勇者は悪魔娘のパパに気に入られるために角界を目指すようです?
去年、エロシナリオ系のお仕事の空き時間で一発書きして、それっきり公開せずに塩漬けにしていたお話です。
100%悪ふざけなのでどうかご了承下さい。
俺の名はルークス、世界を救うことを約束された勇者だ。
17歳になったある日、母と王に見送られて俺は旅に出た。
始まりの地から各地を巡り、魔を滅ぼし、大陸から大陸へと渡って果てのない旅を続けた。
仲間も沢山できた。頼もしいファイター、ナイト、モンク、ウィザードにプリースト、これだけの戦力があれば魔王を倒せるかもしれない。
「アンタにはパパに紹介できる男になってもらわなきゃ困るのよっ! とりあえず今夜の黒ミサ来なさいよね!」
けれど俺は出会ってしまった、悪魔の娘と。名前はアプル、藍色の美しい髪と大きな翼を持った、華奢だが明るい女の子だった。
「え、あの、アプル? 話が見えないんだけど……。それに黒ミサって言われても、俺勇者だし……」
「はぁっ?! いいから来なさいよ! 別に変な儀式じゃないわよっ、黒ミサって言ったらアレに決まってるでしょ!!」
「アレって言われても、それだけじゃ全然わかんないよ、アプル……」
俺は勇者だけど、1人の人間なんだから付き合いだってある。
どうやらそのイベントを避けて通ることは出来そうもないので、しぶしぶ黒ミサとやらに出ることになった。
もしかしたらこれも、勇者としてのストーリーを進める上での重大イベントなのかもしれないからだ。
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「殺せ! 呪え! 血であがなえ! お前も、お前も、お前も、殺せッ!!」
引っ張られて黒ミサに参加してみれば、そこには俺には理解不能な世界があった……。
アプルのパパは一風変わったビジュアルの音楽家だった。
とてもじゃないけど、人前じゃ絶対言ってはいけない単語を連発する、とてもヘビーで苛烈な歌詞を好んで歌う人だ。いや、これは正真正銘の悪魔そのものだった……。
「キャーッパパーッ、私も殺してーっ!!」
「ぇ……ぇぇ……っ?」
世界が違いすぎる……。
だけどなんだろう、この不思議な開放感は……。
言ってはいけない単語を公然と口にし、ときに理想を語るこの悪魔、ただものではない……。
勇者であることを強いられた俺を、黒く染め上げる熱いものを持っている人だ。
最初は抵抗があったけれど、だんだん俺は、アプルのお父さんの歌声に魅了されていった。
音楽会――ではなく激しい轟音と禁句に包まれた背徳の黒ミサは無事に大成功を収め、大喝采とアンコールを迎えて幕を閉じた。
それから俺はアプルに、強引に悪魔の居城――ではなく楽屋へと連れて行かれるはめになっていた……。
「パパ、今日は私の彼氏を紹介するわ! 今は勇者をやってるけど、いずれは最強の、RIKISHIになる男よ!」
「えっ、ちょ、ちょっとアプルっ、ソレ聞いてないんだけど!?」
だがアプルの言葉は効果覿面だった。
殺意の波動で人を殺せるに違いないと思いかけた悪魔の形相が、途端に女神より朗らかなやさしい笑顔に変わったのだ。
「ほぅ、君は勇者であるというのに角界を目指すというのかね。今の時代、なかなかいない骨のある若者だ、フハハハッ、気に入った……」
「え、あの……アプルは確かに欲しいですけど、俺まずは、世界を救――」
「何を言ってるのよ! RIKISHIの選手寿命は短いのよ! パパお願いっ、ルークスが大関になったら、私たちの結婚を認めて!」
角界 ってなんですか?
大関 ってそんなに凄いんですか?
そもそもRIKISHIって、なにする人……?
「フッ、フハハハハハハッッ、よかろう! ルークよ、我がRIKISHIウォーリアになれ! うむ、今から統猛部屋を紹介してやろう、多渦殺子部屋と、娼婦殺し部屋、黄金郷部屋のどれが良いと思うかね?」
「しょ、娼婦殺し?! え、じゃあ、黄金郷部屋で……一番マトモそうだし……。というか、RIKISHIって何ですか?!」
「フハハハッ、ルークも人が悪い、我にあえてそれを聞くか! RIKISHI、しいては統猛、それはこの世で最も……紳士的なスポーツだ……。……まあ、たまに死人がでることもあるが、それはただの事故なので君は気にしなくていい」
「あなたならやれるわ、ルークス! 最強のRIKISHIになって、私を迎えに来なさいよねっ!!」
これはアプルを手に入れるための寄り道だ。
軽い気持ちで俺は統猛部屋に飛び込んだ……。
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こうして俺は黄金郷部屋、エルドラドで辛く厳しい修行……ではなく鬼稽古を受けた。
なるほど奥深い、転ばしたり土俵の外に押し出すだけ、ルールそのものはシンプルだが、だからこそ真なる力量が問われる。
大関、それはあらゆるRIKISHIの憧れだ。その高き座のために、己の命さえ賭してRIKISHIたちは戦い抜く。
「あのぉ、勇者様? そろそろ魔王を……」
「すまない、大関になるまで待ってくれ、必ず魔王は後で倒す!」
チャンコが俺の肉体をよりたくましく育ててくれた。
そうだ、重量はパワーだ。圧倒的質量と筋力、これをもって相手を圧倒する。人間が熊に敵わぬように、俺は熊となって幕下を這い上がらなければならない!
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「勇者よッ、一体いつまで待たせるのだ!!」
そんな折りだ、千秋楽に魔王が現れたのは。
あと一歩で大関だというのに、空気も読まずそいつは現れた。
アプルのパパも激おこだ。紳士的に振る舞っていたが、これ以上気分を害すれば魔王であろうとも八つ裂きにされるだろう……。
会場にノリの悪い野郎がちらほらいると、このままだと悪魔の殺せコールが始まるのだ……。
「次の試合に勝てば大関入りです。決着はその後に」
「ならんっ、もう待っておられん! 今ここで決着をつけるぞ勇者ルークスよ!」
「……いいでしょう、ですが訂正してもらいます。今の俺は勇者ではない、RIKISHI、ルーク乃海です!」
魔王は土俵に上がってきた。神聖なる土俵にだ。アプルのパパはさらに激おこだ。
もう俺がここで倒すしかない、それがせめてもの魔王への人道的配慮だ。
「ハキョィッ、ノコッタ!」
行司が勝手に軍配を振り、一目散に逃げ出して魔王と俺の死闘が始まった。
なるほどヤツは黒の炎カオスフレアを放つつもりだ。
それが即発動されて、よりにもよって土俵の上でまさかの遠距離攻撃を放った。パパも激おこだ……マイクとデスボイスの準備を始めている。
「セイヤーッッ!」
「なっ、なんだとォォッ?!」
俺はそれを張り手で跳ね返した。
魔王は慌てて戻ってきたカオスフレアを回避し、怒りにまかせて同一魔法の弾幕を張る。
牽制にそのへんの幕下たちをひっつかみ、こちらに投げつけてきた。
やらせはしない。こちらも千の張り手を繰り出して土俵への冒涜を打ち返していった。
「これが、RIKISHIの力だとっ?! この、魔王がっ、勇者ではなく、RIKISHIの力に押されているというのか!!? ぐっうぐっ、そんなっ、ガァァッ?!」
「トドメだ魔王! くらえっ、上手投げ&ジャンピングニー!」
「グワアアアアアアアーッッ!!」
こうして土俵を汚す狼藉者は倒された。
二度と復活出来ないように、塩を撒くと魔王の肉体が崩れてゆく。そんな、魔王がナメクジだったなんて初耳だった……。
「やったわ、ルークス! これで大関昇進よ!」
「いやないない、魔王は番付にいないし。これから俺は、こんな魔王なんかより強い、横綱ウォーリア血世ノ訃痔を倒さなければならないんだ……。世界は救われた、だが君はまだ手に入っていない!」
俺たちの戦いはこれからだ……。
アプルをかけて俺と横綱ウォーリアの天上決戦が始まった……。
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俺はその後、血世ノ訃痔との死闘の果てに土俵を平定した。
本気を出した横綱はついに縮地の術と、ガードキャンセル竜巻張り手を繰り出してきたが、土俵の熱膨張により縮地の距離を見誤って最後は俺の寄り切りに破れた。
アプルのパパはデスボイスを上げて大変に喜び、俺と彼女は最高の花舞台、つまり土俵のすぐ隣で正式な婚姻を結んだのだった。
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「おのれ……勇者、いや、RIKISHIめ! 次に復活したそのときは、勇者よりも先に根絶やしにしてくれようぞ! その陳腐なルールに縛られし土俵がッ、明日の貴様たちの死に場所だ!!」
魔王は時代時代に復活しては世界を暗黒に落とそうとしたが、勇者や国家を倒す前に必ずRIKISHIと土俵を狙ったため、あえなく張り手チョップで毎度ぶち殺され続けたいう……。
RIKISHIと悪魔は、土俵を汚す者を絶対に許さない……。
闇とRIKISHIの果てし無きバトルは、勇者という存在を無視して、世界が土俵に沈むその時まで永久に続いてゆくのだった……。