初恋は実らない
初投稿です.お手柔らかに.
僕と彼女はとても仲が良かった.
家は隣で,同じ病院で生まれて,幼稚園にも一緒に通っていて,近所ではお似合いの二人だって言われていた.
でも彼女は幼いながらも可愛らしい見た目をしていて,少し気弱で断れない性格をしていたから,よく他の男の子たちにちょっかいをかけられていた.
男の子たちなりの彼女へのアピールだったんだと思う.
可愛らしい彼女と仲良くしたかっただけなんだと思う.
でもまだ幼いから女の子とどう接したらいいか分からなくて,彼女の嫌がることばかりをしてしまっていた.
おもちゃを取り上げたり,ブスって言ったり,酷い時は髪を引っ張ったり.
そんなことが起こるたびに,僕は男の子たちと戦って彼女を守った.
彼女が大好きだから.
大好きな彼女を守れるのがうれしくて,彼女が僕を頼ってくれることがうれしくて.
本当は彼女と男の子たちが仲良くできるように間に入るべきだったんだと思う.
でも幼いころの僕は,男の子たちが悪い奴にしか見えなかったから,戦って彼女のヒーローになった.
・・・
僕たちが6歳の頃,彼女のお父さんとお母さんが離婚した.
彼女がお父さんの子供じゃないとかなんとか.
子供の僕にはよくわからなかったし,彼女もよく分かっていなかった.
分かったのはお父さんがいなくなったということだけ.
彼女はお父さんが大好きだったから,ギャンギャン泣いていた.
僕がいるからって,そんなことを言って必死に彼女を慰めた.
彼女に泣いてほしくなくて.
お父さんが帰ってきたりしないのに,何とかしようとする僕の姿は,まるで道化のようで.
でもそんな僕がおかしかったのか,彼女は笑ってくれた.
・・・
僕たちは小学生になった.
僕も彼女も近所の小学校に通うことになった.
小学校も「一緒に通おうね.」って約束をして,登校するときは,僕が彼女を迎えに行った.
それが幼稚園からの僕たちの習慣だった.
チャイムを押すと,彼女のお母さんが笑顔で出迎えてくれる.
けど最近は,酷く疲れた顔をしている.
お父さんがいなくなって,お母さんが一人で頑張らないといけなくなったから.
・・・
そのうち,彼女はお母さんに暴力を振るわれるようになった.
シングルマザーをするのに耐えられなくなったんだと思う.
彼女に「お前のせいだ!お前のせいだ!」って,離婚の原因を彼女に求め,彼女を責めた.
「でもお母さんは暴力を振るっている時,すごく苦しそうして泣いているから.」と,彼女は痛くても我慢することを選んだ.
学校はクラスの子に悟られないように,何でもない風に笑顔で過ごしていた.
でもそんな彼女も僕の前だけは泣いていて,そんな彼女を僕は抱きしめることしかできなかった.
・・・
日に日に彼女のあざが増えていた.
最初はちょっとしたケガくらいで数日もしたら直っていたけど,だんだんと治らなくなってきて,今ではもうクラスの子に隠せないくらいにはっきりと目立つようになった.
体育の着替えの時には,どうしても彼女の傷ついた肌が見えてしまうのだ.
・・・
あざだらけの彼女を見て,クラスの子は気味悪がった.
愛らしくて誰にでも優しく人気者だった彼女から,どんどんと人が離れていく.
そして彼女は一人になった.
彼女は頑張って笑っていたけど,その笑顔がとてもつらそうで,見ていて本当に痛ましい.
そのうちクラスの子が「彼女だったらいじめてもいい.」と感違いするようになった.
彼女の可愛らしさに嫉妬した女の子たちが,彼女を抑え込んで,その綺麗な髪を切り刻んだり.
彼女のことを気になっていた男の子たちが,彼女の服を脱がせて辱めたり.
そういうことが起きるから,僕はできるだけ彼女が見える位置にいて,止められそうな時は必至で止めに入った.
そうしているうちに,学校でも彼女は僕にベッタリとするようになった.
以前のような天真爛漫さは消え,甘えた声で媚びるように.
嬉しくなかった.
少し前までは,彼女に頼られることがあんなにうれしかったのに.
・・・
ある日,クラスで大きな喧嘩が起きた.
きっかけはほんの些細なことで,正確に原因を把握している人は誰もいないだろう.
小さな火だったはずのそれは,クラス中に燃え広がり,収束し,そして何もかも彼女のせいになった.
彼女に原因があったかどうかなんて関係ない,ただ彼女に糾弾するだけの魔女裁判だ.
そのうち,場に当てられたのか,クラスの子の一人が彼女に殴り掛かった.
僕は彼女が殴られる前にその子を殴り倒す.
その後は大変だった.
何かが爆発したように,クラスの子たちが言葉になっていない罵詈雑言を言いながら僕に殴り掛かってきた.
ある子はまるで人を殴ってもいい免罪符を得たかのように,気持ち悪い笑みを浮かべながら.
ともかく目も当てられないくらいにボッコボコにやられた.
体のいたるところが痛い.
でもそれでよかった.
僕が殴られている間,クラスの目が少しだけ彼女から逸れたから.
・・・
キーンコーンカーンコーン
チャイムが鳴る.
次の授業が始まる合図だ.
魔女裁判はチャイムを合図に自然消滅する.
他クラスの野次馬もいつの間にかいなくなった.
担任の教師は何食わぬ顔で教室に入り,何事もなかったかのように普段通りに授業を始める.
魔女裁判なんて最初っからなかったかのように,あんなに異常だったクラスがパタリと正常に戻る.
僕は彼女と一緒に保健室に行って,手当をした.
傷だらけの僕たちを見て,保健室の先生は治療箱だけ出して,関わりたくなさそうに眼をそらす.
体中がズキンズキンと痛む.
少しでも彼女を守れたことがうれしくて,少ししか守れなかったことが悔しくて.
彼女と盛大に泣いた.
痛いこと,悔しいこと,悲しいこと,辛いこと,全部ごっちゃ混ぜにして.
・・・
最近,彼女が少し痩せてきた.
どうやらお母さんがご飯を作ってくれなくなったから,ちゃんと食べれていないようだ.
仕方なくあり合わせを食べていたけど,最近はそれもない日が多いんだと.
彼女の家の冷蔵庫には隙間が多く,食卓は冷たく冷え込んでいた.
この家には,家族としての暖かさは欠片も残っていない.
彼女をこんなところに閉じ込めていてはだめだと,漠然と焦り始める.
そんな時,僕の引っ越しが決まった.
一年生の冬だった.
・・・
お父さんに引っ越ししないでと何度も頼み込んだけど,,,ダメだった.
僕だけ残るって言っても「小学生だから駄目だ.」って相手にもされない.
彼女が心配だ.
もし僕がいなくなったら,きっと彼女は壊れてしまう.
今の彼女には守ってくれる人がいない.
何とかして,彼女と離れ離れになるのを防ぎたかった.
そんな時,彼女のお母さんが再婚を果たす.
彼女に新しいお父さんとお兄さんができのだ.
・・・
新しくお父さんとお兄さんができて,その日から彼女の家は明るく暖かくなった.
暗かった家には明かりが灯り,冷え切ってきた食卓はほんのりと温かみを取り戻した.
新しくお父さんが働き者だったので,彼女のお母さんが朝から晩まで働かなくても余裕を持って生計を立てれるようになった.
彼女のお母さんは過労から解放されて,死体のように酷かったその顔に素敵な笑顔が戻った.
僕が彼女を迎えに行くときも,以前のように素敵な笑顔で迎えてくれるようにもなった.
久しぶりに見たその笑顔に懐かしさがこみ上げて泣きそうになる.
僕は,彼女のお母さんの笑顔が好きだ.
朝昼晩とちゃんと食事が用意されるようになって,痩せていた彼女の体形は元に戻っていった.
ちゃんと栄養を取れるようになって,家族の暖かい愛も目一杯感じて,彼女は以前のような輝きを取り戻していった.
笑顔が素敵で,可愛らしくて,誰にでも優しいクラスの中心だった彼女へと.
新しいお兄さんも素敵な人だ.
僕たちの5歳年上で,僕は彼女と一緒に勉強を見てもらったり,一緒にゲームをしたりもした.
僕たちと遊んでいるよりも友達と遊ぶ方が楽しいだろうに,面倒見のいい人だ.
僕はすぐにお兄さんを好きになったし,彼女もお兄ちゃん大好きっ子になった.
でも家族とは言え,僕以外の男の子と仲良さそうにするのは,少しだけ複雑な気持ち.
すべてが少し前では考えられないことで,いい方向に風が吹いている.
・・・
底の知れなかった焦りと不安が少しづつ消え去っていく.
彼女の苦しい時間は終わって,きっとこれからは幸せが待っている.
「きっと僕が付いていなくても彼女は大丈夫だ.」と希望を持つようになった.
引っ越しの準備を進めよう.
・・・
小学2年生の3月に差し掛かっていた.
だんだんと暖かくなって,春が近づいてきていることが分かる.
春は出会いの春であり,そして別れの春でもある.
僕は引っ越しをしなくてはいけない.
小学生の僕では彼女に会いに行けないくらい遠い所だ.
もしかしたら,もう二度と会えないかもしれない.
だからお別れをしないと.
それでその時,勇気を持って言うんだ.
今度会ったら結婚しようって.
・・・
引っ越しをする日,彼女を近くの公園に呼び出した.
数えきれないほど,一緒に遊んで,思い出がたくさんある公園だ.
彼女は時間よりも少しだけ遅れてやってきた.
彼女の目には赤みがさしていた.
引っ越しをすることは,もう彼女も知っている.
ここで泣かないように,家でたんまり泣いてきた後なのだろう.
そんな健気な彼女を見て,涙が出そうになったけど,必死でこらえる.
そして,,,
「僕,明日引っ越しするんだ.すごく遠い所に.」
「うん.」
「もしかしたら,もう二度と会えないかもしれない.」
「スンッ...うん.」
彼女のすすり泣きが聞こえる.
僕もつられて泣きそうになる.
でも我慢して,,,
「でもきっと!また会いに来るから!大きくなったら,必ずここに迎えに行くから!だから約束!今度会ったら結婚しよう!」
ちゃんと伝えられた.
そしたら彼女は,,,
「ッ...!!うん!約束!絶対だからね!」
驚きながらも彼女は約束してくれた.
涙も鼻水も出て,ぐしゃぐしゃでひどい顔をしている.
でも笑顔だ.
僕はその時見た彼女が,今まで見たどんな彼女よりも素敵だと思った.
・・・
翌日,引っ越し屋さんが来て,家の荷物を運んで行った.
だんだんと空になっていく我が家を見て,引っ越しの実感する.
この家ともお別れだ.
僕の部屋と向い合せの部屋にいる彼女ともお別れだ.
でも僕たちがしたのは,さよならじゃない,また会おうだ.
お兄さんに彼女を守ってほしいと伝えた.
きっとあのお兄さんがいれば,彼女は大丈夫.
先の未来で,成長した彼女と会えるのを楽しみに,僕はこの町を離れた.
・・・
また,この町に戻ってきた.
何度も何度もお願いして,高校入学と同時に一人暮らしすることを許してもらった.
久しぶりに見る町並みは,一見変わっていないように見えて,ところどころ僕の知らないところがあり,時間の経過を感じる.
彼女はどんな風に成長しているだろうか?
途中,彼女とたくさん遊んだ公園に立ち寄った.
あの公園には一本だけ金木犀があって,その木の下は僕たちのお気に入りだった.
その木は昔と変わらず,美しい花をつけている.
またこの木の下で,たくさん遊ぼう,たくさん語り合おう.
楽しい時もつらい時も一緒に共有した昔の思い出話を,離れ離れになっていた時のそれぞれの話を.
・・・
色々なことを思い出しながら,また新しい発見もしながら町を歩き.彼女の家に向かう.
彼女は元気にしているだろうか?
彼女の家は年月の分だけ古くなっていた.
僕にはそれが,家族との関係を育んだ証に見えた.
勇気を持ってチャイムを鳴らす.
ピーンポーン
「あら? 久しぶりね.」
「お久しぶりです.」
昔と変わらぬ素敵な笑顔で彼女のお母さんが迎えてくれた.
でもなぜか,僕が思春期の男の子になったからなのか,その笑顔に重たい色気を感じた.
「あの子なら,中にいるわよ.」
「お邪魔します.」
彼女の部屋の場所は変わっていない.
僕の部屋と向かい合わせになっていた場所だ.
っっっ❤っっっ❤っっっっ❤
彼女の部屋から,彼女の部屋からはおよそ発しないような音がした.
急に得体の知れない寒気がして,扉を開けるのが怖くなった.
でもきっと彼女も再会を喜んでくれる,そう信じて扉を開けると,そこには想像もしていなかった光景が広がっていた.
・・・
むわっ❤
何時から換気をしていなかったのだろう? 熟成され空気が一気に襲い掛かってくる.
若葉を濡らしたような雌の匂いが,凶暴な蟻のような雄の匂いによって食い散らかされた不快な匂い.
窓もカーテンも閉じられ,暗く重い空気が蔓延しており,昔のような柔らかい陽が差し込む彼女の部屋は見る影もない.
そんな変わり果てた彼女の部屋にいるのは,彼女とお兄さんの二人.
お兄さんは彼女の顔を尻で踏みつけるように座り,彼女は潰れたカエルのように現状を受け入れて,愉悦に浸っていた.
本来はシルクのショーツに包まれているべきはずの彼女の大事な場所から,白く濁った液体を垂れ流しながら.
そこには決して消してぬぐえない性の跡があった.
「おっ,ひさしぶりだなぁ」
ネバっとしたたばこ臭い声でお兄さんが再開の挨拶をしてくる.
「託された通り,こいつのことはしっかり守ってたぜぇ.守って閉じ込めて,俺だけのモノにした.」
訳の分からぬことを言うこの男はいったい誰だ.
「ああ!久しぶりぃ❤ 元気してたぁ❤」
この雄の匂いが染みついた下品な女はいったい誰だ.
自分が見ているモノすべてが嘘だと思いたかった.
しばらく現状が理解できず放心した.
けれど目の前の風景は変わらず,託されたことを都合よく使って,妹を卑しい豚にいたクズと,一緒に育んだ初恋と約束を捨て去って肉に溺れた女がいる.
何度見ても結果は変わらない.紛れもなく,再婚でできた面倒見のいいお兄さんと僕の幼馴染で大好きだった彼女だった.
もう,なにもかも信じられない! もう,なにもかも許せない!!
きっともう,僕の大好きだった天真爛漫で愛らしい彼女には戻らない.
バリーーーーーン!!!!
大切なはずだった思い出は,ガラス窓を割った時のように大きな音を立てて壊れて行った.
初恋は実らない.
初恋は実らない.
どうしてこうなったんだ.