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08.イカつい常連のお姉さん

 次に喫茶〝猫の小径〟を訪れたのは、やはり夕飯時を少し外した、夜も更けた頃だった。

 昼間にミルクの飲ませた方を教わっていたこともあったが、それ以上に仕事が押したのだ。

 カランとドアベルを響かせて入店すると、澪を見つけた聖が嬉しそうに笑った。

「よかった、来られたんですね」

「はい。お陰さまで」

「遅かったので、もしかしてまた困ってることがあるんじゃないかって心配してたんです」

 聖が心底ほっとした顔で言うもので、澪は恐縮して肩をすくめた。

「ご心配おかけしてすみません。仕事が押してたもので」

「ああ、そうでしたか。昼間長居しちゃいましたもんね。すみません」

「いえ! 聖さんのせいじゃなくて、ただ残業が長引いただけなので……。昼間は色々教えてくださって本当に助かりました。あ、仔猫のミルク、あのあともちゃんと哺乳瓶で飲ませることができましたよ」

「それは良かった。さあ、お好きな席にどうぞ」

「ここ座んなよ」

 待っていたとばかりに背後から声がかかった。

 振り返ると、カウンター席に昼間も見た女性が座っている。金髪の髪をベリーショートにした、特徴的な女の人だ。

 澪が目を向けると、こぼれんばかりの大きな目がにっこりと笑った。昼間は奇抜な印象だけが先行していたが、そうして見るといくらか幼く――もしかしたら年下なのかもしれない、と思わせられる。

「は……ありがとうございます」

 とはいえ、奇抜な人には変わりない。

 稲穂のような金色の髪は男性かと思うくらい短く、小さな形の良い耳にはいくつも金属が貫通していて、コーヒーカップを持つ指にも小さな手にも余りそうなほどのリングがたくさん連なっている。

 これまでの澪の人生の中で、関わりのなかったタイプの人間だ。

 見た目の仰々しさが少し怖くもあったが、人は見た目で判断してはいけない。

 澪は気を取り直して、彼女の言う通り隣に座ることにした。

 見た目はともかくとして、聖との会話や表情を見ている限りでは、とても元気でかわいらしい人のように思えたから、さほど緊張感はなかった。

 それよりも。

 常連だろうとは思ったが、昼も夜もここに入り浸っているのだろうかと、そちらのほうが気になった。――同じく、昼も夜も来店した澪が言えたことではないが。

「あたし、岡町(おかまち)タツキ。おねーさん聞いたよ、聖くんを家に連れ込んだんだって?」

 出し抜けにものすごく誤解を生みそうな質問をされて、澪は仰天して全力で首を振った。

「えっ⁉ いえ、そんな……」

「タツキさん、人聞きが悪いですよ。僕はただ澪さんに仔猫の世話の仕方を教えてただけですって」

「澪ちゃんってんだ。仔猫飼ってるんだねー。猫かわいいよね。あたしん家にもいるんだけどね、おばあちゃん猫だけど」

「はあ……」

「タツキさん、初対面の方にあまり馴れ馴れしくしても困らせてしまいますよ。せっかくうちのお客さんになってくれたんですから、澪さんがここに来にくくなるようなことしないでください」

 穏やかながらも聖が嗜めると、タツキはケラケラと笑って言った。

「仲良くなろうと思ってるだけだよ」

「人懐っこいのはタツキさんのいいところですけど、もうすこし相手を考えて距離を詰めてくださいってことですよ。――すみません、澪さん。ご注文は……まだ決まってませんよね」

「いえ、あの、ミニクラブハウスサンドをお願いします」

 昼と同じメニューだが、それくらいしか食べ切れそうなものがなかったのだ。そう言うと、ちょっと目を瞠った聖とタツキが笑った。

「この店、クラブハウスサンド以外にも結構メニューあるよ。あたしのおすすめはオムライスかカレーかな」

「はい、あの、わかってるんですが……量がちょっと」

 申し訳なくて身をすくめると、聖も鷹揚に言った。

「そう仰っていただければ少なめで作りますよ」

「わがままかと思うんですが、そんな注文聞いていただけるんですか?」

「単価が決まっている大手のお店なら難しいかもしれませんが、うちはマスターの気持ち次第ですからね。今は僕がお店を預かってるので、僕の気持ち次第です」

 どの料理でも少なめにできるというので、改めてメニューを見て、カルボナーラに決めた。

「ここのカルボナーラおいしいよー。マスターが海外からコーヒー豆のついでにチーズも仕入れてくるから」

 詳しいことはわからないが、本場のチーズを仕入れているのだという。

「楽しみです。カルボナーラってレトルトもたくさんありますけど、たまに無性にお店のカルボナーラが食べたくなるんですよね」

「それじゃあ、期待に応えないといけませんね」

 聖は気合いを入れると、カウンターの奥の厨房へと引っ込んでいった。

 それと入れ替わるようにして、茶白猫のちくわがカウンターに上ってくる。

「あ、ちくわくんだ」

「あー……ほら、お客さんがこれからお食事だからテーブルからは降りようね」

 厨房から聖が声をかけるものの、澪はちょっと笑って首を振った。

「ふふ。大丈夫ですよ。うちの子もテーブルで一緒にご飯食べる子だったんです。……ほんとはいけないんですけど、もう諦めちゃって」

 タツキが首をかしげる。

「仔猫ちゃん、ミルク飲んでてテーブルにも上がるの? うん……?」

「いえ、テーブルに乗ってきたのは前の子です。五年前に亡くなってしまったんですけど……」

「そうだったんですか。それで猫ちゃんに慣れてらっしゃったんですね」

 聖がしんみりと言うので、澪は話題選びを間違ったかなと眉を下げた。

「慣れてるってほどでもないんですけど……」

 前の子には、苦い思い出がある。

 感傷に浸りそうになったところで、ちょいちょいと澪の膝に白い手が差し出されているのを見つけた。

 昼間も見た光景だ。ちくわが澪の膝に乗ろうかどうしようか迷っているような様子だった。けれど、結局はふいっとそっぽを向くと、テーブルを下りてソファ席のほうへ行ってしまったのだった。

「うーん、ちくわくん、なかなかツンデレさんですね」

「そうかなぁ。普段は小憎たらしいくらい馴れ馴れしいけど」

「岡町さんには慣れてる子なんですね。わたしも仲良くなれるかな」

「やーだ他人行儀にしないでよ。タツキって呼んで」

「あ、はい」

 タツキはすごくフレンドリーで、距離感がとても近い。初対面なので、こうもぐいぐい来られるとちょっとどうしていいかわからなかった。

 ――悪い子でないのはわかるんだけれど。

 聖は奥に引っ込んで調理しているし、ふたりでは間がもたなかった。

 そもそも、金髪で、更には坊主頭と呼んで差し支えないほどベリーショートにしているくらい個性的な女性と関わったことがない。

 こういうとき、どんな話をしていいのかわからなかった。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

完結まで毎日投稿します。場合によっては1日2回かも。

一言読了報告だけでも感想等いただけたら嬉しいです。

よろしくお願いします。

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