのがいけなかった。ばちりと目を合わせた彼女はその赤いカメラで俺を捉え続け、にんまりと、薄い桜色の唇で喜色を示す。俺はにへらと下手な能面貼り付けて、彼女を威嚇する。それでもそいつは負けじとこれまた気色の悪いひょっとこ顔で俺を見据える。俺たちは真顔になった。
「もし、そこのおかた、ここで会ったも何かのご縁。私めをどうか屋根の下へといざなっては頂けまいか」
「なんと、そのような色目を私は持ち合わせておりませぬ。ここで会ったは塵芥なこと。夢見心地の君には、その続きの探求こそ大事でありまする」
……互いに気まずい視線を送る。俺も彼女も古語など満足に扱えないことを悟ったのである。
「はぁ」
やれやれと言わんばかりに、彼女は硬いベットに埋めた体を起こ……そうとして足を取られ、臀部から再びダイブをかます。メキメキ、ガラガラと厳つい音を響かせながら沈んでいく。俺の善意のクッションが早速仕事を果たしたようだ。彼女の表面温度は急速に上昇し、真っ白だった肌は健康的に色づく。
「ん゙っぅ゙ん゙……んっ!」
おっさんのような咳払いの後、両手を掲げ、上目遣いで訴える彼女。この老化と幼児化の原因の一端は我に有りて、仕方なく求めに応じる。細い腕、細い指、柔らかく繊細な肌を有する彼女の手首を掴み、適度な力で引っ張り上げる。しばらく互いに万歳を続け、至近距離でにらみ合いを再開する。はたりと、突然彼女はその長い上まつ毛を下し、何を勘違いしたか再び頬を赤らめて俺にひょっとこ口を差し向ける。
「「痛いっ!!」」
壊れたアンドロイドに右斜め45°のチョップをかまして修繕を図る。あまりの石頭に俺の右手が犠牲になったが、正気を取り戻したであろう少女がその瞳に俺を収めながら口を開く。
「美少女に恥をかかせたばかりか、暴力とは。こりゃあ責任取ってもらわんとあかんなぁ?」
エセ関西弁で凄む彼女。愛くるしい見た目とのミスマッチがこれまた凄い。ついでとばかりに俺のつま先を軽く踏みつける。痛くはない。
「責任を取るってのは具体的に?」
「とりあえず飯と寝床、あと風呂にも入らせてくれや」
我が意を得たりと途端に捲したて、悲しい要求を行う。その姿があまりにも可哀想に映ったがために、慈善の心で応えてやる。
「分かった。これ以上寒空の下で話すのも嫌だし、一晩くらい置いてやる」
ぱっと花が咲いたように笑う彼女。相変わらず俺のつま先は踏まれたままであるが。
「そんな広いところじゃないけど、隅っこの方貸してやるよ」
家賃4万ちょいの1K一人暮らし。住宅街なので別に安くもなけりゃ高くもない平凡な大学生生活といった感じではないだろうか。一応風呂トイレ別でキレイめなところ。そこは贅沢した。
俺はくるりと彼女に背を向けて歩を進める。後ろからは続く足音。少し錆びた鉄骨階段をカンッカンッと景気よく鳴らして昇る。後ろからはドシンドシンと厳つい音が響く。女の子に体重を聞いてはいけない。いけないが今回ばかりは気になった。
ポケットからブサイクな黒猫ストラップ付きの鍵を取り出し、ガチャリと解錠する。少女はその様子をじっと見つめていた。
「ただいま〜」
一人暮らしだけれども儀式として言ってしまう。言わないと何だかさみしい。
「た、ただいま…?」
何故か彼女も儀式を行う。
「おかえり?」
何故か俺も返してしまった。だが、悪くない気がした。
洗い場でお手々をキレイキレイしてお口をゆすいで我が部屋へ。俺のだらしない体はすぐさまベッドに向い、怠惰を極めたように寝転ぶ。見上げれば美少女アンドロイドの顔。ジト目への字口で不満というか困ったように見える。
「私のような美少女を部屋に上げておいて、ずいぶんリラックスしておいでで」
先程のエセ関西弁はどこに行ったのか。それともこれが通常運転なのか。
「自分の部屋だしな。それに、俺の体はこの空間に立ち入ると自動で寝転ぶようになっている」
「それは便利ね。私もその機能をつけようかしら」
アンドロイドが言うと面白いものだ。そんな機能をつけた暁には返品の嵐であろう。
「さて、約束通り寝床はもらったわ。あとはご飯とお風呂よ」
寝床をもらったとは?まさかベッドを奪われてしまうのか。それに、ご飯とお風呂か。さてどうしたものか。
「君のご飯ってのは具体的に何なんだ?あとお風呂も」
「そのまま人間のご飯をくれてもいいけど、一番は電気ね。このプラグをどっかにさしておけばいいわ。お風呂は人間と全く同じよ」
そう言って彼女は自身の背中をまさぐりプラグを取り出す。アイ○ォンと比べてアンドロイドの充電はずいぶんと金がかかりそうだ。それよりも人間の食事でも良いというのが気になる。その先をたどれば美少女アンドロイドはトイレ機能も備えているというのか……。これ以上はやめておこう。渡されたプラグを持って、近くの穴に挿しておく。
「君はお風呂に入れるのかい?」
「そこらのペッ○ー君と同じにしないで欲しいわ。私は超高性能な美少女アンドロイドなのだから」
○ッパー君なんてそこらにいるのか、いや、今の時代にもはやペ○パー君なんて存在しているのか。適切なツッコミどころと隠しどころが分からないが、とにかく目の前の美少女はちゃんと風呂に入るらしい。
「ここから出て右がお風呂、左がトイレのドアだ。好きに使ってくれ。タオルは脱衣所にある棚の一番上。着替えはいるか?」
「ご丁寧にどうも。あるなら欲しいわ。いらない服でもなんでも」
なんでもと言われると迷うもの。俺はタンスから適当に候補をあげる。友人からふざけて送られたプレゼントのミニスカメイド服セット、何故か持ってきた高校の体操服ジャージセット、芸術的に醤油をこぼしたアートな白シャツ・灰色短パンセット。
彼女は目を細めて吟味する。やがて、諦めたかのようにメイド服をチョイスした。
「しょうがないから選んであげる。お礼の意味も込めて」
決して俺の趣味というわけもなくもないが、せっかくなのでありがたく拝ませてもらおう。ちなみに、今の彼女の服装は何故か制服、というより制服コスプレ?のように見える。ベージュのチェック柄プリーツスカートと半袖のワイシャツ、同じくベージュのチェック柄リボン。ものすごくコスプレ感がある。幼気な容姿と対象的な、大人びた雰囲気がそう感じさせるのか。
しばらく無言で見つめ合った後、彼女はプラグを抜いて背中に収納し、お風呂の方に向かった。すぐお風呂に行くなら充電は後だったかな、なんてちょっと反省。俺は風呂も歯磨きもごみ捨ても全て済ましており、やることもないので彼女のメイド服姿を想像しつつ、最近ハマっているソシャゲのデイリーを消化する。
だいたい40分後、メイド服姿の美少女アンドロイドが目の前に現れた。キレイな銀髪をなびかせ、どこかツヤツヤした様子。俺の残り湯がよほど気持ち良かったようだ。
「どう?似合ってるかしら?」
くるりと、ミニスカートをなびかせながら2回転。見えそうで見えない絶妙な加減。素晴らしい。
「どうやら満足してもらえたようね」
彼女はそう言って真顔で背中をまさぐり、プラグを取り出して近くのコンセントに挿していた。やはり先程の一瞬じゃ充電しきれていなかったか。彼女は俺のベッドの横にごろんと寝転び、近くにあった座布団を頭の下に敷いて、我が部屋唯一のぬいぐるみ、ブサネコのカイくんを抱き、就寝体勢をとる。あまりの流暢さに、もはやそれが当然であったかのように錯覚する。しょうがないので部屋の電気を常夜灯モードにし、弱いオレンジ色を浴びながら、俺も就寝体勢を取る。いつも抱いていたカイくんは出張中なので腕に少々寂しさを感じるが、今日くらいは我慢しよう。あいつも俺の腕が恋しいだろう。そのうち帰ってくるさ。
とはいえ、寂しいものは寂しい。そのせいか俺は素直に眠りに就けないでいた。いや、隣に美少女が寝ているという非日常的な状況が俺の快眠を邪魔しているのかもしれないが。そうであれば、諸悪の根源であるアンドロイドに責任を取ってもらうというのは当然のことではないだろうか。
「なあ、起きてるか?」
「なに?起きてるわよ。トイレなら廊下に出て左の扉よ」
何故か自分の家を案内された。
「いや、トイレではなく。君の服とか洗濯しておかなくて良いのかと気になってな」
勝手に口をついて出てきた疑問に、我ながら良いところをつくなぁと感心する。この美少女は明日同じものを着るのか、それともメイド服姿で過ごすのか。
「ああ、あれは服というより鎧みたいなものだから、洗濯とか気にしなくていいわ」
ほーん、便利なものだなぁと考えつつ、鎧ってなんだと新しい疑問が生まれる。
「なんでそんなゴツいもん着てるんだ?」
「……」
しばしの沈黙。何か不味いことでも聞いてしまったか。いや、不味いことを抱えてなきゃごみ捨て場で寝てはいないか。
「そういえば、自己紹介をしていなかったかしら」
そう言って彼女はむくりと立ち上がり、仰向けの俺の顔に影を落とす。銀髪赤目のスレンダー体型。男物のシャンプーとファミリー向けのボディソープの香りを纏いながら、ミニスカメイド服に身を包み、右腕にブサネコを抱いて、所々にメカメカしいステッカー?入れ墨?がある、背中から充電コードを生やした女の子。
「初めまして。対狂機組織聖女の祈り、四角な卵部隊所属、対特殊狂機用戦闘型アンドロイドAX-02よ。母なる盾、または絶壁と呼ばれているわ。よろしくね」
そう言って彼女はちょいっとミニスカートの両端を摘み、綺麗なお辞儀をする。左の横髪が少し前に垂れる。
✕ ✕ ✕
数年前から、世界各地に現れては暴れ回る機械、狂機。その姿形は様々であり、現代の技術力では再現不可能であるとされる機能や動きを備える。また、目的も出どころも不明であるが、都市部や輸送経路、発電所等の人々の生活に関わる拠点が主に狙われていることから、さながらSF小説のように、AI等の機械の反乱、人類に対する粛清ではないかと騒がれたものだ。当然、各国政府は専門家や学府、軍等と協力しつつ事態の解決を図ったが、その成果は狂機の撃退程度に留まっていた。
そこに現れたのが対狂機組織を名乗る集団。彼らは狂機同様の未知なる技術を用いて狂機に対抗し、狂機の撃破や捕獲を行って見せた。また、彼らはその成果を持って世界各国の政府と交渉し、さながら傭兵のような形でその存在圏を広める。それは日本に置いても同様で、むしろ狂機に対抗する正当かつ適切な手段を持たず、法の整備も追いついていなかった日本では、世界の多くが利用する対狂機組織は都合がよく、まるで救世主のような厚い待遇を施していた。
しかも、彼ら対狂機組織のいやらしいところは、とんでもなくビジュアルが良いというところだ。イカれた性能の機械に対抗するには、同様にイカれた性能の機械ということか、彼らは戦闘機や戦闘型アンドロイドを用いているのだが、作製者のこだわりか何か知らないが、何故か全てのアンドロイドのビジュアルが良いのだ。救世主然とした扱いを受け、また彼ら自身そのように振る舞うことに加え、彼らのビジュアルまで良いとくれば、世間が彼らを大いに持ち上げるのも当然の流れ。ある番組では日曜朝のスーパーヒーローのように、またとある記事ではアイドルのように、はたまたとある界隈では神の使いではないかと……。とにかく、彼らへの熱狂は凄まじいものであり、今では彼らの存在は世界やここ日本においても、国単位、また国民単位でも望まれるものであり、なくてはならない程にまで達していた。
そんな組織の構成員であるという彼女、AX-02。俺自身そこまで詳しい訳では無いが、連日取り上げられる対狂機アンドロイドのニュースや記事で、彼女を見た覚えはない。これ程までに現実離れした美しい見た目をしていれば、世間はこぞって取り上げ、人気アンドロイドの一角を築いていてもおかしくはないだろうし、そういったアンドロイドは嫌でも目に着くというもの。また、対狂機組織もそういった人気を得られるであろう機体を特にプロデュースしたりもする。だが、生憎と俺には彼女の姿や名前を見聞きした記憶がないのだ。
俺が適当に思考を巡らせている間、彼女は優雅な仕草でお辞儀から棒立ちに戻る。にこりと、愛くるしい微笑を浮かべ、静止する。
俺はそんな彼女を見つめながら、再び聞き取った情報の整理をする。対狂機組織というのが一つではないというのは聞いたことがある。彼女はその中で聖女の祈りとかいう組織の戦闘型アンドロイド。制服の形をした鎧のような衣服は特殊な戦闘服ということなのか。また、対特殊狂機。特殊狂機というのはよく分からないが、おそらくは最近話題に上がっている特に強い狂機のことなのだろう。中には人型のものもあるという。そして、母なる盾、絶壁。およそそのような厳つい呼称は可憐で儚げな彼女には似合わないように感じる。母なるというのは彼女の優しい部分ということで納得できるように思うが、絶壁とは。俺は彼女に向ける視線をその端正な顔から15cm程まっすぐ下げる。……ふむ、絶壁か。
俺が重大な考察を行っている途中、彼女は優雅な仕草で俺の右頬をつねる。にこりと、寒気がする程愛くるしい微笑を浮かべ、さらに頬を挟む指に力を込める。
「あにょお、いひゃいれす」
「あらぁ、ごめんなさいねぇ。私ったらついつい」
ジクジクと熱を持った右の頬に冷えた掌を当てて処置する。なんて恐ろしい、これが戦闘型アンドロイド。
「それで?今度はあなたが自己紹介してもいいのよ?」
彼女は恐怖に震える俺の様子を全く意に介することなく言葉を連ねる。
まあ、自己紹介を返さないのは無礼かと、俺はむくりと体を起こして彼女に向き合う形でベッドの上で胡座をかき、格好良く右手で頬杖をつきながら語りはじめる。
「初めまして。k大学法学部政治学科2年、中村真斗だ。友達からは真斗、またはまっくんと呼ばれている。よろしくな」
俺はバッチリとしたキメ顔を向ける。彼女は真顔で数秒静止した後に、ブサネコを胸の前に持っていき、両腕で抱えて口元を隠す。何故か、彼女の目は嬉しそうに笑っていた。
「さ、疑問も解けたし、自己紹介もしたし、もういいでしょう?早く寝ましょ」
そう言って彼女はカイくんを両腕で抱きかかえながら勢いよく、ただし静かに寝転び、就寝体勢を取る。仕方ないので俺も就寝体勢に戻る。隣では無名の対狂機アンドロイドが早くも静音モードの寝息をもらす。とてつもない存在感を放ちながら、しかし、どこか消えてしまいそうな彼女。俺は今日の出来事や明日の朝、可愛いメイドさんに起こされること等のまとまりのない考えや妄想を浮かべながら、いつの間にか、眠っていた。
✕ ✕ ✕
「……ねぇ、ねぇってば。起きなさいよ。……ねぇってば」
「……ん、うん?」
少し、肌が冷える。俺は両肩に激しい揺れを感じながら、徐々に意識を覚ます。寝起きに誰かが干渉してくるのはいつぶりだろう。俺は揺れによる不快感と少しの心地よさを感じ取る。しかし、いつまでも揺らされていては困る。俺は事態の解決を図り、重い両腕を上げて空をまさぐる。
むにっ。
何だ。この若干の柔らかさを携えた物体は。掌にずいぶんと余裕を持って収まるこの柔らかな物体は。
むにむにっ。
俺は止まることのない知的好奇心から、両手で当の物体の探索を続ける。二つの未確認物体は果てしない安心感で俺を包み込み、俺の廃れた心を癒やす。何だか幸せな気分だ。
むにむにむにっ。
ひとしきり堪能した後に、俺は完全に覚醒した頭でもって当該物体の正体を視認することにした。
そして、俺の視界に広がったのは、スレンダーなメイドさんの胸を鷲掴みにする男の手。その手を伝えば、俺の肩に繋がっていた。……ふむ。俺はそれ以上視線を上げることなく、両手を腰の位置に戻し、メイドさんと反対を向き、目を閉じて就寝体勢を取る。
数秒後、ダラダラと冷や汗をかく俺の肩に力強い手がかけられる。そのまま強制的に仰向けにされた後、何かが腰に跨る感覚がした。俺のベッドは静かに、ただし確実に狂気に満ちた悲鳴のような軋みをあげる。俺は腰部分にとんでもない重量と温もりを感じ取る。そして、閉じた視界が少し暗くなり、俺の両まぶたに細い指のようなものが添えられる感覚が続く。
ググッと俺のまぶたは凄まじい力を感じ取ったが、決して光を得ることのないようにと歯を食いしばりながら抵抗を行う。きっと今の俺は人がして良い顔をしていないだろうが、誇りを捨てでも、人には戦はなければならない時があるというもの。
俺は、俺は……。
「ねぇ。ねぇってば。目を開けて。ねぇ、怒ってないってば。ねぇ。それに……今目を開けたら、すんごいものが見れるわよ」
冷たい鈴を転がしたような声が、耳をくすぐる。はて、すんごいものとは。先程視界に映ったメイドさんは至って普通であったように思うが。しかし、自分の確認不足があってはならないと、俺は意を決して両の眼を開ける。
「おはよう」
春に桜が咲いたように、可愛らしい笑顔を浮かべる、銀髪メイドさん。
「お、おはよう」
夏にしおれた朝顔のように、引きつった笑顔を浮かべる黒髪大学生。
直後、その可愛らしいご尊顔が俺の視界いっぱいに近づき……
ゴンッ
頭突きをくらった。